君は女だったり男だったりどっちでも無かったり神さまだったりする。それって素敵だね。

 雨の日に体調が悪くなる。昔はそんな事なかった。ここ数年の内に坂道を転がる様に悪化を一途を辿っている。

 最近は相も変わらず来るべき排気口新作公演の台本作業であるが、勿論、鋭意難航中だ。ほんの少しづつだが何となく形を思い浮かべているが、これは富士山で例えるならまだ自宅で靴の紐を結んでる辺りだ。要は全然ってことだ。トホホ・・・。

 約2週間近く、毎晩の様に酒を呑んでいた。その全ての夜において寝入りばなの記憶を失っている。私が飲酒によって失った記憶を捏ねて、炒めて、塩とコショウで味付けをして、いつか酒宴のツマとしてみんなに振舞いたいぐらいだ。

 大抵は行きつけの店で呑むのが常として、その後に私邸で朝まで呑むがお決まりのコースとなっているのだが、思えばそれは頑なに私が西荻窪以外で呑もうとしない我儘によって成立しているのだと気が付くと、周りの寛容さに感謝しなくてはいけない。その感謝もすぐにハイボールの炭酸と一緒に消えてしまうのだが。

 ダントツで行きつけの店がある。一時期は週4で通っていた。世の中の「行きつけ」という現象がそうであるように、名前も顔も覚えられている。そこのハイボールが何故だがめちゃくちゃ美味いのである。10杯以上呑んでしまう事もザラだ。今は遠く離れてしまった人も、今も変わらず呑んでる人も、新しく仲良くなった人も、疎遠だったけどまた吞むようになった人も、そこで初めてあった人も、私の酔いで胡乱な眼球が、シンプルな店のテーブルと椅子に、多くの酔いを共にした時間と1人1人の思い出が蓄積されている様に映す。

 少し前の事だ。店先でぼんやり煙草を吸っていると、目の前で初老の酔っ払い3人組が騒いでいた。肩を組んでなにやら楽しそうだ。「アリカメさん(恐らくそう言っていた筈だが定かじゃない)が元気になったら今度は4人で呑もう」「それまでお互いに元気でいよう」「絶対にまた呑もう」そう口々に言い合う様を見つめていた。

 酔いは、この世界からの逃避だ。それは現実逃避と呼ばれるものだ。それでいい。だから私も酒を呑む。逃げていい。目を背けてもいい。

 時々、そういった事を正そうとする奴らが現れる。逃げるんじゃない。目を背けるんじゃない。闘いなさい。乗り越えなさい。等々・・・。

 この世界で、現実という地平に立って編まれる営みはそんなレースみたいなものなのだろうか?血を吐きながら続ける永遠のレースなのだろうか?

 そのような側面があるのは否定しない。そのレースを走るランナーも否定しない。しかし、そこからドロップする全ての事も否定されるべきではない。

 初老の3人組の足取りは随分と危ないものだった。それが酔いから来るものなのか、老いから来るものか、それは分からない。それでも、その足取りは「また呑もう」と言い合いながら駅前の方へと去って行った。凡そその姿はとてもランナーの様には見えない。へばりつく様に、もう諦めてしまう様な、不揃いで、カッコのつかないものだった。

 「アリカメさん(もしかしたらアリタさんだったかも)元気になれよ!!」1人が叫んだ。

 名前を呼ばれたアリカメさんなる人物を全く想像出来ないのだが、男性なのか女性なのかどっちでも無いのか神様なのか、ともかくその名前はこうして傍観者であった私の記憶に残り、アリカメさんが預かり知らぬところで、こうやって文章として書かれている。

 それでもアリカメさんの元気を祈ってみたい気持ちだ。名前だけしか分からないのに私の胸の中にアリカメさんの輪郭が浮かび上がるのだから不思議だ。

 もう初老3人組の姿形を思い出すのは難しい。それでも、例えば、いつものように私がくだらなく酒を呑んでいる時に、奥のテーブルの騒音が耳につく。それからこんな風な声が聴こえてくる。「元気になってよかったね」「ようやく4人で呑めるよ」瓶ビールの追加がテーブルに置かれて、そうして4人は乾杯する。「アリカメさんの快気を祝って」

 うろ覚えの名前を頼りにいつか、その響きが酔いの喧騒の中で聴こえる様に。出来れば、まだ私がそこまで酔っ払っていない時間帯に。

 アジカンがのんとコラボした楽曲『Beautiful Stars』作詞作曲は我がゴッチ。演奏はアジカン。堪らなくキュートに歌うのんが素晴らしい。

 冒頭にのんは高らかに歌う。「give me my name back(私の名前を返して)」

 そこには芸能事務所とのゴタゴタで名前を奪われた過去をもつ能年玲奈ではなく、素晴らしいロックをかき鳴らすのんが確かにいた。

 この世界は多くの不条理と理不尽に溢れている。名前を奪われる事がある。アリカメさんはもう元気にならないかもしれない。明日、私は酔って転んびそのまま死んでしまうかもしれない。

 『Beautiful Stars』はこの1節で終わる。「i got my name back(名前を取り戻す)」私は素面と現実に奪われた酔いを取り戻す。全ては取り戻せる。どんな方法でもね。例えばこんなに明るいパワーポップの響きの中で。命だって取り戻せる。誰かが貴方の名前を忘れない限り。

 世界はそこんところは優しい。独りにならないように出来上がっている。良いのか悪いのか、そこんところは分からないけれど。

  全ての酔いの穏やかさを祈って。

 

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