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綿谷真歩
2017年4月5日 19:53
前 目次 上空では柔らかな風が吹いている。 イリスの回り道は依然続き、彼女は世界樹から見て北西に位置している〈ルナール〉から西南西に位置する〈クローリク〉へと熱気球に乗って移動していた。 〈ルナール〉に滞在していた行商人が売っていた菓子の一つに見覚えがあったイリスは、思わずその菓子を買い上げて、気球の中で紙袋に入ったそれらの中の一つをかじっている。 隣ではアインベルが熱気球の球皮の内側で
2017年4月7日 19:11
前 目次 アインベルは、聞き覚えのある声にはっとして顔を上げた。風の吹く声が聴こえる。 音ではなく、声。 彼はこれに覚えがあった。 その予感通りにしばらくして、イリスがヴィアの背に乗ってこちらに駆けてきた。アインベルはヴィアに乗る姉の姿を認めると、そのやさしい緑色の瞳に安堵の光を浮かべ、小さく息を吐く。 彼がその場で立ち止まっていれば、ヴィアに乗ったイリスが段々と速度を緩めながらアイン
2017年4月9日 18:49
前 目次 久しぶりの雨は、酷い夕立だった。 〈ルナール〉の街と、その中に含まれるこの酒場の屋根を容赦なく責め立てる雨粒の音が老いはじめた耳をも叩く。 その音楽とも言い難い雨の大音声たちを、初老の店主ギルは軽く溜め息を吐きながら聞いていると、自身の背後から雨粒よりも大きな音を立てて、自身が立っている厨房のすぐ後ろに在る店の裏口が開いた。 ギルはおっかなびっくり後ろを振り返ると、そこによく見