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モテナスヲイトワズの街
緊急事態宣言があけてしばらくした11月の半ば。2年前に依頼されていた仕事をようやく動かすために、宮崎に向かった。
羽田から飛行機で約2時間。仕事での国内出張は過去にいやというほど経験してきたが、宮崎には足を踏み入れたことがなかった。
依頼主は渋谷のベンチャー企業。主にネット広告を扱っている会社だが、事業が好調なこともあり3年前、宮崎に拠点を出した。
なぜ宮崎に?と社長に問うと、海の近くを散策していたら向こうからやってくる小学生たちが全員気持ちのいい挨拶をしてきたからだ、という。彼らしい理由だと思った。
宮崎ブーゲンビリア空港に到着すると、そこは南国そのものだった。
気温は22度とのことだが、体感はそれよりもっと高い。日差しが南国なので自然と汗ばむ。
そのままタクシーで市街地に向かう。空港から街までの景色は地方都市独特のグラデーション。盛り土やフォークが徐々にトタン屋根の小屋に変わり、気づけばパラパラと戸建て住宅が現れる。いくつかの交差点を曲がり、バイパスに乗っかると突然、眼前にビルの群れが広がる。
オフィスは社長曰く「宮崎の表参道」の角にあった。仕事に取り掛かる前に腹ごしらえを、と大通りの裏手を散策する。
チキン南蛮のオグラ。名店らしく、ランチ時は行列ができていた。
あまのじゃくな僕はあえて名物をはずして、なんでもない感じのラーメン屋の暖簾をくぐる。
チャーシューメンを注文。豚骨なのにあっさり、やさしい味わい。ちょっといままで食べたことのない旨さだ。
このラーメンもさることながら、お店を一人で切り盛りする店主の爺さんの人あたりが異様にやわらかい。注文をとってくれるとき、お水を足してくれるとき、ラーメンを渡してくれるとき。かならず笑顔とやわらかなひと言が添えられるのだ。
タクシーの運転手さんもそうだ。
初日の仕事を終えた夜。社長とふたりで宮崎地鶏の旨い店にタクシーで向かった。社長は店名を告げず、その店のそばにある目印を運転手さんに伝えた。てっきり再訪か、あるいは常連なのかなと思った。
ところが目的地に到着してお金を払い、車を降りると周囲はまっくら。
このあたりなんだけどな…とスマホを眺める社長。どうやら初訪問らしい。そんなやりとりを車の中から見ていた運転手さん。
「お店?お店探してるの?」
「はい」
「なんてお店?三四郎?」
「あっ、はい、そうです」
「逆方向だけど近いから乗って」
「ありがとうございます」
ふたたび僕らを乗せて店の前まで送ってくれた。料金はいらないという。この店によくお客さんを送るんだよ。ちょっとわかりにくいよね。楽しんできてね。
そしてこの『三四郎』という宮崎地鶏の店が、また絶品であった。まさに味よし人よし雰囲気よし、の三拍子が高いレベルで揃っている。地鶏は刺身から焼き、揚げ、すべて旨い。これまで東京で食べてきた宮崎地鶏とはいったい何だったんだ、と思うくらい。
あわせてお店のスタッフのみなさんのホスピタリティといったら。ふつうに丁寧な接客があるとしたら、そこに上乗せしたやわらかなクッション言葉や笑顔がついてくる。
ぜんぜん待ってないのに心からおまたせしてしまった!という気持ちがひしひしと伝わる接し方をしてくれる。
これが南国、宮崎のもてなしなのか。
翌朝、オフィスに出向く約束の2時間前に、まだ人通りの少ない街中を散策する。
そういえば、ずっと神経がさわって痛みを感じていた奥歯が昨夜からさらに疼いていた。気圧の変化か、移動の疲れか。いずれにしてもこのあとの仕事にさわるといけないと思っていると薬局が。
まだ朝の8時だ。店主のおじいさんが掃除をしている軒先に顔を出して「やってますか?」と聞くと「どうぞどうぞ」と独特のイントネーションで迎え入れてくれる。
ロキソニンはありますか、と聞くと頼んでもいないのに4種類を並べて、それぞれの特色を説明してくれる。あとこれはいちばんのおすすめだけど、といいながら医者が出すジェネリックの薬を出してきた。
じゃあ、そのジェネリックで、というと満面の笑みを浮かべて処方箋で出す薬ですんで一応この説明書を付けますけど、ふつうのロキソニンと同じですから心配しないでくださいね、とフォロー。心くばりがあたたかい。
いったい、この土地はどこまでもてなしの心で出来ているんだ。
僕はちょっといじわるをしたくなった。南国宮崎といえども、さすがにチェーン店はマニュアルに沿った接客をするはず。そこで大通りに面したコメダ珈琲に入った。
しかしよく考えたらコメダ珈琲はふだんからホスピタリティが高い店だった。そこに南国特有のイントネーションがのっかり、僕は5回目のノックアウトを喰らってしまった。
■ ■ ■ ■
仕事は、依頼主企業の宮崎オフィスで働く若手社員の話を聞くというもの。前日に引き続き二日目も飾り気がなくたいそう気分のいい若者たちの過去、現在、そして未来について傾聴した。
それぞれが無意識に、衒うことなく、時折びっくりするようなフレーズを口にする彼ら。僕はそれを逃さずキャッチする。「将来はこうなりたい」「こんなことができたらいいな」もう明るい未来しか見えていない。
夕方、全員の話を聞き終え、見送られながらオフィスをあとにした。
空港について、小一時間。昼飯を食べていないことに気づいてレストランに入る。宮崎まできてこれ?と思われるかもしれないが、大好物の鉄板ナポリタンを注文。セットドリンクでアイスティも頼んだ。
すると後ろのテーブルで紳士たちが「乾杯!」と言いながらジョッキのぶつかる心地よい鈍音を響かせるじゃないか。
(しまった)
僕は店員さんを呼んで、生ビールを追加注文した。
搭乗手続きの時間が近づいたので席を立つと、ウエイトレスさんに謝られた。ビールをご注文なさったのにアイスティを先に出してしまって、気が利かなくてすみません、という。
まったく、最後の最後まで客をもてなすことをまるで厭わない人たち。
いったいそれが何に起因しているものなのか。宮崎の人たちはみんな言う。人がいいからね。おっとりしているから。みんなのんびりだよね。
しかし僕がほんの二日間で体験したホスピタリティの高さは、単なる県民性の問題ではないような気がする。
この謎を解明するために、再訪せねばならない。宮崎へ。
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