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Twilight of the country(Ⅲ~)

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series/たそがれの國(順不同) 今、黄昏に立ち向かわん!
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『たそがれの國』目次

『たそがれの國』目次



ゆっくり、だが確かに黄昏を迎える世界。この涸れゆく大地の上に人々は立っていた。自らの意志を心に宿し、彼らは生きる。どうして彼らは滅びなくてはならないのだろうか? どうすれば彼らは滅びずに済むのだろうか? 生きるために知恵を絞る者、夢のために命を燃やす者、黄昏を喰い止めんとする者、緑に満ちた新天地を目指す者、今在るものを愛する者——これは、黄昏に立ち向かう人々の物語。

【たそがれの國】(完結/

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黄昏

黄昏

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 片耳を塞いで、筆を手に取った。
 幾つにも枝分かれした煉瓦の道をぼんやりと歩き、少年がそうして辿り着いたのは、その外れに在る、樹が一本立つばかりの狭い空き地だった。
 工房都市〈スクイラル〉の中でも、比べてかなり人通りの少ないこの場所で、アインベルは木陰に隠れるようにして、自身の手帳のまっさらな頁を、しかし光のない瞳で前にしていた。
 都市の裏手に巨大な鉱山が存在するために、発明家や

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心音

心音

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 夜が、明けようとしていた。
 少年は、痛む足を心で叱咤しながら街を駆け抜け、息を弾ませながらふと、天上に瞬いては煌めく、夜と朝の狭間に在る星たちの姿を見た。
 ——思えばもうすぐ、朝露の生まれる時間だった。
 アルシュタルの記憶が明け渡される時間。一日の中で一度だけ在る、終わりとはじまりの時間。北の空には、それを告げるかのように、アルシュタルの髪の色にも似た青き炎の星が、こちらへ光を

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真実

真実

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 夜明けを前にして、窓から差し込む月の光が、淡くあわく輝いている。
 丸い盤に満たした水は夜のきんとした空気に冷え、その凍てつくような水は或る意味で、触れると熱さを感じるようだった。
 カイメンと別れた後、やはり短い間だけ眠り、そうして朝を待たずに目を覚ましたレースラインは、〝世回り〟の騎士として再び出立する自身の身を清めようと、銀の水盤へ自室の水瓶から聖水を満たした。
 騎士の詰め所

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騎士

騎士

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〈第八章〉
心の瞳



 目の前には、ひとつの朝。
 浅い眠りを、長い年月の間くり返してきたレースラインは、今までの自身が取り落としていたそれを取り戻すかのように、明くる日も、明くる日も、ただ昏々と眠り続けた。
 けれども或る朝、彼女は自分の中で小さく響いた声に、うっすらとその瞼を開ける。彼女は窓から差し込んでいたまばゆい朝陽に思わずもう一度目を瞑ると、しかしその後に大音声で鳴り響

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朝

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 風が強く、胸を撃っている。
 王都〈アッキピテル〉を丸々囲う、さながら大鷹の両翼のような城壁を抜け、王都の入り口に当たるアッキピテル門を頭上に仰ぐと、その巨大な門の先には、城下町〈シュペルリング〉へと通じる赤煉瓦造りの大橋が、何人が通ろうとも、どっしりとその腰を据えている。
 その大橋を渡り、また城下町も抜けて、レースラインはアッキピテル門よりは背が低く、しかしそれでも十二分に高い、

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剣、杖

剣、杖

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「——レンさん?」
 澄んだ水を湛えた川が中心に流れる、小さな町の中で、少年は視界の中で翻った赤と、太陽の光を浴びて輝く白のその色に、思わず自身の足を止めた。
「ん?」
 突然背後からかかった声に、赤と白を纏うその人もまた、自身の足を止める。
「——ああ、アインベルくん!」
 振り返ったその人は、アインベルの顔を見て一瞬だけ驚いたような表情をしたが、しかしすぐその顔に柔らかな微笑みを浮

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ここに翼は舞い上がる

ここに翼は舞い上がる

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たそがれの國外伝
『かわたれ星の子ら』



 星が燃えている。
 空の星ではない。人の掲げる、火の星が燃えているのだ。
 ——此処は王都〈アッキピテル〉。〝たそがれの國〟、〈ソリスオルトス〉を統べるアウロウラ・アッキピテルが君臨する、鷹の両翼のような城壁にその身を守られた、城郭都市である。
 王都の規則正しく整列している石畳の上で、錬金術師ウルグ・グリッツェンは、右の手に松明、左の手に

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術

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〈最終章〉
失せ物探し



 〝樹海〟に最も近い町——老いた駱駝の瘤、塩の港〈ルオトゥルオ〉。
 町全体が、複数の高い丘の勾配に沿うようにして成り立っている〈ルオトゥルオ〉は、各丘の表面を下から螺旋を描くように穿ち、その螺旋階段のようになった丘の一段いちだんに、家々や畑を建て、また塩を保管しておくための洞穴なども掘っては、東の海で塩を掘る〝白の民〟との交易を盛んに、辺境ながらもこん

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君

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 黄昏がやってくる。
 じきに、夕暮れだった。
「ところで、騎士さま?」
 浜へと続く樹海の道を、〝白の民〟としての記憶を掘り返しながら進んでいくアインベルを先頭に、不思議な縁に呼ばれた七人組は歩を拾う。
 アインベルのすぐ後ろ——というよりはほとんど隣に目の良いイリス——彼女の手にはヴィアの手綱が握られている——が付き、その後ろに〝ポロロッカ〟の四人組が、時折その位置を入れ替わりなが

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アイアン

アイアン

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たそがれの國Ⅲ外伝
『ごしきの金』
Sword,Chivalry,Your〝Isi〟



 その瞬間は、炎さえも沈黙していた。
「——きみ、その目」
 火の粉が混じる風に吹き付けられて、目の前で白が舞った。
「その目だ」
 焦がす火をものともしない、真っ白なその髪を見つめる。目の前に在るその色は、どこか別世界のものであるかのようだった。
 しかし、その白色が振り返ったことにより、己の視

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共鳴

共鳴

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 風が吹き荒れている。
 鈴の音が鳴っていた。
 アインベルは、〝あの日〟のように両の手で杖を握り締め、しかしあの日とは真逆の方角を向き、立ち上る〝渦潮〟に目指して、あの日より強く、あの日より確かに、そしてあの日よりも鋭い痛みを以って、その歩を進めていた。
「おい、冗談じゃねえぞ。これじゃあろくに息もできねえ!」
「ジン! 無駄口を叩いている暇があるなら手を動かせ! そら、また来るぞ!

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合奏(前)

合奏(前)

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 目を開けた。
 広がるのは一面の闇。何も見えなかった。
 刺すような冷たさが、少年の頬をなぶった。思わず息を吐き出す。この暗闇の中で、それは白く色付きすらしなかった。
 ただ、自分が何かを抱き締めているのは分かった。手のひらから腕から、心の臓を覆う胴から、この昏く冷たい闇夜すら遠ざけるような熱を感じる。アインベルは、また息を吐いた。
 視線を下げる。
 自分の腕の中に在るのは、闇の中

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合奏(後)

合奏(後)

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 それは、小さな蛇だった。
 それでも、その姿を目にしたとき、アインベルの唇から微かに声を伴って零れたのは、このような言葉だった。ああ、やはり、という納得と嘆息が、アインベルの中で緩やかに渦を巻く。
 ——此処は底。
 朝の底、昼の底、夕の底、夜の底。大地の底、海の底、底の底、空にとっての空。此処は、すべてのはじまりの場所。すべてに名前が与えられた場所。此処はかつて、はじめの命が始まっ

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