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Twilight of the country(Ⅰ~Ⅲ)

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series/たそがれの國(順不同) 今、黄昏に立ち向かわん!
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2016年9月の記事一覧

或る梟のこころ

或る梟のこころ

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「あんたみたいなお嬢ちゃんも剣を振り回すのか。……嫌な時代だよ、まったく」
 整備を終えた剣を水平にし、その調子を確かめながら、鍛冶屋の主人は独り言のように呟いた。
 イルミナス・アッキピテルは、己の剣を見つめる主人の目にどこか悲しみの色が浮かんでいるのを、その翠玉の睫毛の下で光さざめく銀の瞳で拾い上げると、だから自分は黄昏を止めたい、そのために戦うのだという己の心を、強い意志をもって

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いざないの光

いざないの光

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 美しい、だろうか。
 錆びた金の瞳は、そのあまりに大きすぎる巨樹が、まるで呼吸をするかのように自らの葉を揺らしているところを、見るともなくぼんやりと見つめていた。
 大樹。
 黄昏ていく世界を慈しみ、そして希望を歌う麒麟の濡れた睫毛——そう謳われている、世界樹〈カメーロパルダリス〉。
 それが、ほとんど光の灯らない青年の瞳の先にそびえている。
 青年——キト・アウルムは、その大樹より

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竜の落とし子

竜の落とし子

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 剣が折れた。
 一つを守れぬ剣が。



 工房都市〈スクイラル〉から二日ほど歩いた処に、小さな農村が在る。
 柔らかな土のにおいを感じるこの村で、近くの町に物資の補給をしに向かったウルグの帰りを待ちながら、イルミナス・アッキピテルは或る一人の少女と出会ったのだった。
「おねえさん、花冠って知ってる?」
「花冠?」
「そう、お花の冠。こうやって作るんだよ」
 言いながら、少女が器用

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飛ばぬ弾丸、折れた剣

飛ばぬ弾丸、折れた剣

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 その遺跡は、太く大きく発達した植物たちによって身体を支えられ、崩れかけても尚その心を折らない。
 イルミナスは少し離れた処から、調査をし終えた緑の遺跡をどこか上の空のまま見つめた。湿気を含んだ、心地好いとは到底言えない風が頬を撫でる。
 イルミナスは痛みを堪えるように瞼を閉じて、吹き往く風を想った。
(……何処へ)
 何処へ往くのだろう、風は。
 何を守るのだろう、風は。
 ……何を

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銀の双翼

銀の双翼

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 剣は折れた。
 一つしか選べぬ剣は。



「——もう、ついて来るな」
 工房都市〈スクイラル〉にて、イルミナスがクエルクスと話をした樹を見るともなく見つめていると、その背後から聞き慣れた、しかしいつも聞き慣れたそれよりも冷淡で平らな静寂ばかりの夜の声が彼女の耳に届く。
 イルミナスは振り返り、どこか虚ろに見えるその瞳を無理やりに細めると、聞き間違いだろうかというように微笑んだ。

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澄みわたる獣

澄みわたる獣

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 焦ったのかもしれない、白い足が泥土を踏むのを見て。
 焦ったのかもしれない、鞘から鋭い剣を抜くのを見て。
 焦ったのかもしれない、失くしたものを想う横顔を見て。
 焦ったのだろう、肌が傷付き、そこから赤い血が流れるのを見て。



 イルミナスがウルグと老婆の前に立ち塞がっていた巨大な魔獣を、その風の刃で文字通り真っ二つにする。
 進むために、そして守るためにはこうして奪わねばなら

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ゲンミナティオ

ゲンミナティオ

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たそがれの國Ⅱ
『わが名はイリス』
Over the Rainbow



 わが名はイリス。
 虹の名前を冠す者。
 トレジャーハンター。
 〈星の墜ちた地〉を目指す者である。



 ——崩壊した遺跡。
 しかしそれは、遺跡を覆う植物の大群によって、その姿を未だ留めていた。
 鮮紅の宿る瞳でその緑の遺跡を見つめる彼女は、音にもならないほど小さく息を吐くと、それから額に滲む汗を拭った

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ヴィエーチルの馬

ヴィエーチルの馬

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〈第一章〉
詩の蜜酒



 〝白く濃く、そして深い霧は、まるで亡霊が我々をこちら側へ招くように舞い踊るさまである。
 ……ちなみに、亡霊は見たことがない。〟

 イリス・アウディオは、上着の物入れから取り出した手記にそう記し、それを再び上着の中へ仕舞うと、隣に引いている青毛の馬を眺めた。その首筋を掻いてやりながら、イリスは馬の発する風の音のように涼しい鳴き声を聴く。
 ——美しい馬

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アーレの在り処

アーレの在り処

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 椅子の引っくり返る音が大きく響く。
 それと同時に宙へ踊るのは、鮮やかな橙色とさながら電氣石のような虹色の布。
 ——イリス・アウディオである。
 彼女はトレジャーハンターたちが集う酒場の隅で、この地方の伝承が書かれた書物を読んでいたはずなのだが、どうしたことか、その鮮やかな赤色の瞳で何かを拾い上げると、まるで風を切るような勢いで立ち上がったのだった。
 イリスはほとんど飛ぶように目

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ルナ・ロッサ、銀纏いの夜に

ルナ・ロッサ、銀纏いの夜に

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 燃え立つ夕暮れに、遺跡の影を見る。
 イリス・アウディオは、地平に揺らめく夕陽を眩しそうに一瞥すると、再び自分が今歩いている古い石畳へと目線を戻した。敷石の隙間から、青い芽が顔を出している。
 イリスはその場にしゃがみ、手袋を外して指先でその新たな命に触れた。
 そこから伝わるのは人とは違う温度。血ではなく水の通った身体は熱を持たず、生まれたばかりのそれはひたすらに柔らかな肌をしてい

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アルバーダとの邂逅

アルバーダとの邂逅

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 トレジャーハンターたる者、宝探しは全身で行うものである。
 いつか、酒場の真ん中で戦利品を手に掲げたハンターが高らかにそう宣言していたのを思い出しながら、イリスは先日ちょっとした騒ぎを起こしてしまった、ハンターたちの溜まり場である酒場の前に立っていた。
 イリス・アウディオはトレジャーハンターである。
 まだ、あの騒ぎからの日も浅い。この酒場に足を踏み入れるのはいささか時期尚早だと思

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