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【広告本読書録:009】すべての仕事はクリエイティブディレクションである。

古川裕也著 宣伝会議刊

パッと見ただけで、あ、きっとこの人とは相性がよくないだろうな、と感じる人っていませんか?ぼくはいます。定期的に届く宣伝会議からの受講案内にかなりの頻度で登場する、メガネに白シャツの人。いかにも神経質で、論理性が高く、感情の起伏が表にでないタイプ。いわゆる目が笑ってない。言葉数が極端に少ない。何にも言ってないのに圧がハンパない。そう、その人の名は電通エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター古川裕也さん!お会いしたことないけど。

いや、めっちゃ失礼なことを言っているのは百も承知であります。だいいち会ったこともない人の性格を、見た目からの先入観だけで決めつけるなんていまどき小学生でもしません。ほんと、申し訳ございません。

そんな古川さんへの先入観を瞬時にして変えてくれたのが、ご自身の手による著書『すべての仕事はクリエイティブディレクションである』でした。

ぼくは勝手にこの本を「これは危険な書籍だ…危険な香りがする」と意味もなく決めつけて避けていました。しかし不思議なことに、そう思えば思うほど意識してしまうんですね。二回目に見たとき、思わず手が出そうになり、三回目には立ち読みしてしまい、でもまだ買わないんです。

そんなツンデレ期を経てようやくレジへ…の頃には既に第三刷。満を持して購入した一冊でした。そうして、ビクビクしながらページをめくってみると、これがあなた、沁みる、滲みる、凍みる。ひとことひとことがビックリするぐらい入ってくるではありませんか。

しかも、想像してたのと違って、偉そうな感じが一切ない。いやこの時点でさらに失礼です。本当にごめんなさい。でもぼくの中では勝手に“逆バイアス”(※注)がかかっていたこともあって、一気に好感度があがってしまったのです。

※注…「逆バイアス」とは以前悪かったものが普通になっただけなのに過去のイメージに牽引されて実体よりも上振れして良く見えること。わかりやすい例が元ヤンの教師。普通のことをやっているだけなのに昔悪かっただけでなぜか過剰に高く評価されるというアレですよ。

まさにクリエイティブ職はもちろん、それ以外の仕事にもあてはまる【課題抽出→ミッション化→コアアイデアの設定→エグゼキューション】という方程式。その頃、ぼくは若手コピーライターの方々を対象に「考え方」の勉強会をしていたのですが、見事に古川さんの方程式が当てはまった。ものを考えるプロセスがここまで整理され、明文化され、提示されている書籍をぼくはこれまで見たことがありませんでした。

その他にも名言、金言の数々。ちょっと引用しますね。

課題とは、実は状況である。漠たる不満という状況である。

“ミッションに張る”のだ。

ゴールイメージの設定とは、ターゲットとの接触面を設計することである。

すでに述べたとおり、広告の仕事は「目的芸術」である。

そう。クリエイティビティは、筋トレなのである。

ほかにもまだまだ、ここでは紹介しきれません。挙げていけばキリがないぐらい…引用だけで一本書けちゃう。

さらに実際の広告のケーススタディも興味深いものばかり。ボルボの事例、P&Gのオリンピックの事例、Googleの求人広告の事例。いずれも鳥肌モノのソリューションだし、国内でいえば古川さんご自身が直接陣頭指揮をとられたJR九州の祝!九州新幹線前線開業のエピソードは、仕事の依頼から突然のオンエア中止とその舞台裏での出来事まで一気に読ませるまさにドラマだ。ちょっと泣いたし。

クリエイティブディレクションと銘打たれているだけに、これを読んだからってコピーが上手くなるわけではありません。でもその代わり、コピーを考えるスキルは確実に磨かれる。文章表現の前にやるべきことがいかにたくさんあるか。もっといえば、広告(的なもの)にはやはり、アイデアがないとダメなんだ、とあらためて確認できました。書く前に考えろ、です。

その時点でぼくの中で古川さんは勝手に師と仰ぐべき存在になりました(もちろん古川さんから言わせれば何いってんだコイツでしょうが)。課題抽出、ミッション設定、コアアイデア、エグゼキューション。このシンプルなプロセスは、採用にも、事業にも、販促にも、組織活性化にも、なんなら夫婦生活にも活かされるのです。

ぼくは、この本を読み終えたとき、ふたつのことをおもいました。ひとつは一番最初の代理店を辞めるときにカメラマンの方に紹介していただいた、プランニング会社のこと。右も左もわかっていないワカゾーのぼくは、ある寒い夜、銀座の事務所を訪ねます。そこにはクリエイティブ・ディレクターの肩書の人が3人、プランナーという肩書の人が1人いて、ビール片手に広告談義を繰り広げていました。

もちろん知識も経験もないぼくは、その人たちの会話についていけるわけもなく、ただひたすら笑顔で相槌を打つばかり。まるで異国に放り込まれた日本人です。にもかかわらず、なんだか気に入っていただけて「君、本気でやる気があるなら、プランナーの席は埋まってるけど、クリエイティブ・ディレクターを目指してみない?ウチなら一流のケツには付けるぞ」

おそらく、どれだけ俯瞰してみても、そのお誘いにはのっておくべきなんです。チャンスの神様というものがあれば、その尻尾を「どうぞ」と置いてくれたようなもんです。でも、ぼくはそれを断ってしまうのですね。人生も50年を超えるとそろそろ振り返りができるようになるのですが、間違いなくみすみすチャンスを逃すのがぼくの欠点です。大きな案件になるとビビる、というか。後悔先に立たず、ですね。

そしてもうひとつ。ああ、これを居酒屋の店長時代に読んでいたら、きっとコピーライターの世界に戻ってこなかったかもしれないな、と。実業の世界で古川さんの教えを実践したら、いったいどんなことになっていたのか。想像するだけでワクワクしてきます。

そういう意味では、読んだのがいまで良かったのか、悪かったのか。もっと若いころに読むことができたら、確実に違う人生を歩んでいたことでしょう。ときどき書店などで「人生を変えた本」というPOPを見るのですが、そういうことって本当にあるんですね。そして逆にいうと本で変わる人生ってどうなの、ともおもったりして。齢50、まだまだ不惑の境地にたどり着けておりません(本当は天命を知るはずなんですけどね)。

おしまい。

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