八島 且典 株式会社hachibei crew 代表取締役社長

実家は祖父の時代から続く精肉店。18歳で親戚が営む豆腐店に丁稚奉公に行き、商売のイロハを学ぶ。1年後福岡に戻り大学に進むが、中退し家業を手伝うことに。それが現在の「焼とりの八兵衛」に発展する。1983に前原本店を開店し、福岡、東京、ハワイ、ベトナム、マニラなどに店舗を展開。

八島 且典 株式会社hachibei crew 代表取締役社長

実家は祖父の時代から続く精肉店。18歳で親戚が営む豆腐店に丁稚奉公に行き、商売のイロハを学ぶ。1年後福岡に戻り大学に進むが、中退し家業を手伝うことに。それが現在の「焼とりの八兵衛」に発展する。1983に前原本店を開店し、福岡、東京、ハワイ、ベトナム、マニラなどに店舗を展開。

    最近の記事

    社員は毎月研究開発費1人10,000円、図書購入費3,000円使えます。

    株式会社hachibeicrew 2022 これからを考えると、まずはこうなった。あっという間に時代が変わってしまった。 コロナ禍においては トップダウンの指示系統が 重要だった。 毎日、毎日 決断を迫られた。 言葉にできないくらい 迷った。 けど決めなければいけないことが山積み… 次から次へと状況が変わる。 しかし、それでも 前へ進まなければ。 今までは 美味しい料理 カッコいいお店を作れば お客さんも働く人も集まってきてくれた。 それで良かった時代。 有限会社肉のやし

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      • 商店からカンパニーへ!

        (写真は当時スターバックス角田会長と八島・東北復興支援の会にて) 六本木ストーリー 最終話 「奇跡」 まさかの出来事… しかし、嬉し過ぎる出来事! 力石先生のほうをみると ニコニコ笑ってらっしゃる。 「ねっ喫茶店のオヤジさんと、パン屋のオヤジさんでしょ?笑」 「先生、、、マジでシャレになってないすよ。。汗」 先生の超一流のジョーク。 たぶんもうこの先一生経験ないだろうくらいのジョーク。 先生は 人を喜ばせたり 驚かせたり 楽しませたり お役にたったり が本当に大好きなん

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        • とにかくわからない。どうしていいのか…。けれど突然光はさしてきた!

          この時僕は52歳くらいだったと思う。ずっと現場に立ち続けることが一番良い事だと思っていた。実際に55歳くらいまでは毎日現場に立っていた。 一番良い事をしてるのに何故うまくいかないのか? わからない… 商売をしていた両親の背中を見て育った。毎日休まず働けば必ず報われると信じていた。 それが音もたてずにすっと消え去ろうとしていた。 なんだか 胸というか心臓というか そこにある魂みたいなものが ふっと落ちてしまう。 ふっと落ちて力尽きてしまう。 そんな感じがしてた。 六本木

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          • 六本木ヒルズ出店!これが一番キツかった。

            また、まさかの事態を引き起こしてしまった! 苦しい目にまた合う。 それは背伸びをして 仕事するから。 それは悪いことでなく 良いことだと思う。 仕事って少し背伸びして 無理して苦しんで そして成長するんだと思う。 苦しいときは 伸びてるとき。 けど、この時は全くそんな風に思えなかった。 情け無い話だが どうしていいかわからないし ノイローゼになりそうだった。 第4話 「大混乱」 六本木店が3周年を迎えて売り上げがやっと上がってきたころ信じられない事が起きたのです。

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            福岡と東京ではこんなにも違うのか…すべてが噛み合わない。スタッフも離れていく…

            六本木ストーリー 第3話「失意の日々」 ずっと赤字の日々が続き、頑張っても頑張っても売り上げがあがらず。 焦りというよりはむしろ強烈な敗北感におそわれていました。 前原だったからうまくいかなかった。 天神などの繁華街で勝負したら必ず勝てる! 東京だったら尚更うまくいくに違いない! そんな目論見は一瞬にして消え去りました。 都会には都会の商売のやり方がある。 わからない、 どうしていいのか、わからない。 一年たっても二年たっても… 商売の恐ろしさを 震えるほど 吐き気が

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            2008東京進出→見事に挫折

            (写真は当時の八島・ミッドタウンにて) 六本木ストーリー 第1話  「六本木店 オープン‼️」 よし!東京で勝負しよう! と、専務の掛け声から全てがはじまりました。 その当時は、 まさに機は熟した!とみんなが思っていました。 前原店→天神店→上人橋通り店→もつ鍋八兵衛 とすべてが順調であった当時。 私達に怖いものなんてなかった。 一通りの失敗も経験し、全てが完成形で、成功の定義は我が手中にありと。 八兵衛スタッフの誰もが成功を信じて疑わなかったと思います。 当初は専務が

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            えんどう豆の串揚げ誕生秘話!見るだけの修行。

            六覚燈物語その五 「えんどう豆の串揚げ」 私の一言から始まった 弟・淳也の修業。 実はその頃淳也は 家業の肉屋と兄貴の焼き鳥屋と両方手伝っていました。 どこかに修業へ行く間もなく 肉屋と焼き鳥屋の手伝いが忙しくなってきてました。 私は大阪の豆腐屋へ丁稚奉公へ行った経験があるのですが。 結局、どこにも修業に行ったことがなかったのです。 その事をオヤジさんは知ってて淳也を短期間ではあるけど「引き受けましょう」 と言ってくれたのだと思います。 その事が嬉しくて嬉しくて 有難

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            怖くて震えてた天神店オープンの時。

            六覚燈物語 その三「ポチ袋」 オープンして3日目でした。 大阪から六覚燈のオヤジさんがご夫婦で八兵衛天神店に来てくれたのです! おお!嬉しかとです! とはならず。。。 とても恥ずかしくて恥ずかしくて顔もまともに見れませんでした。 あんだけ大口叩いたにもかかわらず お店はヒマでヒマで その時は親戚のおいちゃんとその友達しかお客さんがいなかったのです。 何より恥ずかしかったのは まともなメニューすら出来ていなかったことです。 社員はおらず 私とバイトだけ 仕込みも一人

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            本当に若気のいたりというか、なんというか…。

            六覚燈物語その二 「仕える身」 それからも鬼のように喋りまくりました。 「僕はですね、本当に美味しい焼き鳥焼けるんですよ。 本当にトリキモなんか日本一やと思います! だから居抜きの店舗も改装してカッコいい焼き鳥屋を作ろうと思ってるんですよ! 僕の実力がやっと発揮できるとですよ! 絶〜〜対!負けんとですよ! 今までは田舎やったからダメやったんですよ! 味のわかるお客さんがすくなかったんでしょうね。 東京、大阪の焼き鳥を食べ歩きましたけど負けてないすよ! 自信持ちましたよ

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            本を読もう

            わかったと思うな。 この本はアマチュアゴルファーの神様と言われた中部銀次郎さんの本です。 人生にもビジネスにも 通じる本ですね。 勝手に自分を縛っていないか 何事も検証、確認が肝心 上達を阻むもの、要するに虚栄 インスピレーションには逆らわない 心の有り様をおろそかにしていないか などなど ビジネス書みたいな 目次がならぶ。 最後に 心の鍛錬、これに尽きると思う。と書いてある。

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            人生では出会う力と恥をかく力が大切だと思う。

            僕の飲食人生においてターニングポイントとなった出来事です。 (写真は天神店オープン当時のものです。大阪「えんや」の曽我健二くんもいるよ。) 六覺燈物語(ろっかくてい) ワインと串揚げのお店「六覺燈」様との出会い その一「出会い 2000年の4月頃の事です。 まだ、前原店だけでした。 二号店を天神に出すことが決定して、どうしても確かめたいことがありました。 「果たして八兵衛の焼とりって全国ではどんくらいのレベルかいな?」 「自分では美味しいと思うとるばってんが他の焼

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            「八兵衛のみんなへ」最終話

            ※「八兵衛のみんなへ」は、私八島の経験を元に焼とりの八兵衛のみんなへ参考になればと思い、書き記しております。 常連さん6割超えたら赤信号 最終話 そしてゴルフの仲間や友達などの、悪く言うと溜まり場的なお店になっていたのです。
お店に行けば誰か友達がいるだろう。
だから1人でも行ける。
それはそれでいいのですが。
その光景はあまりいいものではありません。
他のお客さんにとっては心地良い雰囲気とは程遠いものです。 5年間休まず働き続けて…
一人前になったような気がして…
ゴル

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            「八兵衛のみんなへ」第2話

            この時、本当に忘れられない苦い経験をしました。 もう、馬鹿としか言いようがない… ※「八兵衛のみんなへ」は、私八島の経験を元に焼とりの八兵衛のみんなへ参考になればと思い、書き記しております。 常連さん6割超えたら赤信号 パート2 店主なとが常連さんと談笑してることも、時にはご新規さんには心地よくないものです。 私は焼き台から知人などと会話することが多いです。 その時はカウンターに座っているお客さんも巻き込みながら大きな声で話をします。 どうせ、冗談ばかりなので他のお客

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            note始めます。

            飲食の世界のみんなへ これまでのブログなども移行しますので是非フォローお願いしますね。 このブログはhachibeicrewのスタッフにあてたメッセージのシリーズの第1話です。 10年くらい前に書いたのかなぁ。 創業当時から 六本木店オープン までのうまくいかなかった話シリーズです。 なんでうまく行かなかったは読んでみればわかりますww ※シリーズ:八兵衛のみんなへ50のメッセージは、私八島の経験を元に焼とりの八兵衛のみんなへ参考になればと思い書き記しております。

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