マガジンのカバー画像

Twilight of the country(Ⅰ~Ⅲ)

100
series/たそがれの國(順不同) 今、黄昏に立ち向かわん!
運営しているクリエイター

記事一覧

『たそがれの國』目次

『たそがれの國』目次



ゆっくり、だが確かに黄昏を迎える世界。この涸れゆく大地の上に人々は立っていた。自らの意志を心に宿し、彼らは生きる。どうして彼らは滅びなくてはならないのだろうか? どうすれば彼らは滅びずに済むのだろうか? 生きるために知恵を絞る者、夢のために命を燃やす者、黄昏を喰い止めんとする者、緑に満ちた新天地を目指す者、今在るものを愛する者——これは、黄昏に立ち向かう人々の物語。

【たそがれの國】(完結/

もっとみる
渦

前 目次

 声が聴こえる。
「……ベル——」
 これは誰の声だ。
「……アインベル——」
 声が聴こえる。
「——アインベル!」
「え!?」
 耳元で呼び声が響き渡って、少年は驚き、その勢いのまま飛び起きた。
「え……? な、何……」
 目を開けたアインベルは、自分の上げた声にまた驚いて、ぱちぱちと忙しなく瞬きをくり返す。そうして身を起こしたアインベルは、困惑したように呟きながら辺りを見回した。

もっとみる
夢

前 目次

〈第七章〉
イシ



 ばちり、と火が爆ぜていた。
 王都〈アッキピテル〉にそびえる王城——そこに位置する騎士の詰め所の、一階に設けられた、騎士の数にしては狭い談話室。夜も深まって長いというのにもかかわらず、そこに備え付けられた煉瓦作りの暖炉には、未だ赤々と火が灯っていた。
 彼女はふと、閉じていた目を開き、息を吐く。
 手燭に灯っていた蝋燭はとうに燃え尽き、今はただ、その名残の蝋

もっとみる
彼は誰

彼は誰

前 目次

 何処に向かって歩いているのだろうか。
 曖昧な輪郭を保った思考を抱えて、アインベルは歩を進める。だがどうしたことだろう、〈オルカ〉の遺跡——〝牧歌の間〟の前で自分のことを待っていた五人を、しかし少年は見向きもせずに通り過ぎると、そのまますたすたと遺跡の入り口に向かって歩いていってしまった。
「あ、ちょっと、アインベル、〝呼び声なき眼〟がないと、そこは——」
 少しばかり慌てたように、

もっとみる
言葉

言葉

前 目次

 役者は揃った。
 ——〈オルカ〉の町、その外れに在る遺跡は、森と呼ぶには未だ浅い木々の中に延びる獣道の先、しかし周りを他の木よりは背が高く、葉も多く生い茂っている樹々に囲まれたその中心に、どこか隠されるように建っている。
「——つまり俺たちは、〝声〟の力を借りる者なんだよ。自分の声の、な」
 〝牧歌の間〟へと続く獣道を歩きながら、クイは自分の後ろに続く仲間たちに、片手を振ってそう告げ

もっとみる
意志

意志

前 目次

〈第六章〉
呼び声なき眼



「——〝渦潮〟について〝白の民〟の間で歌われる、伝え歌のことも〈ツィーゲ〉のギルドから報告があった」
「はい」
「そして渦潮の発生地点、それをすべて結んだ海図上のこの線を、私たちは〝赤道〟と呼ぶことにした」
「なるほど」
「……おいレン、ちゃんと聞いているのか?」
 執務室の腰掛けに半ば前のめりに座り、自身の両膝に両肘をついては、その手のひらを顎の下で

もっとみる
声

前 目次

 〈オルカ〉の町までアインベルと一緒に行くと申し出たリトに、キトは背負っていた盾を地面に置いて、左の手のひらで右の拳を包んでこうべを垂れる、まもりびと特有の敬礼をした。
「お心遣いに感謝する。不始末な仕事ばかりで申し訳ないが、どうかアインベルを無事に送り届けてやってほしい」
 キトの形式ばった物言いに、不慣れなリトはよしてくれと軽く手を振りながら苦笑した。下げた頭の上から降ってきた声に

もっとみる
誰そ彼

誰そ彼

前 目次

 さて、アインベルとリトの間で自分が話題の中心になっていることなど露知らず、イリス・アウディオは、自身の拠点である商業都市〈ルナール〉の街の入り口——白っぽい灰色をした石造りの門へと続く、〈ルナール〉のこれまた白っぽい灰色をした石造りの大橋を、相棒——と彼女は勝手に呼んでいる——のヴィアに乗って、大急ぎで駆け抜けていた。
 〈ルナール〉は國きっての商業の盛んな都市であるため、商人の出入

もっとみる
波

前 目次

 自分の心の中で、一片の光を放ったその記憶の欠片が、少年の脚を微かに震えさせた。
 そして今まさにアインベルは、リト、ハル、ジン、クイ——その中の誰かたった一人にでもいい、自分の中に今激しい勢いで逆巻いているこの疑問をぶつけたくて、その足をやや急ぎがちに〈オルカ〉の町へと向けていた。
 何故〈オルカ〉へと少年が向かっているかというと、それは、あの四人組が今何処にいるのかさっぱり見当も付

もっとみる
源

前 目次

 振り返った目に、樹海は映らなかった。
 それと同じように、樹海手前に位置する町の姿も最早遠く、アインベルの目に映ることはなかった。それはもちろん、彼の隣に葦毛を伴って立ち、振り返ったアインベルと同じ方を向いているレースラインの目にも同様だった。
 彼女の葦毛は朝陽の柔らかな光を受けて、今はその毛並みを黄金の色に輝かせている。
「——此処でだいじょうぶかな、アインベルくん」
 ふと、ア

もっとみる
嘘

前 目次

「——それから少女は、一人の騎士——その身に〝シバルリード〟の名を冠しては、騎士道を意味するそのおくり名の元、いずれ王室騎士団の長となる男に拾われ……悪運しぶとく、なんとか一命を取り留めました」
 かさり、と焚き火の燃え殻が音を立てて沈む。小さな黒い丘から、細い煙が昇っていた。
「首の皮一枚繋がった少女は、しかし、寝ても覚めても怯えました。自分は狂うのだ、血に狂ってしまうのだ、と。なら

もっとみる
運命

運命

前 目次

〈第五章〉
のべつの竜



「ハル、もう勘弁してくれんか。おまえみたいな若いのの話に長いこと付き合うと、どうにも疲れる……」
 ゆったりとした長椅子に腰掛けた〈オルカ〉の長老が、肘を膝の上について両手を組み合わせ、そう呟きながら溜め息を吐いた。
「それって年なんじゃないの、長老?」
「年でもなんでもいいわい、早う帰ってくれ」
「だからぁ、あたし——あたしらは、〝牧歌の間〟について教

もっとみる
黒

前 目次

 赤い。
 黒い。
 赤い。
 熱い何かが自身の上に覆い被さっているその圧迫感に耐えながら、少女は呻き声を発して、辺りに広がる一面の赤を己の瞳に映していた。
「……母さま……?」
 目の前で燃え盛るのは、こんにちまで自分たちが暮らしていた小さな家。
 黒い塊と化してこちらへと降ってくる天井や壁から、自分は母と共に逃げていたはずだった。
 けれども、何か衝撃を感じた後に自分は一瞬だけ、意

もっとみる
刃

前 目次

〈第四章〉
黒の子ども



「——美しい人だろう」
 薄く赤茶けた石像を見上げて、感じ入るように老人は隣の少女に語りかけた。
「お祖父さまのお屋敷の奥に、こんな処が在ったなんて……」
「永く、永く、私たちが守り続けてきた場所だ。そしてこの先、おまえが守ってゆかねばならない場所でもある」
「守る——お祖父さま、一体何から守ると言うのです?」
 肩よりも上で短く切りそろえた、真っ直ぐな

もっとみる