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【詩】冬の案山子


冬の案山子


茶碗蒸しも刺身も変な味がするようになってさ
ロシア文学の好きだったオレの半身が言う
気分転換に今度の日曜にあの山に登ってみようか
オレはすっかり白くなった頭をかきながら
部屋の窓から見える稜線を指差した

脊振のなだらかな稜線が冬の日に温められている

オレたちは冬の案山子だな

もちろん、長い付き合いのオレにもお前の裾野は見えない
だけど 見えているものはたくさんの見えないものをふくんでいる

登ってみようじゃないか
お前のどうしようもない無力感を
オレのちっちゃな希望が慰めるには
あの冬の日が必要なんだ
あの寒さの中の
温もりが


ロシア文学には本当にお世話になった。中学から大学まで。
トルストイにはなぜかいかなかったけれど、プーシキン・ツルゲーネフ・ドストエフスキー・チェーホフ。かれらはいつもそばにて、ぼくに人間世界を教えてくれた。だけど、当時はぼくにウクライナとロシアの区別はなかった。見えないものを見えないままに読んでいたわけだ。そこに暮らす人にとってはぼくの受けとっていた現実は空想に過ぎなかったんだろうと思う。

なるほどロシアは悪い。だが、それなりの個人的な思い入れのあった国である。どうあるべきかは分かるが、自分にどうもできる力がないのはさらによく分かる。ぼくの半身が無力感でふてくされる。それを初老のぼくがなだめすかす。「ワーニャ伯父さん」のアーストロフみたいに。


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