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ユヴァル・ノア・ハラリ推薦!『WILDHOOD(ワイルドフッド) 野生の青年期』訳者あとがき試し読み

 10/16刊行の『WILDHOOD 野生の青年期』から、「訳者あとがき」を発売に先がけてお届けします。

 本書は、2014年の『人間と動物の病気を一緒にみる——医療を変える汎動物学(ズービキティ)の発想』(インターシフト)で、医学界に衝撃を与えたバーバラ・N・ホロウィッツとキャスリン・バウアーズによる最新作です。
 動物にも人間と同じように「青年期」が存在し、人間と同じように試行錯誤しながらおとなへと成長します。また、人間の若者が無謀な運転を繰り返してしまうように、動物の若者たちも危険な捕食者にちょっかいを出したりと、あえて無茶な真似をします。
 本書では、その理由をさまざまな動物を例にとりながら解説。若者が平気でリスクをとるのには、大事な意味があったのです。
 訳者は、前作と同様に土屋晶子さん。土屋さんによる「訳者あとがき」を、刊行に先がけてお届けします。

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訳者あとがき


 本書の共著者のひとり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授で心臓内科医のバーバラ・N・ホロウィッツは、ヒトだけが特別な存在ではない、ヒトもほかの動物も同じ病気にかかることがあるという考え方から、医学と獣医学の境界を取り払おうと、「Zoobiquity(ズービキティ、汎動物学)」を提唱している。
 実は、著者は日本でのシンポジウムのために昨年の二〇二〇年秋に来日する予定だった。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大は続いた。シンポジウムは一年後に延期が決まったものの、感染症に関する状況は依然として収まらない。二〇二一年現在、再延期のそのシンポジウムも、二〇一一年に著者が中心となって、医師も獣医師もともに集まって始まった「ズービキティ・コンファレンス」の運動となる。
 著者は、二〇一五年の雑誌『ニュートン別冊』の「トップ・サイエンティスト 世界の24人」と題された特集号で、各分野で目覚ましい働きを見せる科学者として、山中伸弥(生理学・医学)、ブライアン・グリーン(理論物理学)、ジャック・ホーナー(恐竜学)などとともに選ばれている。
 本書は、そのバーバラ・N・ホロウィッツと科学ジャーナリストであるキャスリン・バウアーズによる共著だ。彼女たちが同じく協力して書き下ろした前作『Zoobiquity』(『人間と動物の病気を一緒にみる』インターシフト)の続編となる。
 前著では、ほかの動物も、がん、心臓病、肥満になるだけでなく、性感染症や、うつ、依存症、自傷行為など心も患う事例が幅広く取り上げられた。終章は、ヒトと動物の共通感染症についてであり、北米大陸での西ナイル熱発生が確認されるまでがスリリングに語られる。

 そして、本書のテーマは、「青年期」。題名の『WILDHOOD(ワイルドフッド)』は、あらゆる動物の青年期を意味し、前著の『Zoobiquity』と同様に、著者たちの造語だ。ほかの動物もヒトと同様に青年期を迎えるのだ。前著の一章分に割りふられていた内容がさらに深められ、考察が重ねられていく。若者たちは、四つの重要な課題に直面する。そして、その四つのS、すなわちSAFETY(安全)、STATUS(ステータス)、SEX(セックス)、SELF-RELIANCE(自立)についてのスキルを磨き、おとなへと成長していかなければならない。
 本書は、太古より無数の動物が体験してきた道程を、四匹の野生動物の成長物語として提示する。キングペンギンのアーシュラ、ブチハイエナのシュリンク、ザトウクジラのソルト、ハイイロオオカミのスラウツ。種も異なり、生まれ育ったところも違えば、降りかかる困難もみな違う。ただし、物語体をとっていても、記されているのは、すべて研究者たちが機器を駆使しながら調査して知りえた事実だけだ。著者は科学者として、擬人化の危険性を肝に銘じながらも、それぞれの動物がヒトと共通した部分をどれほどたくさん持っているかを見つけ出していく。
若い動物たちは、危険な捕食者にわざわざ近寄って、それがどんなようすをしているのかを調べにかかる。かたや、ヒトの若者もあえて背伸びして、深夜のバーやナイトクラブに潜りこもうとする。
 ニワトリたちの間では「つつき順位」がすぐにできあがる。そして、ヒトの若者の間にも瞬く間に序列ができる。にもかかわらず、ヒトもほかの動物も、青年期の仲間の存在はかけがえのないもので、仲間どうしでの社会的学習はなくてはならない。
 自然界では、公平な条件での競争の場はないこと、親の序列の継承が実際に行われていること、動物たちは必ずいじめを行うが、個々の粘り強さと少々の運があれば、長じて境遇を引っくり返すことは可能なことが語られる。
 野生動物は、年長者の行動を観察して、セックスだけでなく、自分の欲求の伝え方や相手の気持ちを理解する方法を学ぶ。対して、ヒトの場合は、露骨な性描写の情報は絶えず流れてくるが、年長者の側から、求愛行動の機微や性的関係に進む合意を得る方法を若者に伝える機会が少ない。
 自然界の動物も、子が親たちから離れて独り立ちするのは、大きな試練になる。環境が劣悪なときは巣立ちを延ばしたり、親がサポートを続けたりもする。ヒトの場合、子に対していつまでも過保護でいる親がよく批判されるが、それは一概に駄目と言えない場合もある。
 ざっと思いついただけでも、興味深い指摘がこうして次々に出てくる。
 そして、自然界のエピソードのそれぞれがこれまた面白い。サンショウウオのキュートな求愛儀式、求愛行動初心者のヨーロッパアワノメイガの様子、イベリアカタシロワシの子育て最終段階の親のハードなしごき! 著者はこの本を科学者だけでなく、一般読者、特に若者の周囲の人々、そして若者自身に読んでもらいたいと望んでいるのだ。

「ヒトも地球上にすむ生物のひとつ」ということは、誰もが知っている。しかし、著者でさえ二〇一四年のTEDのプレゼンテーションで、「科学者である私たちは、頭では自分たちヒトが単なるひとつの種でありほかの種と変わらないとわかっている。しかし気持ちとなると、その通りにはいかない。モーツァルトを聴いたり、マックのノートブックで火星探査車を見ているとき、ヒトは特別だという思いをどうしても抱いてしまう」とまずは自戒しているのだ。
 暗くなると子が出歩くために、夜な夜な悩んでいる親が本書を読んで、「動物の若者はとにかく仲間が一番大事だ」と知ったところで、すぐに何らかの展望が開けはしないだろう。ラッコの若者もホホジロザメにわざわざ近づいていくのだから、自分の息子の危ない行いも仕方ないとあきらめられるわけがない。ただ、ずっと自分の足元ばかりに集中していた視線がふと、空のほうを見上げる瞬間が生まれないだろうか。ひと呼吸分だけでも、心を静める時間が手に入るかもしれない。
 また、いじめに遭っている子どもが、「ほかの動物の間でもいじめはある」と言われても、苦しみは決して消えはしない。自然界でいじめ行為があることは、私たちの間でのいじめを正当化することにはならない。しかし、動物もほかの居場所を見つけることで、より幸せな暮らしができているといった観察事実から、現状にとらわれすぎず、自らの得意な領域に関わるグループに入るといったアドバイスには、一読の価値があるだろう。
 加えて、著者たち自身が本書を執筆中、思春期の子どもを持つ親の身だった。大自然の厳然たる事実も語っていながら、決して突き放した筆致になっていないのが本書の魅力のひとつだ。

                      二〇二一年九月 土屋晶子

『WILDHOOD 野生の青年期』紹介ページ

■著者紹介

バーバラ・N・ホロウィッツ
ハーバード大学人類進化生物学客員教授。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)心臓内科教授。
進化・医学・公衆衛生に関する国際協会(ISEMPH)会長。
バウアーズとの前著に『人間と動物の病気を一緒にみる』がある。

キャスリン・バウアーズ
科学ジャーナリスト。
UCLAとハーバード大学で動物行動学とライティングを教える。ワシントンD.C.にあるシンクタンク「ニューアメリカ」フューチャー・テンス・フェロー。ロサンゼルスのNPO「ソカロ・パブリック・スクエア」編集者や「アトランティック・マンスリー」誌編集員を務めた。

■訳者紹介

土屋晶子
翻訳家。
訳書に『フューチャー・イズ・ワイルド』( ダイヤモンド社) 、『寿命100歳以上の世界』(CCC メディアハウス) 、『人間と動物の病気を一緒にみる――医療を変える汎動物学の発想』( インターシフト) などがある。

■目次

プロローグ

第I部 SAFETY(安全)
第1章 危険な日々
第2章 恐怖の本質
第3章 捕食者を知る
第4章 自信にあふれた魚
第5章 サバイバル・スクール

第II部 STATUS(ステータス)
第6章 評価される時期
第7章 集団のルール
第8章 特権を持つ生きもの
第9章 社会的転落の痛み
第10章 味方のちから

第III部 SEX(セックス)
第11章 動物のロマンス
第12章 欲求と抑制
第13章 初体験
第14章 強制か同意か

第IV部 SELF-RELIANCE(自立)
第15章 旅立ちまで
第16章 生きるために食べる
第17章 ひとりでやり抜く
第18章 自分を見つける

エピローグ

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