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三日間の箱庭(21)浜比嘉星雲(1)

前話までのあらすじ
 三日間の繰り返しのたびに命を落とす運命に囚われていた久高麻理子は、信頼する同僚たちに救われた。
 中でも先輩であり、自分を最初に救おうとした喜屋武尚巴に特別な感情が芽生える。
 そして、数百回の死の運命の後、再開する麻理子と両親。麻理子の父親、長政は、麻理子と皆の話を聞くうちにある決心をする。

 麻理子と尚巴を結婚させたい!

 そしてふたりは結婚を決意し、ふたりの故郷、沖縄に飛ぶ。
 そこで待っていたのは・・・

 三日間の繰り返しを研究し、それを破ろうとする科学者チーム。その一員である浜比嘉青雲は、麻理子の叔父でもあった。

 この物語のキーマン、浜比嘉青雲編、開始。


浜比嘉青雲はまひがせいうん(1)

 5月28日、朝3時20分過ぎ、いつもの時間に目が覚める。
 顔も洗わず、すぐにPCを起動する。そして前回の計算結果、分析結果をデータベースに入力していく。

 3日間のループ。この現象の謎を解き明かそうとする研究ユニットを集めた世界的コミュニティがある。理論物理学者、浜比嘉青雲はそのメンバーだった。

 今、データベースに入力しているのは、青雲の頭の中に写真のように保存された前回の計算、分析結果だ。
 世界中から続々とデータが入力され、空っぽだったデータベースはあっという間に復旧していく。それでも次の計算が可能になるのに、あと数時間は掛かるだろう。

「俺のような特殊な人間も、世界にはごまんといるわけさ」
 青雲は誰に言うでもなくつぶやいた。
「でもまぁ、瞬間記憶と同時に理論物理学界のエースっていえば、俺くらいだけどよ」
 青雲はいつものように自分を鼓舞した。もちろん自分が理論物理学のエースとか、権威などとは思っていない。しかし、何百回と繰り返すこの作業の中で、自分のモチベーションを保つのは並大抵ではなかった。

「どれどれ、竹山さんや藤間君、もうPCの前かな?それともタブレット持って朝飯かな?」
 青雲が全てのデータを入力し終えたのは、朝7時過ぎだった。
「よし、オンライン会議の通知を出すか」

 青雲がメンバーに通知を出そうとしたその時、廊下を走って来る足音が聞こえた。ドタドタと慌てている様子に、青雲は驚いてドアに顔を向けた。
榛名はるなか、こんな早く、まだ朝飯を持ってくる時間じゃないぞ?」

 青雲たち研究チームは、3日間ほとんど寝ることもなく計算、分析している。だから青雲の妻、榛名は毎度この部屋に食事を持ってきて、済めば下げるという3日間を過ごす。もちろんそういう時間以外は自由だから榛名自身も納得しているし、なにより誰にも出来ないような仕事をする夫のことを尊敬していた。
 その榛名がこの時間に来るのは、この現象が始まってすぐの頃、数回だけだった。

-珍しいな、最初の頃はあのことがあったから、榛名を慰めるので精一杯だったが。

 青雲がそう思った時、ノックもなしにドアが開いた。
「青雲さん!」
 開いたと同時に榛名が叫んだ。榛名は夫のことを名前で呼んでいる。
「大変よ青雲さん!生きてる、生きてるのよ!!」
「な、なんねいきなり、生きてるって、なんね?」
「まりこ!まりこが生きてるの!!」
「ま?」
 青雲は榛名の言うことが聞き取れず、返事は間が抜けていた。
「ま・り・こ!!」
 榛名はその名前をひと文字づつ区切って青雲に伝える。
「まりこって、麻理子ちゃんか?」
「そう!麻理子がね、麻理子が生きてるのよ!!」
「はっ?だって麻理子ちゃんはビルから」
「だから助かったんだって!麻理子ちゃんの同僚の人たちが助けてくれたんだって!!」
「はっさ!どうやってな?麻理子ちゃんは時間が戻る瞬間に飛んでたろ?どうすればそんなことになる?」
「わたしも分からない、詳しく聞いてないのよ、まだ。でもね、でも、生きてるんだって!」

 誰しもが無理だと思った運命の改変。それが可能になるとしたら、ほんの少しの可能性を積み重ねていった結果だろう。そうすれば不可能も可能になるのか。素晴らしいことだ。青雲は科学者らしい想像を頭に巡らせ、榛名に向き直った。

「それはすごいことだ。この何百回のループで麻理子ちゃんは必ず死んでいた。でもそれは、変えることができる可能性を含んだものだったんだな」
「もう、なに学者みたいな事を言ってるの?」
「いやオレ学者」
「そんなことよりね!」
話を聞かない榛名に少々呆れながら、青雲は話を聞くことにした。
「そんなことより?」
「麻理子ね、結婚するんだって!!」
「は?け、けっこんて?」
「そうよ、けっこん!!」
「なんかそれは!いきなり助かった麻理子ちゃんが、いきなり結婚ね?誰とね?」
「うん、なんかね、助けてくれた同僚のひとりなんだって、その人が沖縄出身で、すぐに話が決まって、今日結婚式ってよ?」
「うりひゃー!なんかそれは!したらオレ、今日は休まんといけんさ!」
「そんなこと当たり前でしょ?かわいい姪っ子の結婚式よ?」
「はっさ、そうだね!すぐにユニットに通知入れる!!今回は計算せんよって!」
「お願いね、今日の午後には到着するって、で、夜には結婚式、玉城でやりたいって!それで長政にぃにぃからさ、あなたに段取りお願いしたいってよ?」
「あいた!長政にぃにぃからな?じゃあすぐに式場手配せんと!それにここは恩納村だからな、すぐに準備せんと、俺らが間に合わんさ!」
「私も!すぐに着物準備しなくっちゃ!あなたもちゃんとした格好してよ?礼服出しておくから!麻理子の結婚式、夢にまで見た結婚式っ!!」

榛名はもう天にも昇る心地だ。

 久高麻理子の父親、長政は榛名の兄だった。つまり、麻理子は榛名の姪にあたる。そして子供のいない浜比嘉夫妻にとって、麻理子は実の娘のようにかわいい存在だった。

 その麻理子は、この3日間が始まる瞬間その命を落とす。どうにもならないと思った。そしてもう何百回、それは決まったことだと諦めていた。それが覆る。

 青雲は早速研究ユニットのオンライン会議に通知を入れた。
 リーダーの竹山教授を始め、メンバーから祝福の通知が入った。もっとも、全員のメッセージの最後には、同じような言葉が並んでいたが。
「3日後に計算結果を覚えてくださいね、ちゃんとですよ!」
「もうそろそろ終わりだからって油断しないで!覚えてもらわないと困ります」
「計算結果忘れるくらい呑んじゃ駄目ですよ?大詰めなんだから!」

-はいはい、分かりましたよ~

 姪っ子の結婚を邪魔されたくはなかったが、膨大な計算結果を頭に詰め込め込むまでが自分の仕事だと、青雲はよく分かっていた。

 パタリとPCを閉じたその顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。


 5月28日、午後3時、那覇空港到着ロビーに麻理子とその家族、そして尚巴たちの姿があった。午前中のうちに各自準備を済ませ、昼過ぎの沖縄便に飛び乗ったのだ。

「すごいなぁ、飛行機代って、ただなのね!普通なら何十万円もかかるのに!!」
 麻理子が驚きの声を上げた。
「そうなんですよ~、でも飛行機代だけじゃないですよ?もうお金は意味がないんです。み~んなただなんです。だって、いくらお金を稼いでも時間が戻ればおんなじですもん」
 そう話す伊藤に新田が続く。
「久高チーフ、例えばですね、チーフがアマゾンの奥地にがんばって釣りに行くとしますよ?アマゾンではでっかいピラルクを釣っちゃいました。じゃ、チーフはどうやって帰ってきます?」
「え?ピラルクってなに?それにアマゾンってどうやって行くのかも分かんないけど、日本に帰るのは飛行機じゃないの?」
「ブッブー!正解は、時間が戻れば元の場所!!ってことです。あと、ピラルクは世界最大の淡水魚です。3mになります」

 新田は伊藤や麻理子より年上だが、精神年齢は10代のようだ。

「だから旅行が趣味の人なんか最高なんですよ?3日間の間ならどこに行ってもいいんです!飛行機もただ!ホテルもただ!帰りは時間が戻るのを待つだけ!!」
「そんな、じゃあパイロットさんとかCAさんとか、ホテルの人たちはどうなんです?お給料もないんでしょ?」
 そこに佐久間が割り込んだ。
「久高チーフ、つまり、仕事をしたい人はしていいんすよ。で、遊びたい人は遊べばいい。だから、仕事をしてくれてる人って、この世界では一番尊い人たちって賞賛されるんす。それが生きがいって言うか、お金じゃないっていうか」
「うん、佐久間の言うとおり、この世界の価値観っていうのは、自分がこうありたいって思えばそうしていい、ってことなんですよ」

 佐久間の言葉を継いだ尚巴に、長政が言う。

「なんね尚巴!嫁に向かってなんで敬語ね!麻理子もなんか言いなさい!」
「そうね、尚巴さん、私に敬語は必要ありませんから。それとみんな?私もう久高麻理子じゃないわよ?喜屋武麻理子なの」
「あ!いや、そうか、そうだよな!ま・まりこ」
「はい!」

 尚巴と麻理子を中心に笑顔が広がった。そのとき、ロビーに一際大きな声が響く。

「しょうは!尚巴!!こっちこっち!」
「お!おとう!おかあ!!」
 喜屋武尚巴の両親がそこにいた。

「お義父さん、お義母さん、これが俺の両親、清作せいさく愛子あいこです」
 尚巴は長政と昌子に両親を紹介すると、麻理子の手を握って自分の横に立たせた。
「おとう、おかあ、これが俺の嫁、麻理子。そしてこちらがそのご両親、長政さんと昌子さん」
 尚巴の両親と麻理子の両親はお互いの手を握り合った。
「まさかやぁ、尚巴はこんなで東京に行って、時間もこんなだし、もう嫁は諦めてたんですけどねぇ、こんな綺麗な娘さんをねぇ」
「いやいやこちらこそ、麻理子の件はご存じでしょう。私たちこそ、まさか娘が生きているなんて、それにこんな立派な婿ができるなんて、もうこれは、運命さぁね!」
 放っておけばいくらでも話し込みそうな父二人を、愛子が止めた。
「あい!おとう!!駐車場はただじゃないよ!マイクロバスなんだからさ!高いよ!」
「おぉそうね?じゃあ皆さん、式場まで行きますよ!!」
 清作が皆を先導する。スキップでも踏みそうな父に、尚巴が声を掛けた。
「おとう、式場って、もう決まってるの?どこな?」
「麻理子ちゃんの叔父さん、青雲さんが全部手配してくれてるさ!麻理子ちゃんの生まり島、玉城たまぐすく百之伽藍ひゃくのがらんよ!」

 皆を乗せたマイクロバスは、国道331号を南下する。

 駐車場代は、もちろん無料だった。


つづく


予告
 喜屋武尚巴と麻理子の結婚披露宴。
 それは死の運命を断ち切ったふたりの結婚。
 みなに勇気と喜びを与え、ホテルの全面協力の下、大いに盛り上がる。
 喜びにあふれる麻理子の友人たち、尚巴の友人たち。
 その中で、佐久間たち麻理子チームの面々も、宴をぞんぶんに楽しむのだった。
 そして披露宴のフィナーレ。

 麻理子と尚巴は、何を語るのか?
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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