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TBSのお弁当

わけあって18歳から19歳の終わり頃までテレビ番組制作に関するアルバイトをやっていました。局の下請けである制作会社から雑務を拾い集めて請け負う学生サークル団体がありまして、そこに入れてもらえないのですが必要に応じて招集かけられる存在。本職でいうところの半ゲソつけられてるような身分ですね。

そんな準構成員なぼくですが比較的まじめに働くので次第にメンバーのみなさんにも顔や名前を覚えてもらえるようになります。いくら裏方とはいえ、やはり当時のテレビ局というのは華やかです。田舎からノコノコやってきて右も左もわからない、ケミカルウォッシュのGジャンなどを着用するポテトボーイにとっては見るもの聞くもの刺激的。

なかでもTBSのあるバラエティ番組のハガキ整理のお仕事は、視聴者から送られてくる番組リクエストを区分けして集計するだけ、というライトなジョブの割にバイト代も非常によろしく、なおかつ収録現場と違って鬼の形相でADやDからケルナグル的な行為をされることもないことから、女子にも人気でありました。

つまり、あちこちの有名大学に通う女子大生が数多く集う『女の園』だったのです。ケミカルウォッシュGジャン着用のポテトボーイズNo1にとってこの環境はヤバい。名古屋市瑞穂区浮島町在住の頃にはブラウン管の向こうにしか存在しなかった、男女7人夏物語的な世界が展開しているわけです。ぼくですか?定九郎役に決まってるじゃないですか。

■ ■ ■

もちろん定九郎ですからかなわぬ恋をするわけです。当時、某私立大学を首席で卒業予定、という才女に惚れてしまうんです。ヨーコさんといいます。ここまでいろんな具体名をぼかしてきたにも関わらず、まあ本名なんですけどそこは時効ということで。

ヨーコさんはエキゾチックな顔立ちのクールビューティ。ジョディ・ワトリーと斎藤飛鳥が合体した、というと賢明な読者のみなさんならイメージできるでしょうか。

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ジョディ・ワトリーさんですね。

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こちらは斎藤飛鳥さんです。

とにかくぼくがそれまでの人生でみたことのないタイプの女性です。ヨーコさんとぼくはなぜか、ハガキ整理のバイトのシフトがよく被りました。

毎回5~6人で作業するのですが、ぼくはいつもヨーコさんの隣に座ってヨーコさんがダルそうに仕分けしているハガキを横から奪い「ぼ、ぼくやります!」と点数稼ぎします。するとヨーコさんは「あ、そ。ハヤカワクンいつもありがとね」と気だるそうに返してくれます。ぼくはその日の帰りの丸ノ内線で何度もそのセリフを反復します。変態ですね。

ふだんからぼくのことをダイオウグソクムシみたいな扱いをする局や制作会社のADも、ヨーコさんの前ではチェリーボーイのごたる、です。

なかでもいつも髪の毛がペタンとしている青白い顔の局AD(聞くところによるとものすごいお金持ちの息子で、まだ大学生なのにテレビ局のADとして君臨。あらゆる面で権力を行使しているという噂)はいつもヨーコさんをデートに誘うので耳のやり場に困ります。

「なあヨーコ、今夜いいだろ」
「なにがですか」
「またまたヨーコ、頼むよ」
「やめてください(ピシャリ)」
「ほらヨーコ、スーパージェッター」
「なにそれ、似顔絵?」
「お前の似顔絵も描いてやるよ」
「やめてよ」
「ジェッタージェッタースーパージェッター」
「バカじゃないの」

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ぼくはそんな大人のやりとりを横でじっと聞いているしかありませんでした。悶々としますがどうすることもできません。しばらくしてそのADが本読室を出ていくと「あのヒト、ああ見えてメンタル弱いのよねぇ」とつぶやくヨーコさん。いまから約35年前に「メンタル」というワードを使いこなすヨーコさん。最高にクールでした。

■ ■ ■

ある日のこと。TBSでは夕方5時以降で3時間を超える場合、お弁当をとっていいルールになっていました。その日は8時ぐらいまでかかりそうだったのでみんなで『KAKIEMON』という洋食の仕出し弁当を注文することに。ぼくはヨーコさんと同じくビーフシチュー弁当を頼みました。

ほどなくしてお弁当が届きます。するとどうしたことか、ビーフシチュー弁当がひとつ足りません。ぼくは当然のように「自分は大丈夫ですからヨーコさん、召し上がってください」と高倉健のように譲ります。するとヨーコさんは「いいわよ、そんな。悪いから一緒に食べよ」といって夢の弁当はんぶんこを提案してくれるじゃありませんか。

ぼくは「あわわわわ」といいながら制作会社の詰所に飛んでいき、ビンボーADたちが局の社員食堂からくすねてきたスプーンなどないかと探しはじめました。

しばらくしてようやくスプーンを見つけて本読室に戻ると、すでにビーフシチューは完食されてゴミ箱へ。どうやら髪の毛ペタンコ局ADがあらわれて、ヨーコさんのスプーンではんぶんこをいち早く達成したようです。

「ごめんねぇハヤカワクン」
「いえ」
「あいつ、勝手に横に来て食べはじめてさ」
「自分もともと大丈夫なんで、はい…」

あきらかにしょんぼりしているぼくを見てヨーコさんがいいました。

「ハヤカワくん」
「は、はい」
「あんた将来、ぜったい女で苦労するわよ」
「えっ?」
「フフフ」

若い頃のその手の言葉は呪詛といってもいいほどの力を持っていて、以来、ぼくは常に将来女で苦労する、とまるで自分の言い聞かせるかのような人生を歩んでまいりました。

■ ■ ■

え?実際のお前の人生はどうだったかって?そりゃあもちろん、ヨーコさんの言うことに間違いなんかないわけですよ、トホホ。

あれですね、20代のころは永遠に「いま」が続く感覚だったのに、気がつけば振り返ることになってますね。

未来のことはわからない。だからこそ思い出だけが人生なのですね。

ヨーコさん元気かなあ。

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