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【広告本読書録:052】そこは表現の学校のような場所でした。

伊藤総研 編 月刊ブレーン10月号別冊

サン・アドの広告表現とは何か?の答えをサン・アドの人々と見つけ出すという試みとその記録。というサブタイトルがこの本のすべてをあらわしています。

■ ■ ■

以前もここで書いたような気がしますが、日本のクリエイティブプロダクションと言われてパッと頭に浮かぶのは2社。ひとつはライトパブリシティ。そしてもうひとつがサン・アドです。

もちろん近年『タグボート』を筆頭に『風とロック』『シンガタ(なくなりましたが)』『GO』『CHOCOLATE』など、規模ではなく質を追求するクリエイティブブティックが増えてきています。

さるギョーカイ関係者に聞いたところでは、ここ数年前より電通や博報堂といった大手代理店からどんどんクリエイターが独立。それぞれ個性的なユニットやチームを立ち上げるのがムーブメントになっていたそうです。

でも、やっぱり「日本の」という冠には前述のライト、そしてサン・アドがいまだしっくりくる。ぼくだけかもしれませんが。

今回は、そんな、いまだ輝きを失っていないサン・アドの本。ブレーンの別冊としてサン・アド50周年を記念して伊藤総研さんが編集した一冊です。

この本、ぼくの知るところによるサン・アド本としては2冊めになります。1冊目は2002年に出された『SUN-AD at work』。このときが38年目だったんですよね。そして今回は50周年なので12年ぶりの刊行になります。なんなんでしょうこの時の流れの速さ。ぼくの中では前著もこの本もほとんど同時代のものとおもっていたのに…記憶が圧縮されているのを感じます。

「アド」から「ブランディング」へ

サン・アドといえば開高健さんの手による創立の言葉が有名ですが、2009年にホームページリニューアルを行った際に、安藤隆さんが新たなステートメント文を掲げています。一部を引用します。

(前略)私たちのもっとも得意とするところは、広告主との直接的な信頼関係を通じた息の長い仕事です。ロングセラー商品を生み出し、企業の存在を高め、維持するブランディングの仕事!このような私たちのすべての活動の核心にあるのは、クリエイティブの力を信じる、という価値観です。心を動かす良いクリエイティブだけが、時代を動かし、消費者と企業の未来とつながってゆける。それは創業以来サン・アドが、集う人は変わっても、変わらず胸の奥に小さな火のように抱いてきた考えです。(後略)

もともとサントリーのハウスエージェンシーとしてスタートしたサン・アドですが、広告という枠を飛び出して『ブランディング』を創造する会社として再定義されています。このピボットは特に目新しいものではありませんが、しかし同社にふさわしいものだと納得させられます。

そうか…ブランディングか。サン・アドが手掛けるブランディング。そもそも葛西薫さんの仕事なんかは長い時間をかけてイメージが蓄積されていくブランディングそのものだったよな、とおもったりして。

この本はサン・アドの広告表現とは何か?を現役クリエイターたちが語り合い、伝えていくもの。同時にそれは、ブランディングを構成する要素ひとつひとつを紐解いていく作業といえそうです。

伊藤総研さんの面目躍如

本文はテーマごとにクリエイターが対談する形で進みます。デザイン、コピー、写真、文字、色、現場、演出…とここらへんまでは常識の範囲ですが、物語、質感、エロスなんていうテーマがあるあたり、さすがサン・アド。

対談の組み合わせもなかなか味わい深い。ちゃんとサン・アドのクリエイターとサン・アドではないクリエイターをぶつけています。細谷巖×高井薫とか岩崎亜矢×一倉宏とか。あるいはサン・アド同士だけの対談でもコピーライター×アートディレクター×デザイナーとそれぞれ立場が違うメンツで構成しているので、とにかく一つのテーマに対して複数の切り口が生まれます。

一見すると話が分散というか拡散していくので、着地までの時間はかかるし手間もかかる手法だとおもいます。ゴールまでの最短を走らせるなら共感や同調のみで構成するほうが論旨にブレがなくなりますから。でも、あえてやっているような気がします。

そして、その効果は憎いぐらいあらわれているとも思える。単なる表現手法の解説ではなく、サン・アドの哲学のようなものがじわっと伝わってくるんです。これが編集責任者である伊藤総研さんの面目躍如といえるのかもしれません。面目躍如の使い方、あってますかね?

広告写真VS芸術写真

なかでも特に面白かったのが葛西薫さんと写真家ホンマタカシさんの対談。テーマは「写真」なのですが、葛西さんは広告写真、ホンマさんは芸術写真の人。当然、立場も価値観もやっていることも異なるわけです。

そのことを強く意識していたのは、ホンマさんのほうでした。

写真って、みんな一口に“写真”って言うじゃないですか。でも、どの“写真”を想定しているのかという部分に第一の問題があると思っています。(中略)ですから、“写真”と一言で言っても、いろいろあるんだということは最初にみなさんにわかっていただきたいと思っています。例えば、音楽でいうと、ロックとクラシックをやっぱり同時に語れないと思うんですね。今日は葛西さんが選んだ広告写真について、でいいんですよね?

もう初手から構えていらっしゃいます。その後、葛西さんの幼少期に撮影した写真を共有しつつ、ホンマさんは写真についての持論を展開。写真は勝手に自生するもので、撮影時の撮影者の心情や見えているものなど一切関係なく、写真が持っている力がどんどん独り歩きしていくもの。そしてそれこそが写真の一番の魅力であると語ります。

ぼくは写真にはめっぽう疎いのですが、このホンマさんのお話はとてもおもしろいとおもいました。まるで狙いは無意味である、ということをおっしゃっているようで。おそらくそれは半分あってるけど半分間違っている解釈でしょうけど。

明らかなミスキャスト

ところが徐々に広告写真に話が及んでいきます。ホンマさんはご自身の作品に関しても、嬉しいのは10年、20年経っても古くなっていないと思えることだといいます。一方で広告写真はその場で一番の力を出さなきゃいけないから、10年後、20年後経って見た時に果たして残るのだろうか、と疑問を呈します。

しかし葛西さんはそのまま、葛西さんにとって印象深い広告写真について撮影秘話や数々のエピソードをお話されます。そこに対してホンマさんはさっき話していた写真とこのパートででてくる写真はわけて話しをしないといけない、とやんわり線引き。

藤井さんのグラスの写真は僕ももちろん知っていますし、素晴らしい広告だと思うんですね。本当に素晴らしいと思うけど、例えば、この写真だけ取り出して何か言い出すと、ちょっと話が変わってきちゃいますよね。

そして「葛西さんの美しいお話に口を挟むのが難しいですね」として…

だから、一番最初に写真というものを分けて話したほうがいいって言ってたのは、なんとなく順を追って作品解説していくうちに、最初のアノニマスな写真から広告写真までなんとなくグラデーションでズレてきてしまって、全く同じもののように感じる魔法にかかってしまうんです。僕はやっぱり全然違うものだと思ってるんですよね。

葛西さんはそれに対して広告のいいところと嫌いなところがある、真面目に考えながら写真家と一緒に表現を探してきた、でも演出と本当の間のことをホンマさんのストレートな感覚でおっしゃっているんだろうなと感じる、と正直な胸のうちを吐露されます。すると…

すみません、だから僕は対談相手としてミスキャストだって最初から言ったんですよね。

とピシャリ。結局、対談はホンマさんによるアートディレクター讃歌で終わるのですが、後日談として葛西さんは「不用意だったなあ」と対話の最中、ずっと思っていたと書かれています。ミスキャスト…もしかしたら編集サイドからのゴリ押しがあったのかもしれません。

なにも足さない、なにも引かない

だけど、ぼくはそれもひっくるめて、良かったんじゃないかとおもいます。対談というのは決まったゴールに向けてまっすぐ進むことが必ずしも是じゃないとおもうし、予定調和の対談なんてそもそもおもしろくないし。

対談の「対」のところにグッとフォーカスがあたった、硬派なドキュメントを久しぶりに読んだ。そんな気持ちのいい読後感がありました。もちろん写真に対する考え方はホンマさんも葛西さんも間違っていません。どちらが正解というものじゃない。

だから、この対談は対談としての正しさを貫けているんじゃないか。そして伊藤総研さんはそのことを通じてサン・アドの広告表現の背骨のようなものを見せつけることに成功したのではないかとおもいました。

まさにこの対談こそ、サントリー山崎の名作コピー「なにも足さない、なにも引かない。」そのものではないか。そんなふうにおもったのです。

この他にも「文字」「色」「現場」あたりがふだんなかなかスポットライトが当たらないテーマに非常に貴重な話が満載ですので、広告だけでなく表現物そのものに興味がある方はぜひお手にとってみてください。

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本編とは関係ないけどぼくは数年前、あるベンチャーのクリエイティブ部門で表現の講義を数ヶ月にわたって行っていたことがあります。その会社は外苑前の駅から結構歩くのですが、道すがらになんとなく雰囲気のある建物があったんですね。そのビルに吸い込まれていく人たちも、なんかみんなちょっとセンスいい感じ。

いまにしておもえば、そこ、サン・アドだったんです。それがわかったときなんかこう、なんともいえない感慨深い想いがありましたね。それだけなんですけどね(笑)。

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