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人生の節目にはスピッツが流れる

時折、無性にスピッツが聴きたくなる。

スピッツの歌といえば「ロビンソン」が好きな子どもだった。

音楽好きだった父の影響が強かったのだろう。
カラオケ屋のやたら橙色をした照明のなかで「ロビンソン」を歌っていた父を思い出す。

PUFFYの歌でも、奥田民生が提供した数々の曲より、
『少し強くなるために 壊れたボートで一人 漕いで行く』「愛のしるし」のほうが好きだ。

誰かを好きになると決まって「空も飛べるはず」をカラオケで歌っていた。
反面、以前勤めていた会社の新年会で「チェリー」を歌う人がいれば「ベタだな」と心のなかで首を傾げていた。

その割に、スピッツのCDは一枚も持っていなかった。
ほかのアーティストのCDばかり買い集めていた。

好きだけど、人生のBGMのひとつでしかなかったスピッツ。
無性に聴きたくなったのは、息子を出産して数日後、入院先で眠れない夜のことだった。

「遥か」という曲がある。
ボーカルの草野マサムネさんのコーラスから始まる、朝もやの静けさに包まれているような曲だ。

ドラマの主題歌として耳にした覚えがあったくらいで、特に好きな曲ではなかった。
だけど突然、入院先のベッドの上でマサムネさんのボーカルが頭の中に流れ出した。

曲名が思い出せなくて、取り憑かれたように調べた。助産師さんがいない時間にひとり、スマホで流して聴き入った。

近頃の温かなサウンドや美しいファルセットはないけれど、どこまでも胸に沁み入る曲調が、鎮静剤として必要だったのだろう。

気づけば、お見舞いに来る父にLINEで「スピッツのベストアルバムを買ってきて」と頼んでいた。

父が買ってきてくれたのは、それこそ前述した「ロビンソン」や「空も飛べるはず」前後の曲を収録したほうのベストアルバムだった。

「遥かっていう歌が入っているほうも欲しかったのに」と贅沢なことを言う私に、父は里帰りしたときTSUTAYAでそちらのアルバムを借りて、CDを焼いてくれた。

結局うちのCDプレーヤーでは焼いたものが聴けず、今ではもっぱらAmazon MusicかYouTubeにお世話になっている。

以後はフィギュアスケートの羽生結弦君が出ていた頃、ガーナのCMで流れていた「春の歌」、好きなキャラクターに歌詞を重ねた「スターゲイザー」(主題歌だった恋愛バラエティー・あいのりは全く観ていない)と、どんどんお気に入りの曲が増えた。

北海道を舞台にしたNHKの朝ドラ「なつぞら」は珍しくほぼ全話観たドラマだった。
「アルプスの少女ハイジ」や「未来少年コナン」を思わせるオープニングに合わせて流れる「優しいあの子」。
北海道の四季のうつろいとスピッツの瑞々しい曲調がぴったりだった。

近年のスピッツは映画主題歌のタイアップが多い。

ドラマ化で好評を博したよしながふみさんの漫画「きのう何食べた?」の劇場版に使われた「大好物」。
年々クオリティを上げる名探偵コナンの映画主題歌に抜擢された「美しい鰭(ひれ)」。

最新曲の「ときめきpart1」ももれなく、映画「水は海に向かって流れる」の主題歌となっている。

この曲が発表された5月、私は仕事や息子の就学のストレスがたたったのか、好きだった歌すら聴きたくない状態だった。

ぼんやりとTVでYouTubeのホーム画面を見ていたとき、新着動画として上がっていたのがこの曲のPVだった。
美しいサムネイルに吸い寄せられるように、リモコンを操作していた。

石のように固まっていた心がゆるやかにほどけていき、好きだったスピッツの曲を立て続けに聴いて、声を上げて泣いた。

スピッツの曲、とりわけ歌詞はたまに「怖い」「意味不明」と言われている。

それはおそらく「喪失感」をまとった曲を指すのだろう。
「遥か」はいい例だと思う。

だがスピッツに多いのは、何かを失って、取り戻していく希望の歌だ。

壊れる夜もあったけれど 自分でいられるように

スピッツ「美しい鰭」

嫌われるのはヤだな いつしか無口になって
誰も気に留めないような 隙間にじっと隠れてた
だけど恋して 後悔は少しもない 光を感じた

スピッツ「ときめきpart1」

「美しい鰭」はおそらくコナンの主要キャラクター・灰原哀のことを歌っているのだろう。
「ときめきpart1」もまた、背景にたくさんの傷を抱えているのがうかがえる。

受けた傷は薄くなっても、完全に癒えることはない。
それどころか、深々と痕を残したままだったりする。

「どうでもいい」とか そんな言葉で汚れた
心 今放て

スピッツ「春の歌」

それでも立ち上がろうとする。
明るいほうへ歩いてゆく。
決して強くないけれど、希望を抱いて生きていこうとする姿勢が、人生の節目で必要になるのだ。

「最近スピッツばかり聴いている」と妹に近況を話すと、「私は『スピカ』が好きだな」と返ってきた。

自分ではあまり聴かない曲なので、前にもそんなやりとりをしたっけなと思いつつ、流してみた。

幸せは途切れながらも続くのです

スピッツ「スピカ」

ああ、そうだよな。
すこしほっとした。

そうやってみんな、人生のどこかでスピッツの曲を聴いて、安心しているのかもしれない。


※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。ありがとうございます。

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