見出し画像

凍えるココロ

涙が出ない。涙が出ないのは病気なのだろうか。欠伸をしたり、クシャミをしたり、冷たい風に吹かれたり、そういう時は涙が出る。違う、そういう涙じゃないんだ。感情が高ぶった時の涙だ。ストレスを洗い流す涙だ。悲しい、寂しい、辛い時に出る涙だ。もう何年も泣いていない。

親父が死んだのに……。妹は感情むき出しで僕から見たら異常なほどヒステリックにいとも簡単に泣きじゃくる。僕がドン引きするほどだ。どうしてこんな大人に育ってしまったんだろうと途方に暮れて考える。娘がいる母親になったというのに。

どうやら妹はエディプスコンプレックス(ファザコン)らしいと思い至った。この言葉が正しいかどうかは疑問だが、そのようなものかと思う。昔からそうだ。親父を好きだった。それは僕とお袋の所為でもある。

親父は僕がお袋の腹の中にいる時から女にだらしなかった。否、この事はもうあまり書きたくない。でも…だ。

僕は急いで大人にならなければならなかった。お袋と妹を守るために。そしてまだ考えが幼い頃から心がいっぱいいっぱいになってしんどくなってしまって、挙句、なかなか離婚を切り出せないでいるお袋と、親父を慕っている妹に見切りをつけ、自分の人生を生きるために何もかも捨てて家出をした。19歳の時だった。

後悔はしていない。そうしなければ僕は潰れていた。でも追いすがるお袋と妹をふりきって逃げるように家出をしたから、その罪悪感からストレス性の喘息を患ってしまい、苦しみからのオーバードーズで死ぬ一歩手前までいった。

どうして、平凡で普通であたたかい家庭に生まれなかったのだろう。そんなことばかり夢見て僕は生きてきた。僕のようなしんどい人生を味わわせたくないから、家庭も子供も作らないと決めて生きてきた。

僕は今、努めて冷静に穏やかに静かにお袋や妹と向き合っている。せめて僕だけは、クールに、考えうる限り良い方向に前を向いて生きていけるように、しっかりと立っていなければならない。

泣きじゃくる妹には「うん、うん…」と言葉少なに話を聞いてあげ、お袋にはあたたかい長ネギと豆腐の味噌汁を作ってやり、僕は長時間、喫煙所のある外で妹の電話に付き合っていたので体も心も冷えきってしまった。

……僕には、頼りになる人は誰もいない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?