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なんのために生きるの?と話し合った

友人と、我々はなぜ生きるのだろうか?と話し合った。

友人は「私は私の生きる目的が知りたい。何のために生まれてきたのか、生きている間にそれを解き明かしたい」と言った。

私は「私は自分がどう構成されているのかを知りたい。人生で起こる出来事が(今までもこれからも)どうやって私をつくっていくのかを知りたい」と言った。

お互いに、生きる目的が違うということがわかり、「おひょ〜」となった。


生きる意味を探す友人

友人は、自分が何者なのかを知ることにはあまり関心がない様子だった。この人生は、彼女にとって何をするためにあるのだろう?と人生そのものを考えている様子だった。

「私」を探す私

友人の話を聞いていると、私は「私」を探していることがよくわかった。私はなぜ、この考え方をするのか。私はなぜ、この仕事をするのか。私を構成している社会や文化を知りたいと思っていた。

私が人の話を聞く仕事をしているのは、私の中に「自分は環境により構成されている」という気持ちが強いからだ。周りの人間関係と自分の距離の取り方、仕事や家族との付き合い方、理不尽な出来事への対応策、ものごとの捉え方…。全ては自分をつくっていく。

友人が「それはアイデンティティを探すことなんだね。私は意味を探している」と言った。きっと彼女の中には、環境に左右されない大きな軸があるのだろうと想像する。そうか、人によって探しているものは違うんだと、私はこの度初めて理解した。

私たちの考えていることは、大枠では「自分探し」に入れられてしまうけど、じっくり見ていくと内容は全然違う。探しているものが、違うんだ。


そんな発見をした話。

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2024年のテーマは、やめるまで楽しむこと。手放すことを恐れず、その瞬間までを楽しめばいい。そんなハマダのこだわり記事はこちらに収めます。


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ハマダユイ
ソーシャルワーカー12年目。大学教員をやりながら、相談室バオバブで個別相談を受けている。精神疾患にまつわる悩み事、家族のこと、人間関係のこと、仕事のこと…。いろんな人と一緒に作戦会議を開く毎日。

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