「期待されたくない」若者たち

「成績優秀で表彰された若手社員が次々に辞めていく現象が起きている」。ある労働組合、全国組織の委員長がそう教えてくれた。

 同じような話を以前、私立病院の院長からも聞いたことがある。その病院では毎年、院長がMVP(最優秀職員)を選んで表彰し、かなり豪華な賞を贈っている。ところが受賞した職員の多くが、短期間のうちに辞めてしまうというのである。

 現場の話やいろいろな背景を総合して考えると、彼らは「期待に応えなければいけない」というプレッシャーを強く感じ、その重みに耐えられなくなり辞めていったようだ。

 期待されたから辞める、というのはピンとこないかもしれない。そういうケースがあるとしても例外だと思われるだろう。だからこそ会社でも学校でも、家庭でも部下、生徒、子をほめ、期待をかけて伸ばそうとしている。

 ところが、それが想像以上の重荷になっているのだ。しかも例外どころか、一定の条件のもとではかなり高い確率でストレスや意欲低下といった悪影響が生じ、欠勤や離職、不登校、心身の不調、それに自殺など深刻な事態を引き起こす場合もある(拙著『「承認欲求」の呪縛』)。

 そうなる危険性に気づいている若者が増えているためだろうか。最近は会社が期待を込めて給料を上げてやると、「給料を下げてください」と直訴してきたり、期待の言葉をかけられたら「期待されるのだったら会社を辞めます」と言い返したりする若手社員も珍しくないそうだ。

 期待されるのは、いわば心理的な「債務」を負ったことを意味する。借金から逃げ出したくなるのは当然だろう。なかには返済のためにがんばる、つまり期待に応えようと努力する者もいるが、それは楽しい、自発的な努力ではない。

 とくに近年は真面目で純粋な若者が増えてきたこともあり、期待をかけられたら是が非でもそれに応えようとする。それが自分のキャパシティ(力量)を超えたとき、パンクしてしまうのだ。

 期待をかけて伸ばす、がんばらせるというのはごく一般的に行われてきたことだが、隠れたリスクがいかに大きなものかを知ってもらいたい。

「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。