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【掌編】脳の中の革命家

 その男の脳の中には革命家が住んでいた。男はうだつのあがらない、小太りな中年のサラリーマンで、誰の印象にも残らないような、地味で平凡な人間だと思われていた。男は友人や家族をもたず、いつも一人でぼんやりと無気力に生きていたが、その脳の中にはもう一人、革命家が住みつき、共に暮らしていた。
 革命家は革命の成就を目指し、落ち着いて計画を練れる場所を絶えず探してきた。知的な活動を行い続ける脳は計画を練るのに最適な場所で、革命家が見つけた男の脳の中は、まさに格好の住処だった。仕事と家を往復するだけの単調な生活を漫然と送り続ける男の脳は最低限の活動しかしておらず、革命家は余った脳のエネルギーを糧にして、革命への計画を練りに練ることができた。革命家が脳の中に住みついたときも、男はしばらくしてそのことに気がつきはしたが、そのものぐさな性格から特に気にとめることもなく、そのまま日々の代わり映えのしない生活へと戻っていった。 
 だが革命家は臆病な性格だった。無害で過ごしやすそうな男の脳で暮らし始めたは良かったが、実際に革命を起こすわけではなく、脳の中に潜みながら期待だけを膨らませ、計画を思いついては悩み、否定してはまた思いついてと、いつまでも革命を検討し続けることしかしなかった。時には勇気を振りしぼり、男の頭を少しだけ開けて外の様子をそっと伺うのだが、荒れ狂う外の世界を目にするとすぐに怖気づいてしまい、慌てて頭を閉めて、安全で穏やかな脳の中に引きこもってしまう。そしてまた脳の中に住みついている自分の脳の中に閉じこもり、革命の計画を練り始める。革命家はそうした毎日を、変わることなくいつまでも続けるばかりだった。

 革命家が脳に住みついてから何年もの月日が経ったある日、男は前触れもなく脳の病気で倒れた。ものぐさな暮らしぶりに伴う不摂生がたたり、ついに脳の血管が切れ、それを皮切りに複数の箇所で同時に異常が噴出し始めた。脳の中では至るところで異常な音や揺れや崩れが起こり、大混乱に陥った。
 革命家はぐらんぐらんと揺れる脳の中で頭を抱え、ひざまづいて怯えながら、どうしよう、どうしよう、とつぶやき続けていた。このままでは革命が計画倒れに終わってしまう。外に出るしかない。だけど外は怖い。でもこのままでは自分の命が、そしてこの男の命が、何も成しえないまま終わってしまう。どうしよう。外に出るしかない。そしてこれまで計画を練り上げてきた革命を実行するしかない。怖い。どうしよう。
 そのとき、混乱する脳の中で混乱する革命家の耳に、どこからか打ち鳴らされる荘厳な鐘の音が響いてくる。そしてこれまで、特に取り柄のない、どこにでもいるような、ただの平凡な人間だとしか思っていなかったあの男の、凡庸とした覇気のない、人をいらつかせ、弱弱しく情けないはずのあの声が、これまでに聞いたことのない、自信に満ちあふれて威厳を持ち、自ら先頭に立って道を切り開かんとし、脳中に響き渡り鼓舞する、巨大な堂々たる声となって、脳の中の革命家に向かって確かに呼びかける。

 立ち上がれ!! 今こそ革命のときだ!!


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