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(短編ふう)アラフォー占い師

〈痕跡を消す夢〉をみた、と男は言った。

「お待ちしていました。」
彼女は男を見上げ、いつも通りのセリフをゆっくりと言った。
そうすると客は皆、そろってハッとしたように固まるのだ。
男も一瞬動揺を見せた。
しかし、すぐに小さな苦笑に変わった。
占い師の、見えすいた常套手段だと気づいたらしい。
ばれてしまったので、ひとまず彼女も苦笑して返す。

一年前、彼女はこの仕事についた。

アクティビストの主張に臆した経営陣がブランドの統廃合を決め、彼女の手がけてきたブランドの売却が決まった。幸いすぐに買い手が現れ、彼女のチームの雇用も新しい会社に引き継がれて一時は安堵したものの、結果は失敗。ブランドは市場から撤退となった。
環境を丁寧に因数分解して整合性あるストーリーで顧客に寄り添えば、ブランドは必ず成功する、という信念を持っていたが、社内人脈の蓄積もサポートしてくれる決裁者も持たない壁は大きかった。とにかく提案がなかなか通らない。執拗に点検され、その応答ばかりに時間が費やされる。タイミングを失し、狙うことが何も実行できないまま、ブランドの業績はみるみる下降してしまった。
業績が下降すれば、もとから小さな信用が更に縮小する。
提案はますます通らなくなる。
ブランドは口数の少ないうつむきがちな少女のようになってしまった。
撤退の提案が決裁されるのを看取って、彼女も退社した。

風土が合わなかった、としか形容しようがない、と諦めた。
諦めると、いくらかさっぱりした。

会社勤めはこりごりだ、という気持ちはあったが、食べていかなければならない。前職のキャリアが有利に働きそうなところ、そして、ブラックでなければいい。
そうして、インターネットを使ったマーケティングリサーチの会社を選んだつもりだったが、配属先は〈占い部門〉だった。

「やあ。とうとういらっしゃいましたね。お待ちしていました。」
第一声で、面接官は言った。
同世代のアラフォーと思える背の高い面長な男だった。
「採用です。」
指示された椅子へ座ると、まるでその所作が採用基準だったかのように、ほぼ腰を下ろすと同時に採用された。
奇妙な面接で、不安はあったが、入社してみると社の雰囲気も仕事の内容も案外、自分に合っていた。
〈占い部門〉は、マーケティングリサーチ部門で蓄積したビッグデータを操るノウハウをベースにしていた。〈占い〉は、顧客データを元に商品を開発・改良して販売施策を組み立てるという彼女が慣れた手順と同じだった。
会社は、数か所、リアルの占い店も持っていた。いくつかは店とは呼べない路端の椅子とテーブルだけの場所だったが、それらが顧客接点となって会社のブランドイメージを形成しているふしもあった。

彼女も、ときどき街頭の店にでた。

ーー夢占いの依頼は多い。

男は、トイレの水洗を流した後、他に痕跡を残していないか、部屋の中を慎重に点検する犯罪者のような夢をみたという。
短い経験の中でも、似た夢の相談は幾度か聞かされたことがある。
振り払いたい過去を払いきれずにいるような、後悔に蓋をしようとするような夢、である。
あるいは、新たな出発を決意するような。
ひとは同じような夢をよくみるらしい。

「1万枚のコインを空に放った、と想像をしてみて下さい。」
彼女はおもむろに右手でコインを放る所作をした。
それから、1セント硬貨を5枚、ビロードの布が敷かれたテーブルに放ってみせる。

「これは5枚ですけど、一万枚あると思ってください。そして、放った一万枚が、全て〈表〉になる様子を想像してみて下さい。」
5枚は、テーブルから落ちないように小さく放られたが、表、裏、まちまちに散らばっていた。
それを、占い師は一枚、一枚、表にしていく。

「あり得ない確率です。しかし、確率がどうであれ、それは一度起きればいいのです。」
指先で丁寧に整列させる。
「幸い時間はいくらでもある、という前提です。一万枚が全て〈表〉となるまで、何億回でも、何兆回でも、やれる時間があります。〈富岳〉の計算スピードでやれば、それ程長い年月は必要ないかもしれません。」

「そうです。はい。想像してください。今、それは起きました。」
テーブルのコインは全て表を出して並んだ。
「たった一回おきればいいのです。そして、一度、起きてしまえば、それは絶対です。起きる確率はとても低いですが、起きるには一度でよく、起きてしまえば、もう取り消せません。痕跡と言い換えましょうか? 痕跡を消せば、また、消した、という痕跡が生まれます。痕跡は痕跡の上に成り立ち、その上にまた痕跡が生まれていきます。」
男は5枚の1セント硬貨を見下ろし、それが一万枚、表に揃う様子を想像しているようだった。

この演出は、研修で覚えた。
「ビッグバンは一点に始まり、その起こる確率は極めて小さかったかもしれませんが、それは一度でよく、その一度が起こり、その一点から時間も空間も始まりました。いろんな粒子が飛び出してぶつかり合います。無限に近い数の粒子です。それらの粒子がどのように飛び散り、互いに衝突しあうか、無限の可能性がありました。しかし、実際に起こったのはその中のひとつです。無限に低い可能性ですが、起こってしまえばそれ以外にない必然となり、直後にはもう痕跡となっています。それの連なりが、今のこの時空まで続いています。過去だけではありません。痕跡の上に痕跡が生まれ、その上にまた痕跡がつながるわけですから、痕跡は未来までずっとつながります。未来から振り返ってみるとすべての痕跡がつながっています。つまり、今のこの時空に未来の痕跡もあります。全ては記録されているのです。古来、これは〈アカシックレコード〉と呼ばれています。〈アカシックレコード〉は、膨張する宇宙の全記録です。〈占う〉とは〈アカシックレコード〉を覗きみることとかわりありません。〈夢〉は〈アカシックレコード〉にアクセスした痕跡です。顧客が〈アカシックレコード〉とのつながりをイメージできれば、〈占い〉は格段に受け入れられやすくなります。一万枚のコインは成功率50%の前振りテクニックです。是非、使えるように鍛錬してください。」
と、講師役の社員は説明した。
「実際は、顧客の話を引き出しながら、話の中の気になるワードをこの水晶型端末で当社の開発した占いパターンに照らしていきます。もし、話の流れから個人が特定できれば、アプリの方が自動的にネットの中の顧客情報も拾ってきます。まあ、言ってみれば痕跡だらけのネット空間が〈アカシックレコード〉みたいなものですね。」

〈痕跡夢〉の男は、彼女との会話から自分なりの答えを得たようだった。

「あと10日もすれば、満開となりますね。」
占いを終えて、彼女は端末をテーブルの下に戻しながら言った。
枝ばかりの桜を見上げる。
男は通勤にこの路を使う。なので、毎年、満開の夜にはライトアップされ、あたりが幻想的な異空間になるのをよく知っている。

「よろしければ、当社アプリはお手元のスマホにダウンロードもできますけど…」
アラフォー女占い師は、最後に自社アプリ(課金あり)を宣伝するのも忘れなかった。

―了―

(刺激受けた本)
ブルーバックス 時間の終わりまで ブライアン・グリーン著
光文社新書 死は存在しない 田坂広志著


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