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美談よりも苦談が美しい。苦しみを慈しみに

人の魅力は陰影に潜んでいる。

ただ底抜けに明るいだけだと、なんだか薄っぺらい。闇があるから光が美しいのであって、闇なき光は無機質な白に過ぎない。眩しい光の裏に、ちらりと底深い沼の陰りが見えた時、その人に厚みが生まれて立体的な人間味を帯びる。

取材では必ずつらかったことやしんどかったことなどの苦境を聞くようにしている。我ながらデリカシーの無さになけなしの良心が疼くが、モラルは打ち捨て、苦しみを根掘り葉掘り聞く。相手が眉根を寄せ、閉口し、目を伏せても、無言でじっと待つ。そしてようやく相手の苦いはらわたが出てきて、ずるりと出切ったとき、その苦しみをどう乗り越えたか聞く。

読者が求めているのはただ明るく前向きな美談ではない。「どうやって苦境を乗り越えたか」だ。順風満帆に成功した話は平坦な絵空事のようで、等身大の平凡な自分と重ならず、共感できないから興味が持てない。

まだ乗り越えていなければ、それはそれでいい。どう苦しみと向き合い、接して、今の自分を生きているのか聞く。たとえまだ乗り越えていなくとも、苦しみを背負い立っている人は美しい。苦しみを知っているだけで、そのまなざしは深く鋭くなる。わかりやすいサクセスストーリーがなくとも、その人の在りようを、佇まいを描くのは書き手の義務であり、腕の見せ所だ。

これは何も取材される人に限った話ではない。私たちひとりひとりの苦しみに、実は人を励ます力が眠っている。私たちの心のひだに張りついている闇に、線香花火のようにやわくゆらめく光が潜んでいる。私たちの陰影に、私たちを人たらしめる力が宿っている。

「自分の苦しみにも人を励ます力がある」と思うと、しんどくてももうひと踏ん張りできる。苦しみを慈しみに昇華させて生きていきたい。

aki kawori | Twitter


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