マガジンのカバー画像

Twilight of the country(Ⅰ~Ⅲ)

100
series/たそがれの國(順不同) 今、黄昏に立ち向かわん!
運営しているクリエイター

2017年1月の記事一覧

レゾンデートル

レゾンデートル

目次

 部屋の片隅に置かれた洋灯が、頼りなさげな明かりを揺らしている。
 人通りの少ない山道の外れに、ぽつんとしつらえられた旅人用の小さな木製の小屋、その小窓から見える景色は陰も影も夜霧に呑み込まれ、深い闇は辺りを半透明の白で覆われていた。気温が低く湿度は高い。
 どうにも息苦しいこの夜に耐えかねて、一人の男は羽織っている月白色のローブを足元へと脱ぎ捨て、時折目に掛かって鬱陶しい、うねる黒の前髪

もっとみる
エゴ

エゴ

前 目次

〈第二章〉
夢の獣



 強かに賢い狐の双眸、商業都市〈ルナール〉。
 迫りくる黄昏を感じさせないこの都市では、常に人々が都市内部を駆け回り、世界のことなど考えている暇はないといったように忙しなく働いていた。
 出世を目指す者、世界を翔けて仕事をしたい者、夢のために資金を集める者、他人に興味がない者、黄昏のことを考えたくない者などがこの都市には集まる。
 銀灰色の地面、その上に立ち

もっとみる
ウィンド・チャイム

ウィンド・チャイム

前 目次

 ——黄昏が、やってくる。
 夕暮れだ。
 赤く赤く、どこまでも赤く染まり上がった空、その下に立ち並ぶ家々もまた目に熱い色に染まっている。こんにちの夕暮れは特別赤い。
 これでは誰の顔を見ても逆光、或いは赤に橙に染まる光のおかげで、その者の表情をよくは受け取ることができなそうだった。
 人が燃える陽に目を細めるのは、痛いほどに眩しいからだろうか。それとも、恐ろしいほどに美しいからだろう

もっとみる
ファキュラの花弁

ファキュラの花弁

前 目次

 煙突の街に緑の香りを強く纏った風が吹いている。
 工房都市〈スクイラル〉の、それはさながら栗鼠の登る樹の枝のように、幅は大小様々に枝分かれしている煉瓦の道。その中の一つに立つ、鮮やかな色を纏う姉と淡く優しい色を宿す弟は、背後の樹に背中を預けながら都市中に立ち上る香る風によって、こんにちは色を潜めて見える黒煙たちを眺めていた。
 むせ返るほどに濃い命の香りを宿す風に、時折混じって鼻をつ

もっとみる
鼓動するトラオム

鼓動するトラオム

前 目次

「イリス、花が咲いているね。この香りは……アルストロメリアかな? 何色だい、イリス」
 銀灰色の石畳をこつこつと杖を突いて歩きながら、オレハが隣を歩くイリスに問いかけた。イリスは、オレハの閉じられた目が一度向けた方向へと自らの視線をやる。
 こんにちも〈ルナール〉は、誰も彼もが忙しそうに駆けずり回って大通りなどは人が休みなく行き来しており、縦長の建物からは白煙が上がって石油のにおいが時

もっとみる
カゲロウ、稲妻、水の月

カゲロウ、稲妻、水の月

目次

「——見えているのに掴めないもの」
「何だ?」
「見えているのに掴めないものが、この世界には多く在る」
 まるで途方もなく大きな一枚岩を、そのまま切り崩したかのような巨大な階段、それが人里のかたちをとっていたいにしえの集落その五段目——この階段のいちばん高い場所にて、イリス・アウディオは白い陽光を受けながら眼下の家々ではなくそれよりも遠い彼方を見つめて呟いた。
 その瞳は、視界の遥か遠くで

もっとみる
ミッドナイト・サン

ミッドナイト・サン

目次

 雲の間から零れる太陽の光に一瞬だけ視線を送り、鮮やかすぎるほど鮮やかなその紅の瞳は、目の前の黒い瑪瑙と淡く色付く燐葉石の元へと戻ってきた。
 此処、小さき町の外れでは、魔獣貸し屋ベラの魔の風を喰った馬〝アニマ〟たちが時折吹く風のような声を上げて、その美しい青毛を奔るたびに風吹く草原の如く緑になびかせている。
 イリスはアニマたちのいる場所から少し離れた処で彼らの声を聴きながら、ベラへと言

もっとみる