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トーハクで特別展『やまと絵』の、豪華過ぎる関連展示が始まってた!(2)

東京国立博物館(トーハク)では、10月11日~12月3日の会期で特別展『やまと絵-受け継がれる王朝の美-』が開催されます。

まだ1カ月も先の話じゃないか……なんて油断していたら、同展の関連展示『近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-』が、9月5日から本館(日本館)2階の3つの部屋で始まっていました!

この特集展示は、特別展とは異なり、一般1,000円ぽっきりで見られます。「それってトーハクの所蔵品しか観られないんでしょ?」なんて侮るなかれ。特別展に先立って、上記サイトに掲示された出品リストを確認すると、これがもう(国宝はないけれど)俵屋宗達、土佐光起、住吉如慶、狩野探幽、狩野晴川院、岩佐又兵衛、本阿弥光悦、尾形光琳、酒井抱一などなどなど、そうそうたる絵師による作品ばかりなのです。

ということで週末にさっそく観に行ってきました。

特集『近世のやまと絵-王朝美の伝統と継承-』は、主にトーハク本館(日本館)2階の3つの部屋で展開されています。前回のnoteでは7室に展示されていた屏風3点について言及しましたが、今回は「8-2」の部屋で展開されていた「近世やまと絵の担い手たち」の作品からピックアップしていきます。

↓ 前回のnoteです


■酒井抱一の幻の名作《秋草図屏風》が見られる!

すみません……小見出しに「幻の名作」なんて記しましたが、若干、言い過ぎかもしれません。

今回の特集を見に行く前に、出品リストをさらりと見ていました。その中でも「なんだこれ?」と思ったのが、酒井抱一の《秋草図屏風》です。

酒井抱一や琳派が好きな人は知っていると思いますが、彼の有名な作品に《夏秋草図屏風》というのがあります。酒井抱一が大ファンである、尾形光琳先生の重文《風神雷神図屏風》の裏側に描かれた作品としても有名ですよね。(現在は主に保管上の理由から、表裏を別に仕立て直され、いずれもトーハク所蔵。なお酒井抱一が尾形光琳の《風神雷神図屏風》の裏に《夏秋草図屏風》を描いた際には、徳川一橋家にあった。また、この時になのかは不明ですが、酒井抱一は光琳版の《風神雷神図屏風》を模写しています)

重文《夏秋草図屏風》トーハク所蔵

ということで今回の出品リストに「酒井抱一筆《秋草図屏風》」と記されているのを見て「あぁ、あれが出品されるのか。楽しみだな」と思いつつ……「でもこれ《夏秋草図屏風》の間違いじゃないか? 誤植かな? それとも秋の片方だけ展示されるのか?」なんて一瞬思いました。でも、所蔵欄を見ると「団体所蔵」という聞き慣れない言葉が……。《夏秋草図屏風》はトーハク所蔵のはずなので、やはり違う作品かな? なんて色々と考えてしまいました。

実は前述の《夏秋草図屏風》が有名すぎるため……また《秋草図屏風》は、ネット上に情報が少ないため、検索しても《夏秋草図屏風》の情報ばかりが出てきて……なかなか由来が見つけられませんでした。

それでも調べていると、たしかに《夏秋草図屏風》とは別の作品で《秋草図屏風》が存在しました。そして「団体所蔵」というのは、カメラ好きであればおなじみの「旭光学工業」であり、知られたブランドで言えば「ペンタックス」のことです。そのペンタックス……数年前にデジカメ事業についてはリコーに売却されています。その時にペンタックスの社員もリコーへ移り……防水のコンパクトデジカメや中版カメラの名機「645」の名を冠したデジカメも発売していましたが……。その他の事業もHOYAに吸収されたり、セイコー系に売ったりと……。まぁともかくも、そういうことがあって、元のペンタックス株式会社が無くなり、所蔵の《秋草図屏風》もどうにかしなきゃならなくなって……トーハクに寄託することになったんでしょうね(単なる想像です)。

作品自体については「撮影禁止」でした。ただし、ネットで調べれると、例えば下のサイトのように画像を掲載しているところもあるので、かつては画像データを配布していたのかもしれません。

作品は六曲一双。全体が金地ですが、現在は綺羅びやかな感じではなく、鈍く光るさまが渋いです。屏風の左下の端のほうから右上と右下の2方向にくずつたが伸びていき、六曲の四曲分で、わさわさとした葉が茂っています。酒井抱一にしては、その葛の蔦という葉が、鬱陶しいほどではないかと思ったのですがw 解説パネルによれば、つたの中には、ススキオミナエシ女郎花フジバカマ藤袴などの秋草が描かれているそうです……そうですっていうのもなんですが……鬱蒼と茂るくずつたや葉の中に、それら他の秋草を見つけるのは容易ではない気がしました。

またこの絵の構図上のポイントは、中央からやや右にズラした場所に、銀箔の月が描かれているところです。この月によって、今作が、万葉の頃に宮廷人が憧れたという武蔵野の秋の情景を描いていると分かります。

このくずが目立って描かれていることからか《葛秋草図屏風》とも、月があるから《月に秋草図屏風》とも言われているようですが……まぁ「葛秋草図」という表現は日本語が少しおかしいし、「月に秋草図」というのは画題が「武蔵野の情景を描いている」のだから、「月」が描かれているのは当たり前……ということなのか、トーハクでは採用していないようです。

いずれにしても、今回の展示中に、もう一度は見ておきたいなという作品でした。

酒井抱一《武蔵野図扇面》

ちなみに酒井抱一の作品としては、現在《武蔵野図扇面》が展示されています。これも素晴らしい!←語彙力w

武蔵野図なので、基本の構成は前述した《秋草図屏風》と同じで、すすき桔梗ききょう撫子なでしこ……それに、おそらく吾亦紅われもこうなどの秋の草……さらにその先には月が描かれています。いやぁ……素晴らしすぎて、もらったとしても扇子としては使えませんね……。昔の人も、こういうのはさすがにあまり使わずに飾っていたのではないでしょうか。やたらと保管状態が良いですからね。

酒井抱一《武蔵野図扇面》
酒井抱一《武蔵野図扇面》

また後期は、《四季花鳥図巻 巻下1巻》という絵巻作品も控えていて、楽しみです。

■数少ない長谷川等伯の息子・久蔵の作品もあります!

レアな作品と言えば、長谷川等伯とうはくの息子で、若くして亡くなった長谷川久蔵(きゅうぞう)の《大原御幸図屏風》も展示されています。彼は天正7年(1579年)に生まれ、25歳で亡くなっています。つまり、今回の《大原御幸図屏風》を含む長谷川久蔵作品の全て、彼が25歳以前に描いたものということです。

伝・長谷川久蔵筆《大原御幸図屏風》

父の長谷川等伯で最も名高い作品と言えば、トーハク所蔵の《松林図しょうりんず屏風》ではないでしょうか。墨一色で描かれた深淵な雰囲気を漂わせる松林の風景は、シンプルな墨の線だけで、その場の空気感までも描きこんでいると言われます。

長谷川等伯=《松林図屏風》というイメージが強いため、わたしは久しく長谷川等伯を水墨画家だと思っていました。実際、晩年には自ら「雪舟せっしゅう五代」と称していたというから、その認識もあながち間違いではないでしょう。

ただし元亀2年(1571年)、33歳の時に能登国・七尾から京へ上ってからの長谷川等伯は、「狩野派ですか?」という作品を多く描いていました。そして京で過ごして数年後に生まれたのが長谷川久蔵だと思われます(記録が残っていません)。父の長谷川等伯が、室町時代……戦国時代末期から桃山時代にかけて、徐々に戦国武将や寺院などからの仕事の依頼を増やしていった時期です。そんな中で、父・等伯の画技を継承しながら育った久蔵は、25歳前にして、父・等伯に認められる存在になっていきます。

それが分かるのが、等伯&久蔵の親子で手掛けた、京都・智積院の障壁画です。久蔵の絵師としての成長を認めていなければ、こんな大事な仕事を、久蔵の名前で任せたりはしないでしょう。

伝・長谷川久蔵筆《大原御幸図屏風》

いいかげん、今回の伝・長谷川久蔵筆《大原御幸図屏風》の話に戻しましょう。解説パネルによれば、これは「『平家物語』 終盤の名場面」を絵画化したものだと言います。

解説パネルは「平清盛の娘で安徳天皇の母、建礼門院は、洛北大原に庵を結び、源氏に滅ぼされた平家一門の菩提を弔います。そこに後白河法皇が秘かに訪ねます」と記しています。補足すると、この建礼門院とは徳子さんのこと。平清盛の娘として高倉天皇のもとに入内じゅだい(結婚)し、安徳天皇を産みます。以降に、源頼朝が勢力を拡大していき、逆に平家の没落が顕著となっていきます。そして、息子である安徳天皇が壇ノ浦の戦いの際に入水することで、平家の時代……平家物語は幕を閉じようとします。

つまり建礼門院の徳子さんは、平清盛の親族の中で、唯一と言ってよいでしょうけど、平家の栄枯盛衰を知る生き証人となったわけです。そんな彼女は、京都の大原に庵を建てて、ひっそりと余生を送っていました。そんなところに、お騒がせ男の後白河法皇が訪ねてきた……。《大原御幸図屏風》は、そんなシーンを描写しているわけです。

建礼門院=徳子が構えた庵は、屋根などがボロッボロです。屏風の左上に描かれている大原の街も、京の都とは異なり寂しく寒々しい雰囲気です。

京の雅な雰囲気をいっぱいにまとった、お騒がせ男の後白河法皇が、建礼門院の徳子さんを訪ねています。この時に、陋屋の縁側で法皇を迎えた徳子さんは、どんな気持ちだったでしょうか。Wikipediaでは、この時に「自らの人生を語った」と記していますが……わたしは「こんにゃろ!」という気持ちもあったんじゃないかと思います。

そうしたわたしの推測をよそに、長谷川久蔵は、建礼門院の徳子さんの侘しい雰囲気の中でも、心穏やかな後半生を表現しているようにも思えます。

後白河法皇が京から連れてきた家来たちも、大原への小旅行を楽しみ、のんびりと自然を楽しんでいるようにも思えます。

八重の桜が咲きほこり、松の木に巻き付きながら伸びた藤の蔦の先にも花が咲いています……4月の終わりから5月の上旬あたりでしょうか。このあたりが、建礼門院の徳子さんの穏やかな気持ちを表現しているとも言えるかもしれませんね。

伝・長谷川久蔵筆《大原御幸図屏風》

■なぜか推しではない土佐光起の《源氏物語図屏風》

16世紀中頃は室町時代の後期であり、戦国の時代に入ったところです。その時期に狩野派とともに絵師の一団として狩野派とともに勢力を確立したのが、土佐派です。日本独自の大和絵を標榜し、特に朝廷との結びつきが強く、代々が宮廷絵所職に任命されていました。それが戦国末期や安土桃山時代に入ると、大名などから人気を得た狩野派のほか、長谷川等伯にもクライアントを取られていってしまいます。

江戸時代に入ってから登場した土佐光起(みつおき)は、狩野派などに押され気味だった土佐派を中興させたと言われています。そして今回の「やまと絵」特集では、その土佐光起の《源氏物語図屏風(初音・若菜上)》が展示されています。

土佐光起《源氏物語図屏風》右隻
土佐光起《源氏物語図屏風》左隻

トーハクの本館(日本館)2階には、通称“国宝室”と呼ばれる部屋があります。1つの部屋に毎回、国宝1点が展示されているという、とても贅沢な空間です。ただし、昨年は年末の特別展で、所蔵している89点の国宝を集めるという、いわゆる『国宝展』が開催されました。そのため「重要文化財や国宝の公開日数は年間60日以内」というルールを守るため、通称“国宝室”に展示する作品の調整が必要になったのです。そこでトーハクでは、国宝を展示するのではなく「未来の国宝候補」といった企画で、学芸員(トーハクでは研究員)がイチオシの作品を展示していったのです。

土佐光起の《源氏物語図屏風(初音・若菜上)》も、その中に選出されました。同作品を上に掲載した写真で見ると「源氏物語なのに、なんか色がくすんでない?」なんて思っちゃうかもしれません。わたしも遠目に見た時には、そう思いました。ただし、ずずずぅ〜っと近づいて観てください。そこらで見られる《源氏物語図屏風》とは異なることが、すぐに分かります。

光源氏の正妻・紫の上と、一人娘・明石の姫君が描かれています(もう一人は誰?)

まず源氏物語二十三帖『初音』を画題とした右隻。新春元旦の、光源氏の屋敷(六条院)での平和なひとときを描いた屏風です。正妻である紫の上と、光源氏にとっての一人娘である明石の姫君とが楽しそうにやり取りしています。そこへ、屏風右側から、光源氏がやってきたというシーンです。

光源氏が母娘のもとにやってきます

上の画像をぐぐっと拡大してもらうと分かるのですが、一般的な源氏絵と異なり、当時の貴族が使っていた御簾みす越しに源氏物語ワールドを屋敷の外から眺めている……という雰囲気になっています。そう……なんか色がくすんでない? という最初の疑問は、この御簾みすが描かれているからだと思います。御簾みすの横線がびっしり! びっしり! 本物さながらに引かれているんです。これって、どうやって描いているんですかね? 御簾の中……屋敷の部屋の中を描いてから、御簾の横線を鬼のように引いているのか? 専門家の方に聞いてみたいです。

そして左隻も、正月の様子を描いた源氏物語『若菜 上』です。詳細は分かりませんが、光源氏のもとに女三の宮が降嫁して、新たな正妻として光源氏に対面するシーンではないかと思います。

左隻の真ん中にドンッ! と座る光源氏と対面する女三の宮か?

仮にそうだとすれば、屏風の最も左端に座る女性が、女三の宮。対面して座っているのが光源氏でしょうか。その光源氏の下に描かれているのが、これまで正妻だった紫の上かもしれません。こちの写真も、拡大して観てもらえると分かりますが、女三の宮(?)などの衣装の柄などが、ものすごく繊細に描かれている……その上に御簾の横線ですから……すごい!

1つ上の写真の、女三の宮と思われる女性に寄ったところです

また右側の屏風に目を移すと、3人の男性が座っています。この3人の中の1人が、後に女三の宮とフリンして子供をもうけてしまう、柏木なのかもしれません。

柏木がいる?

なお今回の特集で、土佐光起の作品は《源氏物語図屏風(初音・若菜上)》のほか、後期からは以下の3作品がエントリーします。個人的には、特に《粟穂鶉図屏風(あわほうずらずびょうぶ)》が観てみたいです。

●《粟穂鶉図屏風(あわほうずらずびょうぶ)》江戸時代・17世紀
●《秋郊鳴鶉図》土佐光起と土佐光成合作・江戸時代・17世紀
●《十二ケ月歌意図巻 下巻1巻》江戸時代・17世紀

前期だけでも、まだまだnoteしておきたい作品があるのですが、寝る時間になってしまったので、今回はこのへんで…。

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