ハイカムシカ  日常+空想

読む、書く が好きなひと界隈に移住してきました。 忘れ難い記憶や吐き出しどころのない妄…

ハイカムシカ  日常+空想

読む、書く が好きなひと界隈に移住してきました。 忘れ難い記憶や吐き出しどころのない妄想を、小説ともエッセイとも呼べないような「短編ふう」にして消化しています。消化不良で、一度投稿した後、書き直して、更新することあります。

マガジン

  • ハイカムシカ文庫(南館)

    読んで癒されたり、笑えたり、いつか読み返したい素晴らしいクリエーターたちの記事を集めた棚です。

  • ハイカムシカ文庫(本館)

    これまで投稿した、自身や知人、知人の知人の体験話をもとにした(短編ふう)の棚です。短編ふうは、最初の計画と違い、ほぼ実際の出来事をなぞったエッセイ的なものもあれば、ほぼ創作に近く妄想が広がってしまったものなど、いろいろできてしまいました。50記事後のカテゴリー分けを目指します。

最近の記事

  • 固定された記事

(短編ふう)転生してゼノン討伐に参戦する。

倒れた老木に下半身を挟まれて動けない。 もう腰から先の感覚が残り少ないのがわかる。 視界の空は遮るものがなく高々として快晴だった。 鬱蒼と新緑が生い茂った森林生態系保護地域の初夏だ。 おそらく樹齢150年くらいの老木だった。 立っていた場所が青空の穴になっている。 繊細な森は、ぽっかりと空いた穴の影響でこれからしばらくの間、少しバランスを崩すだろう。でも、穴を中心に新たな新陳代謝が起こるはずだ。そのままそっとしておけば、やがてまた、少ない言葉では言い表せない多彩な緑が集う空間

    • (短編ふう)視線、感じる。

      人手不足なのか、仕上げた本人が白い厨房姿でテーブルまで運んだ。 「きた、きた。」 「明太濃厚カルボナーラ大盛の方、…」 料理人は、向かい合って座る二人を見比べる。 「あたし、です。」 窓側に座って店内を向いた女性が、軽く左手を上げた。 幼顔の美人だ。 トン、と小さな振動があり、薄緑の格子模様が入ったテーブルクロスの上に置かれる。 女性が胸の前で軽く音のない拍手をして迎えたので、誇らしさを感じたのは料理人ばかりではない。 背の高い青年が向かいの女性の後ろを案内されていく。

      • (短編ふう)本日にて、閉店。

        頼んだ甘辛ナス炒めはいっこうに来る気配がなかった。 厚いグラスジョッキの生ビールはとうに飲み干している。 店内は、満席。 週末買い出し先の定番の一つにしている大船ヨーカドーと空中廊下でつながった別館にある中華料理店である。 別館の一階は昔、三越のギフトセンターだったと思うが今はBOOKOFF。 二階は、以前はもっと多くの食べ物屋が揃ったレストラン街だったが、今は100円ショップがスペースをとっている。サイゼリアを除けば、フロア全体になんとなくシニア向けの空気が漂う。 当の中

        • (短編ふう)三人のキャサリン

          東京都美術館で、肖像画《キャサリン・チェイス・プラット》を観た。 101.9×76.7cm。油彩・カンヴァス。 1890年、ジョン・シンガー・サージェント作。ウスター美術館所蔵。 未完成だというが、自然を律する数式のような美しさである。 キャサリン・チェイス・プラットは、椅子の背に肘を掛け、半身をやや傾けてあずけている。鼻筋の通った横顔をみせて、凛と前方を見ている。身に着けたドレスに、あたりに差す光が運んだ多様な色彩が淡く映えている。深淵な背景に紫陽花が咲きほこり、彼女

        • 固定された記事

        (短編ふう)転生してゼノン討伐に参戦する。

        マガジン

        • ハイカムシカ文庫(南館)
          27本
        • ハイカムシカ文庫(本館)
          17本

        記事

          (短編ふう)大統領は心痛する      タイムカプセル2

          のび太の机はタイムマシーンの入口だが、実家の机は抽斗自体がタイムカプセルだ。 〈不適切にも程がある〉表現を含む40年前の自作を実家で発掘した。 まだベルリンに壁があった時代の代物である。 ――――――――― 題:大統領は心痛する M大国の大統領は近頃とみに機嫌が悪かった。 ライバルのN大国に先を越されっぱなしだからだ。 ここ数年、N大国は世界中を、あっ、と言わせる科学的大発明を矢継ぎ早に発表している。 どこでもドア、竹コプター、タイムふろしき、若返りの妙薬のαZグロムイ

          (短編ふう)大統領は心痛する      タイムカプセル2

          (短編ふう)アラフォー占い師

          〈痕跡を消す夢〉をみた、と男は言った。 「お待ちしていました。」 彼女は男を見上げ、いつも通りのセリフをゆっくりと言った。 そうすると客は皆、そろってハッとしたように固まるのだ。 男も一瞬動揺を見せた。 しかし、すぐに小さな苦笑に変わった。 占い師の、見えすいた常套手段だと気づいたらしい。 ばれてしまったので、ひとまず彼女も苦笑して返す。 一年前、彼女はこの仕事についた。 アクティビストの主張に臆した経営陣がブランドの統廃合を決め、彼女の手がけてきたブランドの売却が決ま

          (短編ふう)アラフォー占い師

          (短編ふう)痕跡は消せるか?

          〈大〉の方へレバーを押した。 これで全て終わりだ。 痕跡は一切残していない。 はず、だ。 排水口へ液体が渦を巻いて吸い込まれていくのをじっくりと観察する。 流れ切った後、透明な水がゆっくりと再び溜まっていく。 そこに何もまぎれている様子はない。 全てはすっかり流れ切ったようだ。 給水タンクの上の手洗いも確かめる。頭を垂れる姿に突き出た蛇口から水が補給され続けている。濁りのない水だ。 盥部分にも痕跡は見当たらない。 問題ない。 ん? 待てよ? 自分は一体、何を流す必要があった

          (短編ふう)痕跡は消せるか?

          (短編ふう)新婚6日目のプレゼント

          6日目ぐらいだった。 帰宅すると、妻からプレゼントを渡された。 いわゆる授かり婚で、それまでお互い実家生活だったので、新しくアパートを借りて一緒に暮らすようになったものの、大きくはかわらない生活リズムの中にいた。休日に内輪で式を挙げた以外、ハネムーンに行くこともなかった。 妻もまだ、普通に仕事を続けていた。 半年後には子供が生まれるわけなので、結婚指輪こそそろえたものの、婚約指輪をプレゼントできる余裕もなかった。 定かでないが、6日目、ということにしよう。 新婚6日目。

          (短編ふう)新婚6日目のプレゼント

          (短編ふう)嫁と姑と平たい餃子

          母は、嫁の言葉に耳たぶを真っ赤にしていた。 「アレをつくったの? ご、ご両親に?…」 「はい。…?」 一時期、帰省時に母と料理をするのが妻のブームだった。 最初のきっかけはコロッケだった。 「コロッケ、家で作るのね。」 帰りの車の中で、一緒につくったコロッケをいれたタッパを膝の上に抱えながら、妻はやや興奮気味に言っていた。妻の実家では、コロッケはきまって親しい総菜屋で買っていたらしい。 姑に習ったコロッケを実家の両親に振舞ってみせた。 両親はただでさえ娘の料理姿など見た

          (短編ふう)嫁と姑と平たい餃子

          (短編ふう)タイムカプセル

          実家の机の抽斗から、半世紀前の創作文が出てきた。 のび太の机はタイムマシーンの入口だが、実家の机は抽斗自体がタイムカプセルだ。 原稿はすっかり日に焼けてしまっている。 ―――――――――― 題:幼少の頃 幼稚園の頃、「おひるねのお時間」という一見とても悠長時間があった。 一見、である。 その実は眠かろうが眠くあるまいが無理矢理ひとを毛布の中に押し込めるのだから、眠くないこっちはたまったものじゃなかった。 実際、私は一度だって本当に眠ったことはない。眠らないと後で肝油ドロ

          (短編ふう)タイムカプセル

          (短編ふう)花曇りのち春雨

          長い入院から帰ってきた妻が、いつもの時間に玄関で靴を履く音がした。 退院後、幸い日に日に日常が戻り、妻は体力回復の為に午前十時の散歩を日課にし始めた。 もうすぐ雨が落ちてきそうな花曇りだ。 雨になりそうだから今日はよさないか、と促したが、妻は日課を変えようとしない。 在宅勤務で手元の作業をしているばかりだったので、一緒に歩くことにした。 薄い雲に陽は遮られているものの、空気には春のぬくもりがある。 入院を境に妻との会話が増えた。 入院中、コロナの規制は厳しく、直接の面会は

          (短編ふう)花曇りのち春雨

          (短編ふう)酔いどれ美人

          花冷えの夜だった。 下りの最終電車を送り出した後、構内に残る人の退去を促すようにホーム全体を消灯する。バチン、バチンとホームの灯りが消えていく。 時間が逆回転するようにバチン、バチンとホームの灯りが点いていく。 夜の底に煌々と照らされて、空っぽな舞台のようになったホームを見回る。 ホームの灯りを受けて、側道の桜並木がうっすらと色づいた。 下りホームの端のベンチで、彼女は酔いつぶれていた。 薄緑の春コートを羽織って、半身をベンチの袖に突っ伏していた。 すらりとしたふくらはぎが

          (短編ふう)酔いどれ美人

          (短編ふう)傘とミルクチョコ

          歴史に詳しくないので曖昧に書きとどめる。 その「傘」の前に立ったのは、もうずいぶん前のことである。 7月から9月の終わりまで、つまり、初夏から秋の始まりまで、その田舎町に居た。 この町を有名な観光地にしている17世紀の作家が、美しい少年と比べたその夏の中で3カ月を過ごしたことになる。 小さな町で、端から端まで、30分も歩けば横断できた。 交通も不便で、週末に湧いて出る観光客は、いったいどうやって来るのか、不思議に思えるほど、周囲は視界の果てまで田園だった。なにを栽培している

          (短編ふう)傘とミルクチョコ

          (短編ふう)忘れられない美術教師の言葉

          校庭は、傾きかけた午後の陽で埃っぽいクリーム色をしている。 生徒たちは自分の椅子を持って教室へ引き上げ、見学にきていた家族たちも大方帰えり終えた。 役員の親と教師、運営の生徒たちが、残りの後片付けをしている。 運動会の片づけが凡そ終わろうとしていた。 朝礼台前でマイクの後始末をしていた生徒のひとりが遠くから名前を呼ばれた。呼んだ教師の指さす方を見上げて、了解の合図をして校舎の中に走っていく。 見上げた方の校舎の窓は、内側から貼られていた「赤白がんばれ」の画用紙もいつの間にかは

          (短編ふう)忘れられない美術教師の言葉

          (短編ふう)ウィリアムのバイト先の話

          ◆ アーサーを寝かしつけて戻ってきたサラに、アンは昼間の話をした。在宅勤務でかまえない姉のかわりに大学はクリスマスマス休暇のアンが日中一緒に過ごした。 アーサーはおとなしくテーブルで待っていた。 平日14時の旧市街のバーは、喫茶メインで遅い昼食を軽くとるひとが多い。 比較的空いてのんびりとしていた。 「買ってきたよ。」 幼児用の椅子が見当たらなかったので、壁に据付のソファーシートに座らせたアーサーは、小さな顔がようやくちょこんとテーブルの上にのぞく格好だった。 「ちょっと低

          (短編ふう)ウィリアムのバイト先の話

          (短編ふう)スピリチュアルな国で問われたこと

          一年を通して暖かい、夏の長い国だった。 容赦ない厳しい陽射しから身をかばって、商店が連なる軒の下を、陰を選んで歩く。 それぞれの店の前、お祈りのためのテーブルが広げられている。長い線香を供えた香炉が置かれている。あたりにふんわり煙って、おかげで心なしか湿気が和らいでいる気がする。 香炉を囲んで金銀包装の菓子袋がにぎやかなに飾られている。 「毎月の2日と16日に、こうして商売繁盛を祈願します。5日と18日には家族のことを祈ります。」 街を案内してくれた通訳の彼女は、正確に

          (短編ふう)スピリチュアルな国で問われたこと