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【ラジオ連動小説①】紺碧etc.『Please pretend to be alive.』

こんばんは、灰澄です。
今回掲載させて頂いているのは、Youtubeに投稿したラジオ動画に、ゲストとして参加して頂いた、紺碧etc.さんの作品です。

ラジオは二部構成となっており、前編では、現役の看護師である紺碧さんに、「看護師の一日とキャリア、給与」、「死と向き合う職業」といったテーマについて、インタビュー形式でお話を伺いました。

後半では、この小説を題材に「喪の儀式」、「個人的な死と客体的な死」、「日常と死の儀式」といったテーマについて、文芸雑談をしております。

創作の参考に、看護師という職業についての解像度を上げるということを念頭に置いて立てた企画でしたが、「死、喪失、サバイバーズギルド」など、普遍的なテーマにも深く触れ、より面白い内容になったと思います。

もう一編、続けて投稿する小説も、動画と連動した内容となっております。どちらの作品も、企画を抜きにして本当に面白いので、是非ご一読ください。

ラジオ前編:【ラジオ#01前編】現役看護師に色々聞いてみた
      https://youtu.be/rvgy451H_Po

ラジオ後編:【ラジオ#01後編】文芸雑談「喪の儀式・日常と死」
           https://youtu.be/xrF8FfdSfZI



 人は死してなお、あなたのこころの中に生き続けると言われるよりも、あなたの血と骨となって共に生き続けると言われたほうが、なんだか納得できる気がする。世界は広いのだし、どこかに死者を食すことで弔いとする文化があるんじゃないか。そんなことをふと思った。もう二度と誰かが立ち入ることがなくなって、片付ける必要性の無くなった部屋には光も差さず、ほこりが堆積している。

 ほこりのほとんどは、衣服から出た繊維と、住人の落屑らしい。もう3週間以上何も食べていない身体は、明らかに異常を訴えていた。それでも、彼女無しに食べるご飯が、彼女と一緒にいるときと同じ味がしたらと思うと、どうしても食べられなかった。手近にあったほこりを手に取って、この中に彼女―桜子の一部が含まれていればいいな、と思った。

 桜子は、「またね」と俺の手を宝物みたいに大事に握ってくれたその翌日に、飲酒運転のトラックに轢かれて死んだ。遺体はほとんど原型をとどめていなかったそうだ。霊安室のような場所で、彼女によく似た肉塊と対面して泣き崩れる彼女の両親の隣で、妙に冷めた気持ちでそれを眺めていた。彼女はここにはいないな、となんとなく思った。だから葬式には行かなかった。葬式の日は、桜子や他の被害者が作ったアスファルトの染みの上を、数多の人が踏みつけていくのを、何時間も何時間も眺めていた。

「なんなのあんた、桜子のこと好きだったんじゃないの、大事だったんじゃないの」

「なんであの子に会いに来なかったのよ」

「あんたが代わりに死ねばよかったのに」

 献花にやってきた桜子の友人は、俺を見るなり声を荒らげた。何も言えずにいたら、存外に強い力で突き飛ばされて頭がくらくらした。擦りむいた手から流れる血を見て、なんで俺が生きているんだろうと思った。

 よく見ると、灰色のほこりには何色もの繊維が混じっていた。桜子はこの部屋で、どんな色の服を着ていただろうか。祈るような気持ちで、ほこりを口に入れて桜子の気配を探したけれど、桜子はどこにもいなかった。いつ開けたのかも思い出せないペットボトルのお茶で、無理やりほこりを流し込む。また一つほこりをつまみ上げて繊維を探す。

 藤色のパジャマ、お風呂上がりに本を読んでいた窓際のソファー。緑のワンピース、玄関前の姿見。紺色のパーカー、仕事帰りにシャワーを浴びる気力もなく寝転んでいたテレビの前のカーペット。青のブラジャー、二人で寝たベッド。グレーのスウェット、桜子は向かって右側の席。ピンクのウサギのぬいぐるみ、小さなローテーブル。色とりどりの繊維、一緒に洗濯物を干したベランダ。

 部屋を見渡せば、ほこりを見れば、俺の中にこんなにも濃厚に桜子がいる。

 桜子は、たしかにこの部屋にいた。それでも俺がほこりを全部飲み込んでしまったから。桜子を残らず食べつくしてしまったから。桜子はとうとうどこにもいなくなってしまった。

 俺は激しく嘔吐して、それから、明日は桜子の好きだった料理を作ろうと思った。

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