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三日間の箱庭(7)クロスライト(1)

前話までのあらすじ
 いじめグループの主犯、武藤の父とその部下に殺された正平と聡子は、三たび同じ朝に覚醒する。そして来斗と三人で迎える5月28日の朝。
 正平は聡子に、来斗がなぜ4人もの人間を容易く殺すことができたのかを語る。それは、正平が外科手術の知識を来斗に教え込んでいたためだった。
 三人での朝食の時間、正平はその光景を見ながらこれからのことを考える。この三日間を何事もなく過ごすこと、それに全力を尽くす。
 そう決めた正平だった。
 同じ時間を過ごしながら、来斗もこれからの事を考えていた。


■クロスライト(1)
 3回目の5月28日、午前5時過ぎ。

 僕の目の前に、母さんの作った朝食が並べられていく。
 焼き立てのベーコンエッグが、バターを塗られたバゲットが、新鮮で色鮮やかなサラダが、いい香りのコーヒーが。

「なんか、うれしいな」
 こんなの何年ぶりだろう。目の前に父さんと母さんがいる。
 おいしい、バゲットのカリッとした食感と半熟の黄身、大好きだ。
 本当に嬉しかった。
 あいつらにいじめられて、脅される毎日。こんな幸せな朝がもっとあれば、きっと違う選択もできたのかな。

-そうか、選択ならまだできる。

 僕はそう考えていた。この繰り返す3日間。もう3回目だ。
 これから何回繰り返すのか、僕には分からない。でもこの3日間のループがなければ、僕はただ死んでいたんだ。
 このループのおかげで、今こうして幸せだ。
 守りたい。この幸せを守りたい。

-そうだ、僕がやるんだ。この3日間を、守らなきゃ。

「とうさん」
 僕は半分かじったバゲットを皿に置いて、コーヒーを片手に何か考え事をしているような父さんに話しかけた。
 父さんはハッとした表情で僕の方に向き直った。
「なんだい?」
 落ち着いた口調だ。
「あのさ、今日、これからの事なんだけど」
 父さんは深くうなずいた。どうやら同じことを考えていたようだ。
「とうさんは、この後どうするつもり?」
 もう5時半をとうに回っている。これまでの3日間から考えると、警察がまず僕を捕まえに来るだろう。でも、僕は何もしていない。まだ。
 それに、もうあいつらを殺す気もない。僕はただ、この3日間の幸せを守れればいいんだ。それさえ分かれば、警察だって僕を逮捕できるわけはない。2回目のあいつらだって、逮捕されていなかったんだから。
 僕は、父さんにそのことを伝えたかった。
 父さんは僕の目をまっすぐに見ながら、意を決したように話し出した。
「来斗、その事なんだけど、これからのことを考えるには、お前が知らない事を教えておかなきゃならない。2度目の3日間のこと、お前が自殺してからの話だ」

 父さんの話は、僕の胸に突き刺さった。
 僕のために、母さんがあの武藤の父親に挑みかかったこと。母さんは小柄で力は強くない。とても優しくて、父さんが忙しいことにも愚痴ひとつ言わず、父さんは立派な仕事をしていると、いつも言っていた。
 その母さんがあの男に、殺された。
 そして父さんは、武藤の部下らしい2人を殺したらしいこと。それがはっきり分からないのは、ひとりが拳銃を持ち出し、撃たれて死んでしまったからだということ。

 父さんは温厚な人だ。見た目は痩せているし、人を殺せるようにはとても見えない。でも、父さんは外科医なんだ。何時間も掛かる手術に耐える体力と気力がある。そう言えば、体力と集中力を鍛えるには合気道が一番だって、よく言っていた。それに、人を生かす知識は、殺す知識でもある。それは僕が一番よく知っている。

 父さんの知識を使って、人を殺したから。

 そこまで話して、父さんは一番大事なことだから、しっかり聞きなさい、と僕に念押しした。
「いいか来斗、あの武藤という男、母さんを殺してしまった男だけど、父さんには悪い奴だと思えないんだ。最初のとき、あの男は自分の息子がしたことを必ず償うと言っていた。2度目はこの家まで来て、さっき話したようなことになってしまったが、父さんがあの男と話し合おうとした矢先、母さんが」
「かあさんが?」
 それまで目を伏せながら話を聞いていた母さんは、口元を押さえながら立ち上がり、リビングから出て行った。
「逆上した母さんが、武藤の目を潰したんだ。それで武藤は母さんを殺してしまった。それを見た父さんは、もう何が何だか分からなくなって」
「武藤の部下を殺して、撃たれた」
「そうだ。でもな、武藤は最後まで叫んでたんだよ。父さんを殺すなって」
「でも、でもさ、結局あいつの親父はかあさんを殺してるし、なんであんなのが!悪い奴に決まってる!!」
 僕は父さんの話を遮って叫んだ。ドアの向こうで母さんが泣いているのが分かった。
「そうだ、そうだな、そう思うよな。この悲惨な事態を最初に起こしたのはあの男の息子だからな。だから来斗、そこから後は、お前も、母さんも、父さんも、自分が殺されて、身内を殺されて逆上してしまった。でもな、あの男、武藤だけなんだよ。父さんたちと話をしに来たのは」
 そこまで聞いて、僕の心にある思いが芽生えた。

-そうか、殺されたから殺す。それはループになる。永遠に殺し合うループだ。世界中で起きる。間違いない。それを断ち切るのは・・・

「だから、この3日間の最初、今日が一番重要なんだよ。きっと警察は来るだろう。もう来ているのかもしれない。そして武藤、あの男は来る。だから今回はしっかりと話をしようと思うんだ。武藤は大けがだけど死んでない。私たち夫婦は殺された側だからね」
 僕はまだ考えていた。
「そして、この3日間を何事もなく過ごしたい。お前と、母さんと、父さんの3人で。それが父さんの考えだ」
 父さんの考えはよく分かった。でも、でもきっとそれでは、足りない。

-きっと今回も同じようなことになる。そしてそれは・・・

 僕は確信していた。それは予知でも予言でもない。でも、今は言わない。
今回僕が何をすべきか、もう決めた。
「分かったよ、とうさん、僕も同じような事を考えてた。とうさんの話を聞いてよく分かった」
「そうか来斗、じゃあ、今回は父さんと一緒に行こう!」
 父さんは自分を奮い立たせるように言うと、僕の頭をくしゃくしゃにした。
嬉しそうだった。

-ごめんね、とうさん、それでも僕は準備しておくよ。ごめんね。



予告
 武藤の父を信じ、話し合いに応ずる来斗の父、正平。そこで正平は、来斗がなぜ人を殺す技術を持っているのかを明かす。
 更に明かされる武藤の正体。
 一方の来斗は、誰かが再び殺し合いの口火を切ると確信していた。
 来斗の考えに反し、穏やかな武藤らと父。
 来斗の確信した未来は来ないのか?


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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