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この土地の温度を感じて【プレイバック!はじまりの美術館 7】

現在、臨時休館中のはじまりの美術館。これを機に、はじまりの美術館のこれまでの展覧会をみなさんと一緒に振り返ってみたいと思います。

はじめて展覧会を見る方も、実際に展覧会を鑑賞された方も、写真やスタッフの四方山話を通して、改めて作品や作者に出会っていただければと思います。当時の裏話?や関わったスタッフの想いなども改めて振り返ってみました。残念ながら今は展覧会を開催できない時期ですが、この6年間の展覧会を改めて見つめ直して、この先の企画を作っていく足場を固める期間にしたいと思っています。


スタッフ紹介

プレイバックはじまりの美術館

この土地の温度を感じて

会期:2015年12月26日(土)〜2016年2月29日(月)
出展作家:磯川盛雄、岡崎美由樹、柵瀨茉莉子、髙田幸平、堀田和男、八重樫道代
主催:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館
https://hajimari-ac.com/enjoy/exhibition/ftl/

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今回は特別ゲストとして、はじまりの美術館 元学芸員・現在Cyg art gallery キュレーターの千葉真利さんと一緒に展覧会を振り返ってみました。

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千葉真利 CHIBA Mari
1988年宮城県生まれ。東北芸術工科大学大学院芸術文化専攻こども芸術教育研究領域修士課程修了。2012年社会福祉法人安積愛育園入社。はじまりの美術館の開館準備に携わり、学芸員として企画運営に参加。2016年より盛岡に移り住む。観光交流施設職員を経て、2020年合同会社ホームシックデザイン入社。Cyg art gallery キュレーター。

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小林:千葉さん今日はお忙しいところありがとうございます。今回は、第7回企画展「この土地の温度を感じて」展について振り返ってみたいと思います。早速本題に入りたいと思いますが、まずは千葉さんから当時のことについてお話いただけますか?

千葉 :そうですね。「この土地の温度を感じて」展はですね、東北にゆかりのあるアーティストということと、東北にゆかりのあるその土地の風土や歴史を含んだ作品を紹介する展覧会でした。今思えば、結構「知覚」も意識していたなあと思います。6名のアーティストをご紹介したのですが、その土地の気候とか空気や、年中行事とか日々の流れを、その土地土地をイメージさせるようなものを作ってる方々に出展いただきました。

小林:「ほくほく東北」展も、千葉さんが企画担当で「東北」をテーマにしていたと思うんですが、「この土地」展のポイントはどのあたりになるでしょうか?

千葉:「ほくほく東北」展と比べて、だと、微妙なんですけどね。「この土地」展のときは、割とその作家さんの住んでいる場所だったり、もう少し身近な暮らしのことだったり。あと、出展作家の髙田幸平さんは、ご本人の希望もあり、美術館に滞在して猪苗代で感じたことを描いてもらい、その作品を展示いただきました。

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小林:なんとなく覚えてるのが、急きょ予定が変わって、この新しい企画展をやらなきゃいけなくなった記憶があるんですよね。なんででしたかね。

千葉:なんででしたっけ。何か困ってましたよね。

小林:千葉さんが在職中最後の企画で。でも、伊藤峰尾展も千葉さんが担当していて。なぜか2本連続なんですよね。(苦笑)しかも、企画に加えてデザインも全部千葉さん。

千葉:やっぱりちょっと時間がなかったんですかね。なので、私の中で当時流行っていた消しゴムはんこで雪や雨を抽象化したイメージした原画を作って、フライヤーにしました。

小林:なんか、展覧会のイメージを抽象化して、そこに、ちょっと消しゴムはんこのゴツゴツした感じがマッチしていて良い感じでしたね。さすがです。

千葉:いやいや、試行錯誤でしたから。(笑)

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小林:そんな感じで展覧会が始まりましたが、ちょっと具体的な中身のお話も伺えますか?さっき、髙田さんのお話もありましたが、印象に残っている作家さんとかいますか?

千葉:みなさん印象に残っていますけど、このとき、「中丿沢こけし」を紹介しましたね。民芸品を紹介するのは はじまりの美術館にとってちょっと珍しかったですね。

小林: そうですね、ほくほく東北展でも実物大の張り子の白くまを展示しましたが、The民芸品という感じは初めてでしたね。中丿沢こけしは、最近若い方も少し増えて、実は後継者が7人。展覧会では、はじまりの美術館から車で5分ほどのところに工房を構えていた、磯川盛雄さんに出展をお願いしました。

千葉:当時はすぐに売れちゃうというか、手元に持ってるような方っていうのがあんまり見つからなくて。何とか磯川さんにたどり着いて、貸していただきました。

小林:そうですね。こけしは「みずき」という種類の木で作るのが多いそうですが、磯川さんも新しい材料がなかなか手に入らないと話していましたね。たしか、材料を採っていた地域が原発事故後に警戒区域内になってしまったということもあり。さらに、切り出してきた木はそのまま使うのではなく、数年寝かせて自然乾燥させておく必要もあり。それもあってなかなか物が少ないって話をしてましたね。

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小林:岡部さんはこの頃のことで印象に残っていることはありますか?

岡部:そうですね。なんかいろいろ思い出すんですけど、アーティストの増田拓史さんからいただいた可動式の展示壁を「この展覧会で活かしてみよう」という話になって、はじめて館内の展示で使いましたよね。思いのほかうまくいったなっていう記憶があります。このときは頑張って10面あるうちの6面使って、だいぶ活用させていただきました。

千葉:そうでしたね!この展覧会では、出展作家の方も6名と少なめだったので、一人一人の作品数を多くご紹介できたのかなと思います。堀田和男さんの大きいカレンダーの作品とかも展示できましたね。

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小林:カレンダーもとても大きく見応えがありましたが、意外とちっちゃい、10円から100円玉ぐらいのサイズの《365日》という作品も好評でしたね。日付と、その日が何の日か書かれているのですが、来館者の方から「私の誕生日がないわ」とか言われたりとかして。(笑)いろいろお話してくださるお客さんも多かったですね。どういう経緯でできた作品でしたっけ?

岡部:パッソ10周年のときにできた作品ですね。実は共同制作みたいな作品で、背景に色がついてるのはunicoの青木玲子さんが描いたものです。当時パッソのスタッフだった黒澤さんのアイディアで、パッソで展示したときには、白い綿の上に散りばめられていた記憶がありますね。

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千葉:堀田さんからは、グリーティングカードをいただいたこともありました。

小林:最近もやってるんですかね。なんか、当時は新しく入ったスタッフの方とか、堀田さんが好きな方にいろいろ作って渡すっていうのが恒例と言われてましたけど。

大政:最近だと、新しく入ったスタッフの人をイメージしたティッシュケースを作るってお伺いしました。

千葉:年賀状もあまりもらったり書いたりしなくなっていた頃に、グリーティングカードをいただけるのはすごい嬉しかったです。

岡部:グリーティングカードですが、カードというよりも、実はカレンダーで。これも四季折々の絵が12ヶ月分でセットになってたんですよね。展示のとき、数字の日付の部分と絵の部分をどんなふうに見せていこうかとみんなで話したのを覚えてます。でも、やっぱり面白いのは、堀田さんの“誰かに渡す”という行為ですかね。

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大政:さっき、「年中行事」っていうお話もあったと思うんですけど、美術館の外にかまくらを作ったのもこの展覧会のときでしたか?

千葉:そうでしたね。

岡部:それを作ろうっていう発想は、千葉さんとわたしで開館の頃にドリームプラン的に話していたんですよね。かまくら、というよりは雪を箱に詰めて積んでいく「イグルー」のような作り方でした。

千葉:その年は雪が少なかったからか、大きすぎたからか、最後は完成までいかなくて屋根のない「青空かまくら」という結果になったんですけどね。(笑)みんなで作戦を練って、作って、楽しかったですね。結構天気良くて、このかまくらの中から空が見えていいねなんて言って。

岡部:なんか、「ローマのコロッセオみたいな感じだよね」って、話してましたね。すごい雰囲気は良くて、子供たちもすごく喜んでくれて。夜中に水かけて凍らせようかとか、いろいろやった記憶もあります。

千葉:やりましたね。「かためるといい!」って言って。

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小林:あと、この展覧会では山形のわたしの会社に所属されている岡崎美由樹さんにも出展いただきました。千葉さんは、岡崎さんのことは結構前から注目してたんでしたっけ。

千葉:そうですね、わたしが学生だったときから岡崎さんご本人とはお知り合いでしたが、作品との出会いは少しあとでした。本当に一つ一つゆっくり描いていく方で、作品数はそんなに多くなくて。岡崎さんは「干支」を毎年描いてるんです。

小林:わたしの会社さんでカレンダーをつくるために絵を描いていたんでしたっけ。

千葉:そうですね、目的の1つはカレンダーですけど。それがなんかずっと、面白いなと思っていて。一つ一つの色面がブロック状のようなかたちになっているので、自分で塗り絵を作って、塗り絵をしてるみたいな雰囲気で。色塗りがすごい丁寧でおもしろいんです。なんかそういう世界観が、いいなあと思いました。
そうそう、岡崎さんはこれをみなさんに見てもらって、それを楽しむっていうのも一つの喜びだったそうです。堀田さんのグリーティングカードにもちょっと近いような、季節だったり、「今年の干支は何どしだね」って言ったりするのを、他の方と共有して喜ぶっていうのが、このときの展覧会と親和性があったなと思ってます。

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小林:さっきもお話がありましたが、髙田さんはご本人から確か「新作をその場所で作りたい」っていう熱い想いで来てくれましたね。

千葉:作品は一晩のうちに描きあげてくださいました。タイトルも《ワープゲート》というタイトルで。お猪口の中に絵の具がもりもり入った作品と、ひとつはパネルの絵画、あとは紙に描いた作品。その3つで構成しているけど、絵の具は全部共通で連動している感じの作品でしたね。

岡部:このグラスの作品だけじゃなくて、絵の具がモリモリしている作品はどれも触りたくなっちゃいましたね。

千葉:表面は展示終了後までには乾いていたと思うんですけど中までしっかり乾いてないと思ったので、梱包の際は表面が触れないように手作りの梱包ボックスを試行錯誤で作って、返却させていただきましたね。山形にご返却に伺った際には「これ画期的ですね。」と喜んでもらえましたね。あのまましばらく保管してくださったそうです。

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小林:あと柵瀨茉莉子さん。本当は、今年の春に横浜美術館でちょうど展示の予定があったんですけどね。それが今回のコロナで延期という形になってしまいましたね。でも、当時から注目されてたというか、注目してたというか。

千葉:喜多方で滞在制作されていたことがあって。ちょうど作品を持っていらっしゃる方も近くにいらっしゃって。

岡部:美術館が開館するまえに、横浜のBankARTさんで拝見した記憶がありますね。来館いただいたときに、はじまりの美術館のカフェスペースの壁の桟を縫ってもらったのも思い出深いですね。「もっと大胆に縫っていただけたら」って言ったけど、遠慮されて、「いや、これでいいんです」って。小さく縫っていかれたのを、覚えてます。

小林:意外と控えめでしたよね。(笑) この、「残してもらう」っていうのはなんかTURN展のときに淺井裕介さんがこっそり自分の作品を残してってくださって。なんかその後から、やっていただけそうな方には「ぜひどこかに残していってもらえたら」みたいなふうになったような記憶があります。

千葉:それからあとも何か残っているんですか?

大政:滞在して制作される作家の方は当初よりは増えてるんですけど、結構、大きすぎる作品だったり、何かを残しにくい方が多いかもしれないです。淺井さんの作品とか、柵瀨さんの作品は隠れ作品みたいにふとしたときにみつけられるものだと思うので、ぜひお客さんにも美術館に来た時に探していただきたいです。

千葉:足跡を残すっていう感じですよね。

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柵瀨茉莉子さんの隠れ作品は、今もはじまりの美術館に残っています。
ご来館の際は、ぜひ探してみてください。


岡部:八重樫さんも直接ご自宅に作品をお借りしに伺いましたよね。なんか、いっぱい箱を開けて、どれが良いかその場で選んで借りてきた覚えがありますね。

千葉:八重樫さんはこの展覧会の前あたりまでちょっと作品をお借りするのが難しい状況だったみたいですね。展示したい方やお願いしたいって思ってる方はたくさんいたみたいですけど。最近はヘラルボニーさんとコラボされていたりしますね。当時、日本財団所蔵じゃないものだと、かなり久しぶりの出展だったんじゃないかと思います。

岡部:そうですね、最近だと、岩手県立美術館が何点か所蔵されているみたいですね。

千葉:でも、思い切って出展のお願いしてよかったですね。あんまり公開されてなかった横長の作品も展示できて、ありがたかったですね。

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小林:あと、このときに「コタツ」と「書き初め」のイベントを初めてやったのかな。写真を見るとコタツが出てますね。

大政:自分が最初にコタツの写真をFacebookで見たのは、このときだったかなと思います。

小林:そうですね。企画の主旨にもある年中行事の発想から「書き初めもやってみよう」っていうことで。それから毎年恒例の企画になってますね。あと、「雪囲い」の企画については、「昨年この土地展でも好評だった」っていう形でこの土地展のチラシにも書いてるんですよね。書き初めはチラシには書いていないですが。

千葉:あとからイベントを増やすときもあったときかもしれないですね。初期はなかなかイベントできなかったですもんね。

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小林:あと、「冬にマルシェをやろう!」っていうのは、確か開館前に岡部さんと千葉さんで企画ラッシュしてたときにすでにアイデアとして出ていたと聞いています。はじまりの美術館準備室の予定表に、「極寒アートキャンプ」みたいな。なんか、そういう企画ありましたよね。

千葉:はい。開館前は結構ドリームプランを出していましたね。

小林:猪苗代は冬だと「雪かたし」とか大変で冬を好きじゃない方も多いけど、せっかくだから「冬を楽しもう!」みたいな、そういう意図があって。それで、真冬でもマルシェをやろうみたいなふうに繋がってたのかなと思います。「冬も頑張ろう!」っていうような気概があったんだなって。

千葉:「冬を楽しもう」っていうのが最初からありましたよね。どうしても冬は、寒いし雪かきが大変でそれで手いっぱいでになってしまって、なかなか気持ちも外に向かない感じがありました。でも雪はきれいですし、寒い冬があるから実りもあって。

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岡部:展覧会のタイトルの、「この土地の」って言ったときに、千葉さんが思い浮かぶ「この土地」のイメージは、あった感じですか?

千葉:私にとっては、そのときは猪苗代だったんですけど。「作家さんごとの土地かな」というイメージがあったと思います。なんだろう、「この土地」自体は寒いイメージがありました。

小林:企画の主旨文を読むと、最後の締めのところで、「それぞれの土地での生活とゆっくり向き合いながら、丁寧に暮らしていくための一つの糸口になることを願います」っていうことが書いています。これがですね、けっこう今このコロナの状況で、なんていうか、向き合わざるを得ないというか。そういう状況も起きてるんですけど、なんだか重なる気がします。

千葉:農閑期みたいなイメージがありますね。うん。あとはそうですね、猪苗代は、結構雪で閉ざされちゃうというか、往来が減るというのもあってそれも意識してたんですけど。たしかにちょっと感慨深いですね。今のコロナも、何ヶ月か「雪で行きにくい」というのは少し違いますが、どこか重なりますよね。猪苗代はもともとそういう緩やかに閉ざされた期間があったんだなって思います。だから、なんでしょうね。本当にゆっくりとした一人一人の物事や時間との対話があるのかなと思います。

岡部:展示作品に「こけし」を選んだのも、その辺りがあったような気がしますよね。やっぱり農閑期の冬ごもりの時期に手作業で稼ぐみたいな。今もステイホームでDIYが人気みたいですよね。週末になると100円ショップやホームセンターがだいぶ賑わってますね。みんなそれぞれに、この時間と向き合ってるのが、今の状況ですね。

千葉 :お菓子作りも流行ってますね。一人でこもってなにかに向き合うのに向いているかもしれない。そして、コミュニケーションはこういうオンラインでもできて、実際に会ったりというのが減ってきてるけど、1人で黙々となにかを作って表現するっていうのはできる。いやあ、物を作るっていいですよね。

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岡部:なんかあれですよね。ほくほく東北展のときも思ったけど、そういうときってやっぱり「障害」を感じるというか。雪だったり、ウイルスだったりで当たり前だと思っていた普段のやりとりが遮断されていて、生きづらい状況が目の前に立ちはだかっている状況があって。外へ向かえない分、意識が内に向いていると言うか。なんか、だからこそ“うちに開いて”いろんなことが表現しやすくなるっていうのは、そういう状況もあるのかなみたいな。

千葉:そう思います。岩手はいまだに感染者はゼロですが、安心はできないし、モヤモヤすることも多いし、私の周りの方たちは慎重に過ごしています。休館している施設も多く、営業を見合わせしている店舗もありました。ゴールデンウィーク頃までは外出している方もかなり少なかったように感じますが、最近は対策しながら外出している方が増えたように思います。Cygの場合は4月上旬から実店舗は休業していましたが、5月30日から会場予約制で再開予定です。

小林:千葉さん、今日はお忙しいところありがとうございました。cygさんでも、はじまりの美術館の記録集を取り扱っていただいてますし、引き続き宜しくお願いします。ぜひ落ち着いたら、またはじまりの美術館に遊びに来てくださいね!

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