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トーハクで特別展『やまと絵』の、豪華過ぎる関連展示が始まってた!(3)

東京国立博物館(トーハク)では、10月11日~12月3日の会期で特別展『やまと絵-受け継がれる王朝の美-』が開催されます。

まだ1カ月も先の話じゃないか……なんて油断していたら、同展の関連展示『近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-』が、9月5日から本館(日本館)2階の3つの部屋で始まっていました!

この特集展示は、特別展とは異なり、一般1,000円ぽっきりで見られます(安い!)。「それってトーハクの所蔵品しか観られないんでしょ?」なんて侮るなかれ。特別展に先立って、上記サイトに掲示された出品リストを確認すると、これがもう(国宝はないけれど)俵屋宗達、土佐光起、住吉如慶、狩野探幽、狩野晴川院、岩佐又兵衛、本阿弥光悦、尾形光琳、酒井抱一などなどなど、そうそうたる絵師による作品ばかりなのです。

特集『近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-』は、主にトーハク本館(日本館)2階の3つの部屋で展開されています。前々回のnoteでは7室に展示されていた屏風3点について言及し、前回は「8-2」の部屋で展開されていた「近世やまと絵の担い手たち」の作品をピックアップしました。そして前期展示の最後は、主に「特別2室」の「近世やまと絵と宮廷」を紹介していきます。

特別2室の展示風景

■「いろは…」と「詩歌」などが書かれた豪華な書道の手本

調度手本(色葉併詩歌等) 1巻 照高院道澄筆 安土桃山~江戸時代・17世紀 B-2865-3 ~2023年10月15日

金箔であしらわれたキレイな紙に書かれた「いろはにほへと……」の、柔らかさと力強さが混在したような文字が、見ていて心地よいです。これは調度手本ちょうどてほんと呼ばれるもので、華麗な料紙に、書の名人が能書した……書道のお手本。この観賞用の手本とも言えそうな調度手本ですが、様々な能書家が記したものが残っています。

この手本は誰が書いたのかといえば、上の写真の右側にひらひらしている細長い紙に記されていました。1つが「照高院殿道澄 いろは一巻」、もう1つに「照高院殿道澄准后」とあります。誰かが鑑定したんでしょうかね?

ずばり! 照高院の道澄どうちょうさんが記したということ。道澄どうちょうさんは、関白太政大臣の父を持つ近衛家の人。江戸時代以前は、皇族や公家の子息の多くが、お坊さんになりました。お坊さんと言うと「お坊さんに限らんだろ!」と怒られそうなので、僧侶になったんですね。

道澄どうちょうさんは豊臣秀吉さんと仲が良く、照高院という寺を創建し、照高院とも名乗りました。照高院のほか、聖護院門跡や圓城寺長吏、方広寺鐘銘事件で有名な方広寺大仏殿の住持を務めた人です。

「いろはにほへと…」から始まり、「一二三四五六七八九十」などが続いて記されています。そこで、読むのも面倒だなと思った、作品タイトルを改めて見てみると……《調度手本(色葉併詩歌等)》……漢字が並んでいて読み飛ばしていたのですが……「色葉併詩歌等」って、「いろは…と詩歌などが書かれていますよ」という意味……こういうところに美術品って、敷居の高さを感じます。

ニョロっていないので、わたしでも読める、親しみやすいきれいな文字に好感が持てます。文字もきれいなのですが、やはり金箔などが散りばめられた紙、料紙が華麗です。

今回は「やまと絵」の特集なので、主役は文字ではなく、金箔などで描かれた“絵”の方です。文字に見惚れて、うっすらと見える絵を見逃しそうになるので気をつけましょうw

■寛永の三筆の一人の書を華麗に飾った《色紙帖》

松花堂しょうかどう昭乗しょうじょうさんの書を集めた《色紙帖》も、金銀の華麗な装飾が施された料紙に目を見張ります。解説パネルには「金銀砂子霞引きに金銀泥下絵をほどこした料紙36枚」があると言います。今回は、その中の4枚が展開されています。

松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書

いやぁ、それにしても昔の日本人は「金色」の使い方が上手ですよね。まぁ紙が退色しているから金色が目立たないから良いのかもしれませんが……成金趣味とか嫌味な感じとは無縁な感じがします。

松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書

それにしても書かれている文字も流麗でいい感じです。最近、書道家の筆使いをひたすらYouTubeで見ることがあるのですが、これを書いた松花堂昭乗さんの筆使いも動画に撮っておいてほしかったなぁ……←ちなみに江戸時代の人です。

松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書

ということで文字を書いた松花堂昭乗について。松花堂しょうかどうの昭乗《しょうじょう》さんですね。ぱっと見、京都の老舗のお菓子屋さんの旦那さんですか? という感じですが、これが実は真言宗の僧侶で、石清水八幡宮の社僧だったそうです。

お菓子屋は無いのですが、この方が大好きだったことから名付けられた……かもしれない……「松花堂弁当」があります。Wikipediaに記されているのですが、料亭で有名な……吉兆……なんか事件がありましたよね……の創始者が茶会用に作った「四つ切り箱」を、松花堂さんが好んだことから「松花堂弁当」と名付けた……という説があるそうです。

松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書

書道、絵画、茶道に堪能で、特に能書家として高名。同時代人の本阿弥光悦や近衛信尹とともに、近世初期の三筆の一人に位置づけられています。そう聞いてから改めて書を見てみると……うん、そんな感じだ! ……と納得できますね。

松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書
松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書
松花堂昭乗筆《色紙帖》江戸時代・17世紀 | 彩 墨書

■華道の真髄が分かる“かも”しれない実用的な《立花屏風》

このなにやら変わった屏風は、京都御所に伝来した屏風とのこと。立てた花=立花りっかを描いた参考書的な屏風ですね。御所と言っても広いので、必ずしも歴代天皇が見たとは言えませんが、見ていた可能性はありますよね。

《立花屏風》筆者不詳・江戸時代・17世紀・紙本着色

描かれた立花は36図。花だけではなく、花器の詳細が描かれているのが特徴です。

解説パネルには「寛永年間に制作され、池坊専好、後水尾院によるものが含まれるといいます」と記されていますが、寛永年間の池坊専好となると二代のことを指しているようです。華道の家元としては三十二世。Wikipediaには「後水尾天皇に召し出されて宮中立花会に参加し、他の参加者の指導もおこなった」と記されています。こうした縁から、この屏風が制作されたのかもしれません。

一つ一つ立花を見ていくと……って、むちゃくちゃど素人ですけど……花器に対して、立花がものすごく大きいですよね。これが華道では絶妙なバランスとされていたのでしょう。絵だけを見ても分かりませんが、安定感みたいなのはあったのでしょうか。なんか、実物が目の前にあったら、花器が倒れてしまわないかハラハラしそうです。

下の作品は、盆栽に近い感じが、個人的には好みです。あと「下記の詳細が描かれている」と解説パネルにありましたが、この四角い花器を見る限りは、遠近法などはまったく考慮されていなかったようです。むしろ奥の方が広がっているのですが、こういう点に違和感を抱くのは、西洋画法が伝来した後のことなんでしょうね。

華道は全く分かりませんが、けっこう太い木を使うんだなぁと妙に感心してしまいました。上の作例だと上にも横にも広がっているので、置く場所が限定されますね。

■土佐光吉《源氏物語図色紙(花宴)》安土桃山時代・16〜17世紀

門人(弟子)から土佐派を継いだ、土佐光吉の《源氏物語図色紙(花宴)》。安土桃山時代の人で、前回noteした、土佐派中興と言われる土佐光起のおじいさん。光吉さんは、土佐派を次ぐと、本拠地を京都から堺へ移したそうです。えええ! 知らなかったです! 「大和絵」と言えば土佐派というイメージがあるので、てっきりずっと京都が本拠地だと思っていました。調べてみると、たしかに土佐光起も、出生地が堺とあります。

土佐光吉《源氏物語図色紙(花宴)》安土桃山時代・16〜17世紀

花宴はなのえんは、源氏物語の第八帖のお話。解説パネルには「光源氏と朧月夜君との出会いの場面を描いている」とあります。また「本来は画帖に貼られていたもので、もとセットであった他の数枚が現存しています」とのこと。

土佐光吉《源氏物語図色紙(花宴)》安土桃山時代・16〜17世紀

土佐光吉以降は、いつまでなのか知りませんが、堺を本拠にしていたため、堺市博物館に多くの作品が残っているようです。以前、堺市博物館に合戦図屏風の画像をnoteに掲載したいとメールで連絡したら「Webサイトにアップされている画像は、ご自由にお使いいただいてかまいません」という感じの、とても丁寧なメールが返ってきて……それ以来、「いい博物館だなぁ」と思っていてw いつか行きたい博物館の筆頭です!

土佐光吉《源氏物語図色紙(花宴)》安土桃山時代・16〜17世紀

■いちおう光琳さんの作品も…

これは……これも……特別2室ではなく、「8-2室」に展示されていました。隣には、前回noteで紹介した酒井抱一の《秋草図屏風》が展示されていて……そのせいもあって、とっても目立たない感じでした。作品もちょっと地味めで、あまり足を止める人もいなかった気がします。

尾形光琳《伊勢物語八橋図》| 江戸時代・18世紀 | 絹本着色

解説パネルには「都から東へと向かう主人公が、都に残した恋人を想い『から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ』と詠う、有名な『伊勢物語』第九段「八橋」の場面です。主人公と供人が燕子花(かきつばた)を眺めながら都へと思いを馳せる様子を描いています」とあります。

歌を分解すると、下記のようになります。

ら衣
つつなれにし
ましあれば
るばるきぬる
びをしぞ思ふ

「かきつばた(燕子花)」……絵に描かれた3人の視線の先の道端(?)に、燕子花が咲いていますね。おっしゃれな和歌ですよねぇ〜。

まぁそれは良いとして、それほど尾形光琳っぽい感じもしない《伊勢物語八橋図》が、わざわざ展示されているということは……きっと10月から開催される特別展『やまと絵』には、尾形光琳の「八橋蒔絵螺鈿硯箱」が展示されるんじゃないかと思います。

と思うのですが……まだ全ての出品リストが発表されていないんですよね……たぶん。見つけられたのは「主な出品作品の展示期間(PDF)」というものだけ。この中には「八橋蒔絵螺鈿硯箱」が入っていないので……まさかとは思うのですが、出品されないのかもしれません。いや、するでしょ!

■住吉如慶《年中行事図屏風》江戸時代・17世紀 | 紙本着色

この屏風を見て「ほほぉ〜、《年中行事図屏風》ですかぁ〜」と、まるで知っていたかのように思ったのは、10月から始まる特別展に《年中行事絵巻(住吉本)》が出品されると知っていたからです。

この《年中行事絵巻(住吉本)》ですが、なかなか波乱万丈な感じなんですよね。まず同絵巻は平安時代(12世紀)に常磐光長さんという宮廷画家によって描かれた、60巻に及ぶ大作!

んなのですが、この常磐光長さんが描いた絵巻は、焼失してしまいます。え? そうなの? って感じなのですが、その焼失前に、土佐派の住吉如慶さんなどが模本を制作していたそうです。展示されるのは、この江戸時代の寛文元年(1661)頃に制作された模本です。

おそらく個人蔵なのでしょう……なんと、この《年中行事絵巻(住吉本)》の模本が、出品されるのが約半世紀ぶりのことなのだそうです。めったに見られない…レア度の高い一品なのです。

特集展で展示されている《年中行事図屏風》は、その《年中行事絵巻(住吉本)》の模本制作に携わった、住吉如慶によって描かれたものです。マニアというか研究者にとっては、とっても貴重なのだと思います。

さらに、なんで半世紀も出品されないんだろう? と思って所蔵者を調べたら、なんと! あの美しすぎる『平家納経』の模本を作った田中親美さんの家に秘蔵されているのだとか……。なんとなんと……もしかすると半世紀前に出品されたのも、トーハクだったのかもしれませんね。というか、田中親美さんが、この《年中行事絵巻(住吉本)》の模本も制作済み……なんてことはないんですかね? もし制作されていたら、むしろそっちの方が見たいw!

■色々と色鮮やかな扇子……またまた尾形光琳ほか

いくつかの扇子がまとめて展示されていました。扇子にも「やまと絵」作品が多く、特別展でもいくつか出品されるようです。でもこの特集で展示されている扇子も、かなりの優作揃いですよ。10月からの特別展では、もっとすごい作品が展示されているってこと!? って思ってしまいます。

まずは尾形光琳さんの《仕丁しちょう扇面せんめん》です。昨年は、扇子・扇面特集があり、noteにも記したのですが、そのなかの一品がこちらです。

尾形光琳筆《仕丁図扇面》| 江戸時代・18世紀 | 紙本着色

「仕丁」とは、中央官庁で雑用に従事していた地方から徴収された人たちのことです。この扇の絵を見た時には踊っているのかと思いました。

でも、解説パネルには「彼らが大げさな身振りで駆け抜ける様子を描いている……(中略)……慌てる仕丁たちのざわめく声が聞こえそうです」と記しています。また保元の乱を中心に描かれた『保元物語絵』にも、同様の図様があるようなので、戦闘から逃げている人たちの姿なのかもしれません。

尾形光琳筆《仕丁図扇面》| 江戸時代・18世紀 | 紙本着色
尾形光琳筆《仕丁図扇面》| 江戸時代・18世紀 | 紙本着色
尾形光琳筆《仕丁図扇面》| 江戸時代・18世紀 | 紙本着色

次の狩野永叔による《競馬図(くらべうまず)扇面》が、とても興味深かったです。

わたしとしては、上の尾形光琳の作品は、なぁんとなく「琳派」っていう感じがするんです。その後に下の《競馬図(くらべうまず)扇面》を見て、これも琳派かな? って思ったんです。でもこれは狩野派です。個人的には、狩野派って、そんなに印象に残るようなこともなかったんですけど、この扇子を見て「おもしろい!」って思いました。なんか馬も人も生き生きと楽しそうだからです。こういうイラストっぽい絵が好みなんですよね。

表情だけでなく、鮮やかだけれど、しつこくない感じの色彩も良いなぁと。それで、この色彩の感じが誰かの絵に似ているなぁと思って、振り返ってみると、前田青邨せいそんっぽいなぁって思ったんです。

狩野永叔《競馬図(くらべうまず)扇面》江戸時代・18世紀 絹本着色

中橋狩野家の9代目永叔主信が描いた競馬図(くらべうまず)の扇面。扇には季節の風物を描くことが多くありました。本図には社殿や鳥居は描かれていませんが、加茂の競馬を描いたものと想像されます。金泥を刷いた色鮮やかな作品で、扇の弧の形を利用した構図も手馴れたものです

解説パネルより
狩野永叔《競馬図(くらべうまず)扇面》江戸時代・18世紀 絹本着色

狩野永叔さんの作品……ほかのも見てみたいな……と思いました。

ということで、3回に分けてnoteした「トーハクで特別展『やまと絵』の、豪華過ぎる関連展示が始まってた!」は、とりあえず前期に関しては、これで終了です。また1カ月後くらい……特別展の『やまと絵』がスタートするあたりに、展示替えがあり、注目作品が目白押しだったはずです。特別展『やまと絵』を観覧される方は、こちらの特集『やまと絵』を見る体力も、ちゃんと残しておきましょうw



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