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経済を底のほうから動かす仕事

求人広告をつくっていると、お客さまから学ぶことは本当に多いです。今回はそういう話です。

首都圏で3店舗ほど出店していた居酒屋さんから求人の依頼を受けたぼくは、営業と連れ立って取材にでかけます。先方の社長はまだ25歳と若い実業家だったのですが、ぼくが居酒屋店長経験者ということを知って、安心して任せてくれることになりました。

ところが、蓋をあけてみると、応募ゼロ。3日経っても1週間過ぎても、応募が来ません。まあ、求人広告は水物ですから、ないことはない。とはいえ、客先で信頼まで獲得しておいてこの成果はありえません。さっそく営業とふたりで出向き、修正の提案をします。

社長からは期待はずれだったにも関わらず、丁寧に対応していただき、本当に恐縮しながらその会社をあとにしたものです。

しかし、修正を加えても応募数にはつながりません。その後は営業がひとりで何度も足を運びました。最初は仕方ないよね、といったトーンでしたが、徐々に怒りのスイッチが入り、とうとう最後には「次で効果出なかったらお前が働けよ」という脅しの言葉をいただくまでに。飲食系の求人広告あるあるです。

さすがのぼくもちょっとこれはまずい、とおもい、もう一度、営業とふたりで目を皿のようにして原稿を見直しました。すると「もしかして、ここ?この表記がひっかかってるんじゃないのか?」という、非常に細かいことですが、大事なところに気がついた。

そこで、その部分を差し替えて翌日から掲載します。結果は、見事にビンゴ。まったく動かなかった応募数が、じわじわとカウントしはじめます。よかった~、とほっと胸をなでおろしました。あとは、いい人が来てくれていることを祈るばかり。

■ ■ ■

すると、実はすごい人が応募してきていました。もちろんその頃は知る由もなかったんですが…早稲田を出て大手商社で食品輸入に関わっていた28歳のエリートサラリーマンが面接にやってきたんだそうです。

その方はもともとお店をやりたかったのですが、修業の意味で商社に入り、食品メーカー等とのパイプをつくったり輸入食材の仕組みを勉強したんだそう。で、当初から目標にしていた5年が過ぎたので、いざ飲食の道へ、と決意を新たにしたんだそうです。

ただしいきなり独立するのは難しいだろうということで、最低3年は務めるつもりで応募してきたとのこと。社長は自分より3つほど年上の応募者に、最大限の敬意を払って面接をはじめました。

しかし、応募者は面接がはじまって3分ほどで「すみません、やっぱり辞退します」と席を立とうとします。

そこでキレたのが、社長です。

「ちょっと待てよ、お前、帰るのはいいけどその前にウチの店一回見てけ」と腕を掴んで開店前の朝礼がはじまるお店につれていきました。結構、そのやりとりは強引で緊張感のあるものだったそうです。

おそらくこの応募者は会社の規模の小ささ、社長が自分より若いこと、店舗数などから辞退を申し出たんだとおもうんです。で、それを察した社長は、現場に自信があったのでその目に焼き付けてやろうとしたんですね。

結果、応募者は「自分が間違っていました」とアタマを下げ選考に進んだ、というかその場で内定をもらい、なんとその日働いていったんだそうです。そして半年後、その居酒屋は新店をオープンします。店長を任されることになったのは、そう、その彼でした。

ぼくと営業はレセプションパーティに呼ばれました。

■ ■ ■

駅から歩いて10分ほど。そんなに好立地というわけではありません。ぼくらが着くともうお店は賑わっていました。レセプションパーティと称してオペレーションのチェックやスタッフのトレーニングなども兼ねているので、なんとなく落ち着きのない空間になっていました。

カウンターに座ってビールで乾杯すると、店の奥から社長がやってきました。「よく来てくれたね!いやー本当に今回はありがとう!途中、キツイことも言ったけど、ごめんね」120%の笑顔です。ごきげんです。

そして「おーい、店長!」とぼくらの作った求人広告で入社してくれた商社出身の彼を呼んでくれたのです。店長は深々とアタマを下げ、本当に良い縁をありがとうございます、と握手までしてくれました。

ぼくは年甲斐もなく目頭が熱くなり、いえこちらこそご入社いただきありがとうございました、と立ち位置がよくわからないところから謎に感謝の言葉を述べたものです。

そのあと営業は先に帰り、ひとりでカウンターで飲んでいると社長がやってきて隣に座ります。ぼくは今日のお礼をあらためて述べて、こういうことがないと求人広告のクリエイターなんてやってられない、というような愚痴をつい口にしてしまいました。

派手さはないし、予算は小さいし、みんな求人広告を足がかりにステップアップしていくし…将来性だってあるのかないのかわからない…自分だっていつまで続けていくことやら…

その話を聞いていた社長の眼が、鋭くなってきました。酔っていたのかもしれません。そして低く迫力のある声で「よくわかってねえな…」と語りはじめました。

いいか、求人広告ってのはな、すごいんだぞ。お前、なんにもわかってないな。お前がつくった広告のおかげでウチはあいつを採用できた。そのおかげでここの店ができたんだ。お前、駅からここまでの通り、見てきたか?不便だろ?遠いだろ?だからいいんだよ。

この店ができたことでな、まずビールメーカーが潤う。日本酒の会社、焼酎の会社も潤う。肉屋、魚屋、八百屋が潤う。厨房機器の会社にとっちゃ俺たちはお得意だ。このカウンターやらテーブルやら作ってる会社だって儲かる。水道ガス電気、その辺が儲かるのかどうかしらんが、とにかく金は払ってる。そしてクソ高い税金も払ってる。

それだけじゃないぞ。ここまで来る間の街を見たか。飲み屋がチラホラだ。みんなシケてんだろ。でもな、俺はこの店を繁盛店にする。あ、いや俺じゃない、お前が作った求人広告で来てくれたアイツだ、アイツがこの店をこの街でいちばんの店にしてくれる。そうしたらな、ウチの店に入りきらないぐらい客が来るよ。

ウチに入れなかったお客さんはどうなるか。この街の他の店に行ってくれるだろうさ。シケた店もシケてる場合じゃなくなるぞ。な、お前、この街全体が賑わうんだよ。わかってんのか、おい!求人広告ってのは日本の経済を底のほうでしっかり支えてんだ。覚えとけ、このバカ野郎。

カウンターで小さくなっているバカ野郎は、黙って社長の話にうなづくことしかできませんでした。ちょっと泣きました。嘘です。だいぶ泣きました。

お客様からはたくさんのことを学ばせていただきました。これは全ての仕事に共通していえることかもしれません。でも求人広告は比較的経営者の方と接点を持ちやすいので、こうした機会に恵まれているのもまた事実。

「求人広告のコピーライターってのは、一生を賭するに値する仕事じゃなくなっちゃったんでしょうかね、ハヤカワちゃん」

そんなふうに当時、上司だった元コピーライターがよくおっしゃってましたが、ぼくはいつも「いえ、そんなことはありませんよ」と答えていました。それは、日々こんな経験をしこたましていたからだったんですね。

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