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【掌編】蛇使い

 蛇使いはいつも上から下までゆったりとした黒ずくめの格好で、蛇と共に静かに町に現れた。決まって日の沈みかけた明るさと暗さの混じり合う夕方の、商店街の出口近くに陣取っては、芸を披露していた。所定の位置について準備を始めると、観客たちはどこからともなく一人、また一人と現れた。辺りには開いている店も人通りもまばらだった。それでも蛇使いの周りにはいつも必ず複数の観客たちがいた。
 蛇使いが無言のまま小さくお辞儀をして芸が始まると、周りを取り囲むように行儀よく並んだ観客たちは揃って小さく拍手をした。そしてすぐに、目の前で起こる出来事をその目で見ることだけに集中し始めた。彼らは蛇使いと蛇の動きを少しでも見逃すまいと真剣に、物音一つ立てず、食い入るように芸の一つ一つを見つめていた。
 蛇使いと蛇は二つで一つの生き物だった。蛇使いが思えば、蛇はその通りに動いた。蛇が細長くなめらかな身体をしなやかにうねらせて八の字や星型を形作ったり、踊り子のように見事なダンスをリズムよく踊ると、観客たちは口を開けたまま拍手を送り、道に置かれた黒い帽子の中に金を落とし入れた。そのたびに蛇使いは黙ったままお辞儀をし、蛇は口を大きく開けて細長く赤黒い舌を伸ばし、ちろちろと揺らした。
 蛇使いは芸の始まりから終わりまで一言も喋らなかった。演目をすべて終えると、すぐに小さくお辞儀をし、蛇と共にそそくさと持ち場を離れて商店街を出ていき、町から去っていった。観客たちは満足感と名残惜しさに包まれながら、散り散りにそれぞれの家へと帰っていった。
 私は家に帰る道すがら、商店街を抜けるたびにその光景をよく見かけていた。通りの端で芸を披露する蛇使いを、歩きながら観客越しに、それとなく目の端で眺めていた。
 私が見るたびに蛇使いは、その手に紐を握っていた。紐を自在に操り、まるで生きているかのように動かしていた。紐はそれ自体が生命を宿し、感情を持っているかのようだった。自らの細長い身体を、自身の力をもって自然に、なまめかしく動かしているように見えた。
 周りの観客たちは紐に夢中になって見入っていた。彼らはそれが蛇ではなく紐だなんて、まるで疑いもしていないようだった。蛇使いと紐と観客は一体となって、その演目を作りあげていた。彼らは互いに一言も会話を交わしてはいなかったが、その間には奇妙な連帯が存在していた。
 私はその中に入っていこう、とは思わなかった。


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