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【広告本読書録:055】僕と広告 杉山恒太郎

杉山恒太郎 著 グーテンベルクオーケストラ 刊

ちょっと上の画像を見てほしいんですが。これぼくの本棚のいち部分なのですが、よーく見ると小霜和也さんの本だけ帯が同じ高さまで上がっている。「也」だけ揃ってますよね。これ当たり前ですがまったくの偶然です。

プロのカメラマンならきちんと確認して、揃えた上で撮影するんですが、ぼくはプロじゃないしバリバリのアマなので、このままで載っけちゃいます。ちっちゃいことはきにするな、それワカチコワカチコ!です。

と、いうことで今回は広告本のなかでもとくにおすすめしたい、広告界の重鎮、杉山恒太郎さん「僕と広告」という本を紹介します。おれ、直接的な広告作法とかコピー技伝授の本より、こういうヤツのが圧倒的に好きね。

築地の一心太助

ぼくがはじめて杉山恒太郎さんの名前を知ったのはテレビ番組。当時、春の風物詩とされていた『ピッカピカの一年生』というコマーシャルの仕掛け人ということで紹介されていました。たぶんぼくはまだ小学生だったんじゃないでしょうか。よく覚えてるよな。

次に杉山さんを見たのは中3の時。ホイチョイ・プロダクションの『見栄講座』に推薦文を寄せているじゃないですか。おお、あの杉山恒太郎さん?と思ってプロフィールを見ると…

杉山恒太郎/日本を代表するカー・レーサー。故コーリン・チャップマンをして「築地の一心太助」と言わしめたほどのドライビング・テクニックの持ち主。フォーミュラ・レースでヨーロッパを転戦する合間、考古学者、CMプランナーとしても活躍。パリ近郊に5万エーカーの牧場を所有し、1年のうち半分は2千頭の馬と40人のマヌカンに囲まれて暮らしている。
(見栄講座より引用)

あれ?広告を作る人じゃなかったっけ…と一瞬、首をひねりましたがすぐに冗談だとわかりました。なんて品のいい冗談なんでしょう。こんなセンスのいいジョークが言えるってことは相当の遊び人ではないか、と思っていたら、やはりその通りでした!この本で各界の才人が証言していますが、若い頃から都会の不良だったそうです。

しかもずっぽりモノホンの不良、ってわけでなく、不良の世界にも顔が利き、なおかつ知識人とも交流が密であり、さらには美術芸術にも精通するという、これはもうぼくのような田舎育ちの商売人の息子がどんだけ憧れても手の届かない、どこまでもソフィスティケートされた粋人なのです。

デジタルの前も後も第一線

杉山恒太郎さんは立教大学卒業後、電通に入社。クリエーティブディレクターを経て常務執行役員までのぼりつめます。その後、あのライトパブリシティへ移籍し、代表取締役社長に。これ、ぼく的には青天の霹靂でした。同時になんだか面白くなりそう、ともおもった。

CD時代には先述の『ピッカピカ…』に加え『セブンイレブンいい気分』そしてサントリーローヤルの『ランボー、あんな男、ちょっといない』が代表的な作品。中でも『ランボー』は広告クリエイティブの中ではある意味頂点というか、アートを極めた映像美が時代の空気とも相まって話題になったものです。

杉山さんのすごいところは、ラジオ広告からキャリアをはじめてテレビCMで一時代を築き、それで終わらなかったところ。インターネット黎明期に電通の若手を集めてデジタル領域のリーダーとしてインタラクティブ広告を確立していったのです。

多くの広告人がデジタル前/デジタル後といったキャリアの分断がされている中、第一線というかトップランナーでありながらデジタルの前も後も走り続けている。すごいことです。

18人の才人が語る杉山恒太郎

この本は杉山恒太郎さんがACCの『クリエイターズ殿堂』受賞を記念して有志によって企画されたもの。もともとは内輪で配布されるものだったそうです。しかしそれにしてはあまりにも錚々たるメンバーがコメントを寄せておりもったいないと。以前、当読書録でも紹介した菅付雅信さんの編集力で素晴らしい本になったようです。

つまり私たちは本来なら目にすることができなかったモノを読んでいると。これを僥倖といわずしてなんというか。おこぼれをちょうだいしているようなものですが、こんな豪華なおこぼれならお金払うしって感じです。

ここで杉山恒太郎さんへコメントを寄せる18人を紹介します。一応、どんだけすごいかわかるようにひと言添えます。敬称略、五十音順です。

井上雄彦(スラムダンク) 伊武雅刀(スネークマンショー) 大貫妙子(シュガーベイブ) 葛西薫(サン・アド) 片岡千之助(歌舞伎役者) 加藤秀樹(事業仕分け) 川久保玲(コムデギャルソン) 桑原茂一(ピテカントロプス) 小林克也(きんしゃいきんしゃいハワイへきんしゃい) 佐藤雅彦(だんご3兄弟) 立川直樹(ザ・ライナーノーツ) 中村勇吾(INFOBAR) 西田善太(CasaBRUTUS) 馬場康夫(ホイチョイ・プロダクション) 三宅純(ジャズメン) 宮田まゆみ(雅楽) 森永博志(POPEYE) 和多利恵津子(ワタリウム美術館)

どうですかこのため息がでそうなラインナップ。令和がどうした、平成がなんだ、昭和がころんだ、そんな馬鹿げた世代論などピシャリと黙らせる顔ぶれが、一様に「私と杉山恒太郎」について語っています。しびれる。

元広告批評の編集長だった河尻亨一さんの手による杉山恒太郎さんご自身の回顧録と、この絢爛たるメンツのコメントが交互に展開する豪華な一冊。この本をわたしたちはたった1500円で手に入れることができる。まったく世知辛いことが多い中、数少ない「いい時代になったな」感ひとしお。

装丁も惹くほどイケてる

実はぼくはこの本を2冊買っています。1冊目に買ったのは、あまりにも原野守弘さんのまえがきに共感したのと、その装丁のセンスの良さに感動し、ぼくのマナカナの…じゃなくて愛弟子のえりちゃんに思わずプレゼントしてしまったんです。

なぜなら、広告クリエイティブの仕事は、教える・教えられるというよりは、仕事の現場の空気、そこでやりとりされる個性的な才能同士の会話の中から、言語化できない何かをつかみ取っていくことが何よりの学びになるからだ。(原野守弘「ひとつの時代の交友記~まえがきにかえて~)

これこそ、ぼくがクリエイティブの現場でおもっていたことであり、言語化できなかったことでもあり、ゆえにビジネスサイドと対立を余儀なくされつづけてきたことです。

キャッチコピーの言葉の入れ替えだとか、ボディコピーの書き出しの一句とか、そういうこともテクニック上は大事な教えなんだけれども、実に本当に大切な「教え」ってのはこういうことなんだよえりちゃん、と伝えたくて、あげちゃいました。

もうひとつ、つい人に見せたくなったりあげたくなったりする理由。それが装丁です。これはおそらく菅付さんのワザなんだと思いますが、独特の価値を感じるブックデザイン。ちいさくて、厚くて、読みやすい。

写真が下手なので伝わりにくいかもしれませんが、ちょっと見てみて。

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こんなに違う。比較対象が良くないかもなのでもう1冊。

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ううむ、伝わるだろうか。ま、感じてください。それぐらいカッチョいい。

調べてみると、装丁は平林奈緒美さん。クロス掛けハードカバーで文庫本サイズって持ってるだけで気分、あがりますよ!

プロよりアマのほうが尊い?

さて、本編からぼくが「我が意を得たり」とはたひざを打ったメッセージがふたつあるので紹介します。目からうろこがおちました。

そのひとつが「アマチュアリズムの尊さ」。ホイチョイの馬場さんが、ある時、杉山さんに「馬場くんって、アマチュアだよね」って言われました。馬場さんは正直ちょっとムッとして「僕のつくるものってやっぱりシロウトレベルなんですかね」と返したら、杉山さん曰く「アマチュアよりプロが上位という概念は日本だけだ」と。

「第五代IOC会長のアベリー・ブランデージが言ったみたいに、アマチュアリズムっていうのは、金のために仕事をしない、ってことなんだ。好きにやる。納得できるまでやる。アマチュアのほうがものを作る上ではすごいと思わないか?」そう言われました。それは、まさに自分がやろうとしていたこと。以来、仕事する上で「生涯、いちアマチュア」の精神を貫き通しています。(馬場康夫「杉山恒太郎と私」)

この点においては杉山さんご本人も語っています。

植田さんもそうですけど、ラルティーグは生涯アマチュアを貫いた人。だいぶ経ってからの話だけれど、あるイギリス人のクラス(貴族)から聞いたのは、「アマチュアリズムというのはプロになれない人のことをいうのではなく、プロになりたくない人のことをいうんだよ」と。つまりクラスからすればプロなんて卑しいものなんですよね。

ぼくはこの一節を読んだとき、あ、そうなんだ、それでいいんだ、と心が強くなった気がしました。というのも前の会社を辞めてからというもの、いろんな現場に首をつっこむようになっているんですね。ひとつの依頼がふくらんで、やったこともない領域へ仕事が及ぶこともしょっちゅうあります。

そんなときいちいち「それはやったことがないんで…」とか言ってたら仕事になりません。いかにもそんなのカンタンだぜって顔して引き受けて、あとで必死にやる。自分に経験がないからこそ、判断軸が自分になる。結果、自分が心から納得いくレベルまでやりつづける。

でも、このスパイラルのことを言葉で定義したことはありませんでした。もしかしたら褒められたことじゃないかも、という思いもあったから。しかしこの馬場さんの杉山さんとのエピソードに触れて、ああ、これはこれでアリなんだ、と思えるようになったのです。

35歳過ぎたら一回成仏しろ

もうひとつ、目からうろこなフレーズが「広告嫌いの広告好き」です。これは杉山さんの振り返り語りパート2のタイトルでもあるのですが、要は、ひとつのことにどっぷりハマりすぎない、という杉山さんのスタンス。

そういうとあたかも軽薄な印象を覚えてしまうかもしれないのですが、そうではありません。自分のことばかり見続けないことが、実は成功への近道なんだよと言っているのです。

ほら、いるじゃないですか。広告の世界に入ったばっかりなのに妙に広告慣れというか、ギョーカイ用語とか符丁を連発する人って。あれって結局、広告の世界にどっぷりつかっている自分に酔っているようなもんですよね。

杉山さんは広告賞でカンヌに行って、そのことを骨身にしみるレベルで思い知ることになります。つまるところ、日本人の幼児性ですね。世界ではスクールボーイではいられない。なにが広告だ、なにがコピーだ。日本では当たり前だった狭い枠組みで考えることに嫌気が差したんだとおもいます。

それが「広告嫌いの広告好き」という自分のことをあらわす言葉になったのですね。枠とか言葉に縛られるのではなく、もっと自由に考えること。それには大人でなければならない。

杉山さんはその辺のことをうまく整理して、言語化してくださっています。「35歳過ぎたら一回成仏しろ」なんて言葉、本当に身にしみます。

とにかくいろんな角度から学びが得られる本書、本当におすすめです。本物のクリエイターが数字を学べば最高の経営者になれる。それを体現なさった杉山恒太郎さん。子供の頃のヒーローが大人になってもヒーローであり続ける稀有な存在だと思います。

(おしまい)

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