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「言われる前に察しなさい、動きなさい」の呪縛。

写真は、上野周辺のお寺の前の立て札。

これ見て、ふっと、母の教えを思い出した。

前も書いたけど、私の生まれ育った山形には、おしんという偉人がいて、滅私奉公が美徳、みたいなところがあった。

私が母からよく言われていたのは、

「言われる前に動きなさい」

子どもの時、共働きだったから、めちゃくちゃお手伝いする子だったんだけど、今思うとそれって、↑の言葉に縛られてた。

学生時代の飲食店でのバイトでも、気遣い合戦についていけなくて、居心地悪かった。

社会人になってからは、「指示待ちではだめだ」みたいなことを言われて、いつも追い立てられてるみたいで辛かったよ〜。


得意な人には、苦にならないかもだけど、私にとっては、

「察する」って、正解がないし終わりもないから、常に気を張って、めちゃくちゃ疲れるんです。

私が疲れ果てるのは、これですね。

これも、できないのにやろうとして自分の心を偽ってるからかな?


で、最近ちょっとした齟齬で、ある人と揉めたことがあって、

話し合ってわかったことは、

結局、相手が何を考えてるかは、聞かないとわからない

という至極真っ当な話。

察し合戦してても、どんどん本意じゃないところにズレていくだけ。

こちらがよかれと思ってやったことが、迷惑になってたり、意図しないでやったことが、悪意に取られたり、悪循環に陥ってた。

今回は、早めに軌道修正できてよかったけど、今後は、ちゃんと言葉で伝え合いましょう、ということになった。


ということで、私は察することを諦めます。

そう決めたら、心が軽くなりました!


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