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「人間にとって 寿命とはなにか」  本川 達雄 著  角川新書

高齢化をはじめとして現代が直面している大きな社会問題につき、生物学の視点からきりこもうとする」、とても示唆深い本だ。(著者の専門は「ナマコの生物学」)

 最初は「ん?ナマコ?」と思って、少したじろいだが、時間をかけてゆっくり読んでいくと、「動物の“時間とエネルギーの関係”」について、わかりやすく書いてある本だ、ということが分かってきた。

 私の最大の関心事は、「高齢の私に、今、何ができるか」だ。
なので、著者には大変申し訳ないが、生物学の詳しい話については大分省略させていただく。(興味のある方は是非、本書をお読みになってください。)

 ナマコは「4億年前から存在している、あまり動かない動物」だ。
(マナマコの寿命は3~4年:現代人の時間に換算すれば1日程度)
生物多様性
「生物多様性が激減している原因は人間の活動」が原因
「生物はそれぞれが自分の住む環境に適応している」
「多様な生物が存在している理由の一つは、地球上には多様な環境があるから。」
生物は、続くために環境に適応している。
予測不能の環境変化に適応するために、「今の自分とはちょっとだけ違うさまざまな子をつくっておこう、そうすれば、その中のどれかは新しい環境の中でも生きていけるだろう」とした。(有性生殖)「変異に富む種は均質な種に比べて絶滅しにくい。

 だから、自分が死んでも〈私〉はおしまいではない、と著者は説明する。
「生物は生態系の中で生きている。周りと関係を結んでいる。そして自分の住んでいる生態系がなくなったらその生物は生きていけない。環境は生物にとって運命共同体なのだ。それほど大切な環境というものは〈私〉の一部と考えてよいのではないか。」(生物多様性も環境問題も自分の問題)

「今の日本人:生物多様性や資源を、今の世代だけで消費し尽くして続かなくしている。逆に赤字国債や環境汚染物質という負の遺産を増やして次世代に渡すことも気にしていない。赤字国債は、高齢者の医療費や介護費が大きな部分を占めている。」
結果、「子の世代はその負担に耐えかねて、結婚する気にもなれず、子をつくる余裕もないという事態に陥っている。これでは〈私〉は続かない。」
「年金問題も核廃棄物の問題も世代を超えた問題。」
「生物多様性が高ければ生態系は安定して永続の前提条件が満たされる。次世代に 今ある生物多様性を残すとは、すなわち今の私たちが生きていけることが保証されている環境を次世代に残すことだ。これは永続する確率の一番高いやり方。」

私たちの感じる時間とは
「時間は体重の1/4乗に比例する」
「体重が10倍になると時間が約2倍長くなり、また体重が10倍になると時間が約2倍長くなるという関係」(呼吸周期も寿命という時間も。)
時間には多様性も共通性もある。
「息を1回吸って吐く間に心臓は4回打ち、これはゾウもネズミも私たちも変わらない。」
「そして心臓が15億回打つとみな死を迎える。
「生物は生きるためにエネルギーが必要」
食べる量(エネルギー)は、「体の消費するエネルギーに比例する。」
動物の時間とエネルギーの関係
どれだけエネルギーを使って生きているかとは、どれだけ活発に仕事をしているかということであり、これが時間に大きく関係してくる。」
「時間とエネルギー消費量とは互いに反比例の関係になる。」
「心臓が1回ドキッと打つ間に、2ジュールのエネルギーを、ゾウもネズミも私たちも使っている。」
「エネルギーというのは仕事量だから、結局、一生の間にする仕事量はゾウもネズミも同じ。」
「ゾウは70年かけて、ネズミは2~3年」かけてエネルギーを使いきるということ。
ネズミのように体を「速く動かせば速く壊れ」、ゾウのように「ゆっくり動かせば長持ちする。」
「エネルギーを使えば使うほど、時間が速く進んでいくのが動物の時間。」
生きるとは時間を作り出すこと

 私の今までの「時間」の捉え方は、「万物に共通で、同じ質の時間が同じ速度で真っ直ぐに進んでいく時間」だった。
 

 しかし、「生物の時間は、心拍の時間に代表されるように、繰り返し起こる現象の一回分の時間だ。」
生物の時間は、エネルギーを使えば使うほど速く進む。」ということだ。

 著者は、この「生物の時間」を社会生活の時間にもあてはめて考える。
産業革命によって、蒸気機関、汽車や蒸気船が生まれ、人間は「よりすばやく物が運べるようになった。」
そして、「蒸気機関は、動かすのに石炭というエネルギーを使う。だからこれはエネルギーを使って時間を速くする機械だとみなせるだろう。」
「車も飛行機も携帯電話もコンピュータ、これらは便利な機械であり、便利とはそれを使えば速くできてしまうもの(時間短縮装置)」
「現代社会は、時間はエネルギーを使えば使うほど速くなるという、動物で見られた関係が現代社会の時間においても成り立っている」

 著者は、現代社会の最大の特徴を「組織的にエネルギーを投入して社会の時間を速めている点」と捉えている。
「ビジネス(buzy+ness忙しいこと):エネルギーを注ぎ込んで時間を速める」「ビジネスとは時間を操作すること
「そして消費とは、お金を出して時間を買うこと。」
例えば、車とガソリンで時間が速くなり、お金を出して電気を買えば、夜でも仕事ができる、など。
 

 これまでの、「生物学的視点」から、いよいよ「高齢化をはじめとして現代が直面している大きな社会問題」に話題が及ぶ。
「近年、寿命が大幅にのび、それに応じて定年を延ばす企業が増えている。寿命がのびたのは医療・製薬という、かなりのエネルギーを使う技術のおかげだ。だから現代人はエネルギーを使って、死という最も不活発な時間を、活発なビジネスの時間に変えているのだともみなせるだろう。」
しかし、「時間そのものは何をしても変わらないと人々は思っている。ここが現代人の大いなる矛盾であり、自分が何を一所懸命にしているのかが見えてこないのだ。」
「そんなに速い社会の時間に、体が無理なくついていけるのだろうか?」
「社会の時間と体の時間との間の、大きなギャップ」
「速い時間に置き去りにされないようにと精一杯で、いくら豊富に物があっても、それを堪能する余裕など持てないのだ。速い時間に追いつけたとしても、それを続けることは疲れるし大きなストレスになる。追いつけなければ落ちこぼれだと落ち込んでしまう。これでは鬱が増えるのももっともだ。年間2万5千人もの自殺者が出ているのだ。」
「技術者はより便利にしよう、より速くしようと日夜努力している。しかし努力すればするほど、社会の時間と体の時間とのギャップはますます大きくなり、私たちはどんどん不幸になっていくというのが現実なのかもしれない。」

 私も、無意識のうちに、毎日の便利な生活を当たり前のように感じていた。その上、技術者をはじめとする働く人々が、スマホでも、パソコンでももっと便利に、もっと早くしている状況に感謝しつつも、自分が乗り遅れているんじゃないか、という焦りも感じていたのだ。

著者は、「時間も環境問題の一つ」だという。
「社会生活の時間というものは暮らしていく上での環境(時間環境)だとみなしている。
環境とは、適応可能なものでなければいけない。また、環境は安定していなければ、安心してその中で生きてはいけない。環境が変わったら、変わるごとに適応しなおさなければならないし、適応できなければ落ちこぼれになってしまう。」
「速いことは速いのだが、安心のできる世界ではない。」
時間環境が破壊されている。すべての環境問題の根底には、時間環境問題がある。
時間を今よりもゆっくりにして時間環境を体の時間によりあったものにすれば、おのずから資源不足の問題はなくなり、廃棄物も減り、温暖化も止まる。自殺も減るだろう。

 「老いの生き方―時間と遺伝子から解放された自由を生きよう
絶対時間の見方をすればわれわれは時間に対して何もできず、これは時間の奴隷状態である。それに対して動物の時間の見方をすれば、動物は時間に対してある程度の自由を持ち、時間の主人になれる。」

 自分自身を振り返ってみると、仕事と子育て、介護・・・とほとんど「時間の奴隷状態」だったのかもしれないと思った。
今、定年退職して、子どもも独立し、義母の介護をしつつも、非常勤のしごともできる。ありがたいことだなあ・・・と改めて感じる。
 

そして、老人の時間。
「ヒトの時間も年齢によって変わる
年をとればエネルギー消費量が下がり、同じ時計の時間内になす仕事量が減る。あまり仕事をしていないのにすぐに時間が経ってしまった、時間が速く過ぎたと感じるのではないか。
年をとれば時間が遅くなる、それはすなわち、仕事ができなくなる、落ちこぼれになることなんじゃないかと感じるかもしれない。でも、そう思う必要はない。ゾウにはゾウの生き方、ネズミにはネズミの生き方があるように、子どもには子どもの生き方、若者には若者の生き方、そして老人には老人の生き方があるはずだ。
「われわれヒトは40歳代で老いの兆候が出てくる。15億回心臓が打つと哺乳類は死ぬと述べたが、15億回心臓が打つと、ヒトの場合では41.5歳だ。
(生物としての寿命)」
ところが、「今や寿命が80歳を超した。戦後の70年で寿命が1.6倍にも長くなった。」
「医療、上下水道、食糧増産、冷暖房と冷蔵庫、すべて技術に支えられたもの。
ここまで寿命が延びたのは技術のたまもの。そして現代の技術は大量のエネルギーを使う。」
「結局、現代日本人は金を出してエネルギーを買い、そのエネルギーで寿命という時間を買っている。GDPと寿命の関係、金持ちの国ほど長生きできる。金持ちとは、お金でエネルギーがふんだんに買えるということ。」
「われわれ現代人はエネルギーを使って時間を買い取っている。」

老いの時間の質を問う
人は社会の中で何らかの役割をもって生きており、やりがいのある役割をもつことが、わたしというものを豊かにするものだ。
役割は私を構成している重要な要素。おまけ(老後)の人生においても、ただ遊び暮らすだけではなく、意味のある役割を持つ方がしあわせに暮らせるだろう。」
「制約から自由になり、社会全体や将来のことをより広く考えられるのがおまけ世代の役割にしたらどうか。次世代のために働けば、社会も人類もずっと続いていく。生物の基本である持続ということを、おまけの人生においても最高の価値として考えたい。」

 この本を読み終えて、時間についての考え方が、生物学的視点からよく理解できた。
その上で、「高齢者の私に、今何ができるのか」の答えとして、やはり、「次世代のために働く」という、いつもの結論に達した。良かったんだ、今までの考え方で・・・。これまで生きてきた私なりの考え方が、「生物学的」にも間違っていなかったように納得できて、面白かった。

 (引用ばかりですみません!)この記事を読んでくださった方は、是非、本書をじかにお読みになってください。ここまで読んでくださって、ありがとうございました💛


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