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ショート さかな釣り

「うお~寒い寒い!!」
目を覚ました私はベッドの中で丸くなった。
完全断熱の部屋でも寒いものは寒い。南国育ちの身にはなおさら凍みる。
もうすぐ朝食の時間だった。今日の当番は自分だから、さっさと起きて準備しないと相棒がうるさい。
私たちは2名のチームで長期の研究プロジェクトに携わっている。
たったの2名だからこそ、トラブルは絶対避けなければならない。ふたりだって人間関係ってのはあるもんだから、それでプロジェクトを頓挫させるわけにはいかないし、どちらかの技量が劣っても研究は上手く進まないだろう。だからこの数年間、のべ数万人が参加したトライアルで様々なシミュレーションを経験し、最も相性が良い2名が選ばれているのだ。
このプロジェクトはそれほどに重要なものだった。
そしてこの研究で得られる成果は、それこそ人類の未来を照らすものになるだろう。
「ミッキー!!」
私は相棒の名前を呼んだ。本名はマイク・パターソンだが、ミッキーは愛称だ。
「おいミッキー、いないのか?」
いない人にいないのか?って聞いたっていないものはいない。馬鹿なことを言ったもんだと思いながら、私は体を起こした。
私とミッキーの就寝スペースはプライベートを保てるほどにはセパレートされているが、緊急時に備えて個室ではない。それに同じスペースにあるトイレのランプも消えている。
--先に起きて朝飯を作ってるとか、ないよなぁ。
私は居住スペースに続くドアを開けた。
--いないか、すると外に出たか?俺に声を掛けず?あまり褒められた行いじゃないなぁ。
たったふたりで遂行するプロジェクトなのだ。だからプライベート以外の個人的な行動は制限されていた。
朝食の準備をしたいところだが、ミッキーの所在を確認しないと規律違反になってしまう。
私は防寒着に身を包み、外へ続く風除室に入った。そして丁寧に密閉を確認し、外への扉を開けた。
「う~~、さ、寒い!!」
完全密閉の防寒着だが、やはり寒いものは寒い。南国育ちの身に凍みる。だが、外は珍しく穏やかで、空は晴れ、大きな星が見えている。
ミッキーは研究ドームのすぐそばにいた。ドームに背を向けて、なにかに夢中になっているようだ。
「ミッキー!俺に黙って外に出るのは違反行為だぞ!!」
ミッキーと私はそれこそ親友以上、互いに歳が近く家族構成も似ているから、トライアル中には家族同士の交流も始まっているし、何よりプロの研究者として互いにリスペクトしあう仲間だ。だから言葉には遠慮がない。
「おう!ヤマト!!こっち来てみろよ!!」
「違反行為だって言ってるだろ!で、なんだよ!」
私にはもう、ミッキーを責める気はない。それよりも、なにか面白そうなことをひとりでしているミッキーに腹が立った。
「俺に黙ってなに面白そうなこと!!」
「いいから!これこれ!!」
ミッキーは分厚い防寒手袋の手のひらに、何か乗せていた。うずうずと動いているようだ。
「ミッキー、お前これ・・」
「ヤマト、分かるか?これ虫だぞ?なんかの幼虫みたいだろ?」
「うぁ~ホントだ。しかしお前これ、大発見じゃないか!極限生物そのものだ!やばいぞ、レポート書かなきゃ!!」
「まぁ待て待て、こいつな、その辺の岩の下に潜んでたんだよ。ちょっと深いとこな、今日は天気がいいだろ?だから浅いとこまで出てきてたんだろ。で、天気に誘われて出てきた俺様に見つかった、とな?」
ミッキーは上機嫌だ。そりゃそうだ、この研究の最も重要な部分をこんな形でクリアするなんて。しかし、ミッキーの話はそれで終わらなかった。
「あとな、これ見ろよ」
ミッキーの指さす先には、直径50cmほどの穴が開いている。そこには釣り糸が垂れていた。
「な、なんだこりゃ!ミッキーお前どっからこんなもん」
「HA!HA!HA!HA!HA!!」
ミッキーは突然アメリカ人っぽく高笑いし、私の質問には答えずに言った。
「イッツ! フィッシング!!」
ミッキーがそう叫んだ時だ。釣り竿の先が穴に向かって絞り込まれた。
「アタリ!!」
「フィッシュ!!」
二人同時に叫んだ。ミッキーは素早く竿を持つと、ギリギリとリールを巻き始めた。
「ワォ!!ビッグワン!!」
獲物が頭を振っているんだろう、竿先はグングンと脈動し、更に穴に突き刺さる。リールのドラグは鳴りっぱなしだが、ミッキーはなかなかの腕前だ。獲物の動きに合わせてポンピングを繰り返し、ついに獲物を釣り上げた。
氷の上でびちびちと跳ねる、魚?
「ヤマト!!アイ コート ア ビッグワン!!」
ミッキーは興奮している。
「でかい。1メートル近くあるな、それにヒレのような形状の体。アロワナに近いか。しかし鱗のようなものはない。目は、あるのか?これ。いや、体中にあるのが目か?」
私は冷静にそれを観察した。
ミッキーはやはり興奮している。
「ヤマト!!これ写真撮ったら食ってみようぜ!!朝飯はこれ!ジャパニーズにはあるだろ?焼き魚定食ってさ!」
「ふぅ」
私は大げさにため息をつきながら、両腕を広げて見せた。
呆れた、というリアクションだ。

「ミッキー、嬉しいのは分かる。でもな?これ食っちゃダメだろ」
「っていうかな?こいつの血液はたぶん、エタンだぞ?」
「身はタンパク質の可能性が高いけど、分子構造が違うはずだ」
「あとな、骨が透けてるけど、たぶんあれ、氷だぞ?」
「だからな?」
ミッキーはようやく落ち着いた。
「Oh、そうだねヤマト、こいつをドームに入れると、あっという間に蒸発しちまうか。なんせここは」
私はミッキーの言葉を引き継いだ。
「そうだよ、ここはエウロパなんだから」

私とミッキーは、エウロパ地球外生命探索チームだ。
地球を代表してここにいる。
そして今、ちょっと馬鹿げた方法で、エウロパの生命を捕獲した。
ミッキーは初めて地球外生命体を発見、捕獲した栄誉で歴史に名を残すだろう。
そしてミッキーは感慨深げにつぶやいた。
「ヤマト、これ、刺身じゃだめか?」
私はミッキーの後頭部を思い切りはたき、なんでやねん!!
と、突っ込みたかったが、やめた。

コンプライアンスに違反するからだ。

空では木星が、エウロパの地球人を煌々と照らしていた。

*おことわり
木星の衛星、エウロパには分厚い氷の下に海があり、これは液体の水だと推定されています。そして、生命の存在が期待されている星でもあります。
このテキストではあえてエウロパの海を「液体エタン」としました。
氷の厚さも数キロですから、もちろんこんな穴釣りができるはずもありませんし、木星の放射の下、人類が活動できるとも思いません。
でも、釣ってみたいなぁ。
そう思いませんか?

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