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ロシアの核魚雷ポセイドンはどれほどの脅威か

ロシアの核魚雷ポセイドンが世間を騒がせている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b41da999f15381dffe5e4ae8da674f2f76494945
 
ポセイドンは射程距離1万kmで核弾頭はTNT火薬2メガトン相当。広島型原爆の134倍の破壊力だという。炸裂すれば、高さ500mの津波を発生させるとのこと。
 
本当だろうか?
どうもロシアのプロパガンダ臭い。
実際に公表された数字を使って計算してみよう。
 
広島型原爆のエネルギー量は、6.28×10^13Jである。
これを134倍すると、8.42×10^15Jとなる。
1J(ジュール)は、0.102gの物体を1m持ち上げた仕事量であるから、海水を500m持ち上げたとすると、その量は16.8億トンということになる。
これは高さ500m×半径1000mの水柱とほぼ同じ量で、例えるなら東京ドーム1350杯分の膨大な海水ということになる。
 
ただ、これはエネルギーをすべて運動エネルギーに変えた場合、である。
実際は海水を蒸発させる熱エネルギーに転化され、その蒸気圧によって海面を持ち上げるのだ。
 
では、どれだけの海水が蒸発するのか計算してみよう。
水の蒸発熱は2242kJ/kgである。
したがって蒸発水量は最大で3450万トンということになる。
これは半径200mの球体の体積とほぼ同じくらいである。
水は水蒸気になると体積は1700倍に膨張するが、それは大気圧下の話である。
気泡は深海の圧力で海面上に押し出され、発生した蒸気圧のほとんどは海面を飛び出し開放される。
そして圧力が抜けたところに海水が流れ込み、中心部が持ち上がる。
この時の高さが500mとすると、水柱の半径は100mほどになる。
 
これだけの海水量が三浦半島沖で持ち上がり、同心円状に広がって行ったとしたら、どうなるだろうか。
サインカーブを断面とする同心円がドーナツ状に広がっていくことを想像してみるといい。水の量を不変とすれば、距離が離れるにしたがってその高さは低くなっていく。
 
計算すると、爆心地から1kmでは波高75mあまり。
30km離れた横須賀基地では波高13.5m、東京湾の最奥部までは75kmあるから波高9mまで下がることになる。
 
んん?
何だか大したことないな、と感じるかもしれない。
 
どうしてこうなってしまうかというと、大陸棚近くの浅海域で爆発が起きているからだ。
水深400mで波長1000mとすると、波浪の周期は16秒程度でしかない。
東日本大震災の大津波は、水深1600m下で発生し長さ400kmもの断層面が隆起したので、津波の周期は40分と非常に長かった。
 
エネルギー量もけた違い。
東日本大震災を惹き起こした地殻変動は、広島型原爆の31,792個分に相当する膨大なエネルギーだ。
水深1600mもの重たい海水を5mも持ち上げたのだ。
 
震源域の長さ400km×幅200kmの上に乗っかっている海水の重さは、実に128兆トン。富士山の重さがだいたい1兆トンくらいだというから、富士山128個分を5m持ち上げたということになる。
海溝型地震はすさまじいエネルギー量だということが分かるだろう。
 
横須賀にダメージを与えるには、東京湾内にまで入り込んで起爆させるしかないが、さすがにその前に探知されるであろう。
日本近海、殊に太平洋沿岸には海底ケーブルが多数敷設されているが、このケーブルには各種センサーが設置されており、微弱な地震や津波でも水流・水圧・傾斜・磁気・音響で津波や地震の振動を即時に感知できる。もちろん、潜水艦のスクリュー音もこのケーブルの上を通過すれば即座に探知できてしまう。
 


TeleGeography社のサイトより。
 
むしろ心配なのは、東京湾に集中する火力発電所だ。
東京湾には東電管内の火力発電所の70%が集中する。
これらが稼働停止した場合、首都圏への電源供給力の50%が失われることになる。
 
前例がある。
東日本大震災では福島県の広野火力発電所に9mの津波が押し寄せ、敷地内は4mもの浸水被害を受けた。1基目の復旧までに96日、全面復旧までに127日を要した。
浸水深1mの鹿島火力発電所でさえ、1基目の復旧までに21日、全面復旧までに66日かかっている。
首都圏直下型地震への備えがあるとはいえ、これらのインフラ設備へのダメージは決して無視できないレベルになるだろう。
 
とはいえ、先で上げた記事のように核魚雷1発で東京が一撃で消滅する、なんてのはそもそも無理な話であることが分かるだろう。
ロシアのデマゴギーをうのみにしてしまうマスメディアの無能さは今に始まったことではないが、コメントしているお偉い先生方も本当に自分で計算してみて発言しているのか疑わしい限りだ。
 
意外と知られていないかもしれないが、東日本大震災を上回るエネルギーの自然災害が毎年のように日本を襲っている。
それは日本に上陸する台風である。
平均的な台風が持つエネルギーの大きさは、広島型原爆の10万個分だという。
つまり10の18乗Jオーダーのエネルギー量だ。
 
台風は海水に蓄えられた潜熱を運動エネルギーに変換する熱機関の一種である。
大型台風になると、1000km以上離れていても太平洋沿岸沿いに土用波が押し寄せ、活発化した前線により集中豪雨などによる被害をもたらす。それもこの膨大なエネルギーの解放のためだ。
 
日本人は太古よりこうした自然災害の恐ろしさを身に染みて体験してきた。
人知の及ばぬ神として、その猛威を受け入れるしかなかった。
古代ギリシャ神話のポセイドンの名を冠した核兵器よりも、台風の化身である一つ目の龍神・天津彦根命(アマツヒコネノミコト)の方がすさまじく恐ろしい存在であったのだ。

(追記)
上記の計算は持ち上がった海水量を波浪のリングの広がりに転化しただけであり、現実には海水の粘性や衝撃波、波浪形成によるエネルギー損失が大きく、津波の大きさはもっと小さくなります。
米軍が行った核実験による実測データをもとにした計算結果は下記の通り。

水深100mで爆発させた場合の距離と津波高さ


爆発水深を変えた時の距離10kmにおける津波高さ

この計算によると、水深100mで爆発した場合では30km離れた横須賀基地では波高2.3m、東京湾の最奥部75kmで波高0.9mまで下がることになる。
水深50mでも横須賀基地では波高3.5m、東京湾の最奥部75kmで波高1.4mということになります。
つまりほとんど被害はないということになる。
やはり重たい海水を動かすというのは、それだけで膨大なエネルギーを必要とするうえ、発生した熱量もあっという間に冷却され散逸してしまう。
今のところ使いどころがない兵器としか言いようがない。

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