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【広告本読書録:093】ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門

原野守弘 著 クロスメディア・パブリッシング 発行

2021年、まだはじまったばかりですが、すでにベスト1位かもしれない名著と出会ってしまいました。ベスト1位ってなんかへんな日本語だな。でもちいさいことは気にするなそれワカチコワカチコの精神で話を進めます。

ぼくは自分はクリエイティブではない、と自覚しています。その自覚ぶりについては一流ではないかと自負するぐらい、クリエイティブではない。職業は一見クリエイティブのようにみえますが、なにもクリエイトしていません。既存のものを組み合わせているだけなんです。

そういう生活を長く続けてきたせいか、もしかしたら世の中にあるクリエイティブみたいなものはぜんぶ幻覚で、もともとそんなものはないのかも。ぐらいにおもっていました。

なので書店で『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』というタイトルをみたとき、ああ、これは世の中にはクリエイティブなどというものはありませんから安心してくださいね、という内容なのだろうとおもった。

さらに手にとったとき、帯にコピーが書いてあります。「自分はクリエイティブではない。そう思う人にこそ、読んでほしい。」これでますます自分の読みは堅いな、と確信したものです。

クリエイティブではないことに悩んでいるふつうのビジネスパーソンに、大丈夫ですよ世の中にクリエイティブなんてものはないですから安心してください、逆説的にいえばあなたが生きているそのことだってクリエイティブって言っていいじゃない。恋したっていいじゃない。DATE。

たぶん、そういう内容なんだな。ぼくもそのうちのひとりだから、これ買って読んで、原野守弘さんに慰めてもらおうとおもったわけです。

そうしたら、ぜんぜん違った。

世の中には、クリエイティブは、あった。クリエイティブとビジネスパーソンの間には、大きな川が流れていた。おれはぜんぜんそっち側にいけていなかっただけだった。

ショックでした。

でしたし、めっちゃ面白かった。この本。

ページめくるたびにひとつずつ理解が進み、ワクワクしていった。第一章で原野さんは『感情に訴えろ』として感動のメカニズムを大脳新皮質と大脳辺縁系の違いを通して生物学的アプローチで解説してくれます。

そして優れたクリエイティブが優れているその理由は、そもそも説明することができない。なぜなら優れていると感じる脳の部位は言語を扱うことができない大脳辺縁系だから、と結論づけます。

すべての人が、「大脳新皮質の自分」と「自分の大脳辺縁系」というように、「二重の自分」を持っているということでもある。つまり、人間は「二人羽織」のような生き物なのだ。自分という人間の中に、本人自身でも説明できない生き物(大脳辺縁系)を飼っているイメージだ。そして実際のところ、その人間の行動は、その生き物に支配されている。飼われているのは「大脳新皮質の自分」なのである。

この人間の二重性への理解がビジネスパーソンとクリエイターを分断する正体だ、と原野さん。

理解という名の宗教に入信しているビジネスパーソン(ぼくです)は大脳新皮質の自分だけが自分だと思っている。だから人間を論理的な生き物と考え、理解を重視する。そのとおりです。

でもクリエイターは違うんです。彼らは「自分の大脳辺縁系」の存在にリアリティを感じている。人間はそもそも不合理であり、言葉では説明できない感情が人間を支配していると経験的に知っているんです。

もちろんこのような理解はされていないかもしれませんが、自分自身を突き動かすものを知っているし、信じてもいる。

それが「感情」であると。

どうです?もうこの時点でめちゃくちゃ面白くないですか?ヤバいでしょ。読者(ぼくですね)は一気に惹き込まれていきます。

いちばんわかりやすいブランド論

この本はもともとビジネスパーソンやクリエイティブ初学者に向けて書かれたものです。しかし、それだけに限定して読ませるのはたいへんもったいない。あらゆるレイヤーのクリエイターが読むべきではないでしょうか。

細部についてはぜひ手にとっていただき、その目に確かめていただくとして。ざっくりとした本書の特徴、というかぼくが惹かれたポイントを。

まず広告と販促を明確に分けて定義づけています。日本の広告は線引きが曖昧なのに対して、カンヌに出品される世界の広告はハッキリわかれている。広告はモノを売らない。広告は「ブランドを好きにさせること」が目的なのです。

この定義は読書録で過去にも取り上げた梶祐輔さんも提唱されていましたね。広告はもっとブランドを売り込むべきだ、と。

そこからもわかるとおもいますが、この本における広告およびクリエイティブは全般ブランディングを指しています。そして、ブランディングについて実にわかりやすく解説している。

ぼくは仕事柄、企業ブランディングに関わることが多くあります。インナーがメインですが、最近ではBtoC向けプロダクトのリブランディングをお手伝いすることも増えてきました。

でも、もともとブランディング畑の人間でもないですし、専門の教育を受けたわけでもありません。ま、しかし根っこの部分は同じだろうということでエイヤッ!と力技でなんとかやっているんですね。

とはいえまったくの無知無学ではいかんだろうとおもい、これまでいろいろなブランディングの本を手にとってきました。しかし、読めば読むほどブランディングについてわからなくなっていく。

しかし、原野さんのこの本は“ブランディングの本”という顔つきをしていないのにもかかわらず、すこぶる明快です。ビジネスパーソンやクリエイティブ初学者に向けて書かれているだけあって、非常にわかりやすい。

もしかしたらこれまで読んだ中でいちばんわかりやすいブランディングの教科書かもしれません。

ブランディングは、愛されること

原野さんは広告表現のみならず、新商品開発やエンターテイメントビジネスを成功させる原理原則として、すべては個人的な「好き」からはじまる、といいます。

その証拠に、広告が上手なブランドはその広告の中で自分自身については語らず、自分の好きなものや称賛すべきものを表明しているだけだ、と。

偉大なブランドは、自分自身についてではなく、自分が愛するものについて語るのだ。

そしてその「好き」に「共感」したオーディエンスがブランドに好意を持ち「連帯」しようとする。それがブランドロイヤリティの正体であると結論づけます。なんてわかりやすいの!

つまり、好かれること、愛されることこそが本当のブランディングであり、決して大量露出や認知獲得といったものではないと(それはそれで間違っているわけではないけれど)。

しかし多くのビジネスパーソンは人間の二重性について理解を示さないし、感情だけが人を動かすという事実も信じていません。何度も繰り返して理解させることや大声で叫ぶことが一番大事だと信じ込んでいます。

ううむ。もしも昔、このあたりのことがしっかりわかっていたら。求人広告の現場でもビジネスサイドが納得する説明ができたかもしれない。そうしたら間違った方向に行くことなく、クリエイティブが守れたかもしれない。つくづく自分の能力の低さを痛感させられますが後悔先に立たず。

原野さんは続けます。ビジネスパーソンは「好きのプログラム」を信じていないため、素晴らしいアイデアを台無しにする修正を入れる、と。

プロの提案にわざわざ直しをいれて台無しにするのが仕事だと思っているビジネスパーソンは非常に多い。悪気がないのはわかるが、もったいない、と嘆きます。まったくもって首肯しかない。

誰でも「好き」でクリエイティブになれるのか?

読み進めていくうちにぼくはあることにひっかかります。すべてのクリエイティブが個人的な「好き」からはじまっている、といいますが、果たして本当なのだろうかと。

恥ずかしながら過去、自分の「好き」を活かせた経験がないぼくは、ちょっと戸惑います。

もちろん原野さんはその疑問に対しても答えてくれています。それが「好き」には「市場的なランク」がある、というもの。

クリエイティブの源泉は「個人的な好き」に過ぎないし、それは誰にでもある。ただその再現性と普遍性には差があり、プロと素人の間に「川」をつくっている。つまり市場性のランクが違うのだ。

プロのクリエイターには、100万人の「好き」がどう動くか、ということが見えるんだそうです。一方、素人に見えるのは自分が「好きか嫌いか」に過ぎない。市場性のランクの低い人の「個人的な好き」は、再現性や普遍性を欠いているという致命傷がある、と原野さんはいいます。

ぼくがいつまで経ってもイケてないのは、このせいだったのか!

目からうろこがおちます。ついでに涙も。

でも、原野さんはやさしい。きちんと市場ランクの上げ方も教えてくれます。カンタンにいえば、在りし日の原野さんもおやりになったことですが「いいものをたくさん見る」ことに尽きる。ディープラーニングですね。

肉体を鍛えるフィットネスと同じように、大脳辺縁系を鍛えるフィットネスが必要なのだ。

このように、この本では徹頭徹尾「好き」を軸に話が進められていきます。いつしか、ぼくも含めた読者は「広告」や「ブランディング」または「クリエイティブ」という言葉の縛りから解放されていることに気づく。

そしてそれはとりもなおさず、人間の習性への理解を深めることへの第一歩を踏みはじめていることと同義、と言えるのではないでしょうか。

それが翻って、自分の目の前の仕事をよりクリエイティブなものにすることにつながる。いつの間にか、原野マジックにかかっているんですね。

ぼくももしかすると少しだけ、クリエイティブの彼岸につながる川に足を浸けることができるようになったかな。それはさておき、もっと「好き」と正面から向き合って、深堀りしつつ横に広げていこうとおもいました。

これ以上書くとネタバレになってしまいかねないので、ここまでにしておきます。とにかく学びがあり、目からウロコが落ち、クリエイティブというなんだかよくわからないものが見えてくる一冊。ビジネスパーソン必読、クリエイターも必読の書であることは間違いありません。

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