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“不機嫌オーラ”と“いい人ビーム”

 週末の朝食はゆで太郎の朝そばになることが多い。けさも、ジョギングはサボってしまったが自転車を飛ばして店に駆けつけた。定番は「温玉朝そば冷やし」。温玉だけでなく、野菜かき揚げ、または三陸わかめがトッピングされる。

 問題はここからだ。

 自販機のデフォルトでそばは「ぶっかけ」タイプになっている。しかし私はわさびを溶いた濃いつゆにそばの端をちょろっと浸す「もり」が食べたいのだ。落語でからかわれる“江戸っ子のそば食い”を踏襲しているわけだが、やはりそば本来の味わいを楽しむにはそれが一番で、食後のそば湯も楽しみたい。また朝からかき揚げはどう考えても胃に重いので、「わかめ変更」のチョイスも必須だ。

 厨房にいる店員さんに食券を渡す際にこの2つを伝えなくてはならない。その際には無意識に店員さんを“値踏み”する。新顔さんだったり、どうもちょっとトロい印象の人だったりすると「大丈夫かなあ?」と、少し丁寧に大きな声で伝達することになる。

 けさの店員さんは若い外国人女性。名札からベトナム人だろうと想像できる方なので、いつも以上にゆっくりハキハキと「ぶっかけではなく、もりにして。あと、わかめに変更してください」と宣言。しっかり復唱されて厨房内で共有されていることを確認するのも無意識のルーティンだ。

 しばらく待って呼び出されてからカウンターに出頭。追加注文したコロッケにソースをたっぷりかけ、わさびを2袋取って、温玉に醤油をかけ、箸を取り、確保しておいたテーブルに戻る…と、そばつゆのお猪口がないではないか。「やれやれ」とお盆を持ってふたたび赴き「そばつゆがないです」。ところが日本人のおばちゃん「つゆは、かかっていますよ」。そう、ぶっかけになっちゃってたのである。

 私「いや、もりに替えてって言ったよね?」おばちゃん「あら、そうだったんですか?あなた、そう聞いたんなら、ダメじゃない!」。後段は同僚である外国人女性を叱責したもので、かなりの剣幕にこちらもビビる。おばちゃんは「すみません、作り直しますので」。

 作り直しをその場で立ったまま待つのもいささか業腹。たまたまテーブルの両側が別の客で埋まっていて身体をひねりながら何度も出入りするのもちょっと面倒くさかった気分もあり、「じゃ、持ってきてよ」と言い残して立ち去った。特に大声を出したつもりはなかったのだが、かなり“不機嫌モード”が漏れ出ていたのかもしれない。

 数分で件のおばちゃんが差し替えのそばとつゆを持ってテーブルにやってくる。「ほんとにほんとに申し訳ございません!おそばは少し多めにしておりますので」と平謝りである。おいおい、別にそんなに恐縮されるほどブチ切れていなかったよね?まるでクレーマーみたいに扱われるのもかえって心外である。

 それよりも心配なのはミスを叱責されたベトナム女性の方である。あの調子では後刻さらにこっぴどく怒られてしまうのではないか。それが気になって、そばどころではない。

 食後はカウンター近くに下膳である。あの日本人おばちゃんはいなかったが、意を決してそのベトナム人女性に「気にしないでねー」と話しかけながらニッコリと手を振る。こちらとしてはフォローしたつもりだが、彼女は怪訝な表情で、もしかすると「あの怖い日本人おじさんにさらに怒られた」と思われたかもしれない。

 ちょっと考えた。

 ミス自体はささいなもので、私もブチ切れてしまったわけではない。それなのにわざわざ話しかけてまで“いい人ビーム”を出してしまったのはなぜか。

 指導役であろうおばちゃんの剣幕にビビったこともあるし、異国の食堂で週末の早朝からがんばっている外国人女性に不愉快な気分を残したくなかったこともある。そして一番の動機は、「やっぱりガイジンだから注文をミスったよな」ととっさに店員さんを見下す思考がどこかにあり、それを恥ずかしく反省したための行動だったように思うのである。

 「怒ってないよー」ということは、あの日本人おばちゃんにも伝えたかった。そこ、悔やまれる。
(24/6/22)

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