八島 且典 株式会社hachibei crew 代表取締役社長

実家は祖父の時代から続く精肉店。18歳で親戚が営む豆腐店に丁稚奉公に行き、商売のイロハを学ぶ。1年後福岡に戻り大学に進むが、中退し家業を手伝うことに。それが現在の「焼とりの八兵衛」に発展する。1983に前原本店を開店し、福岡、東京、ハワイ、ベトナム、マニラなどに店舗を展開。
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商店からカンパニーへ!

(写真は当時スターバックス角田会長と八島・東北復興支援の会にて) 六本木ストーリー 最終話 「奇跡」 まさかの出来事… しかし、嬉し過ぎる出来事! 力石先生のほうを…

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とにかくわからない。どうしていいのか…。けれど突然光はさしてきた!

この時僕は52歳くらいだったと思う。ずっと現場に立ち続けることが一番良い事だと思っていた。実際に55歳くらいまでは毎日現場に立っていた。 一番良い事をしてるのに何故…

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六本木ヒルズ出店!これが一番キツかった。

また、まさかの事態を引き起こしてしまった! 苦しい目にまた合う。 それは背伸びをして 仕事するから。 それは悪いことでなく 良いことだと思う。 仕事って少し背伸びし…

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福岡と東京ではこんなにも違うのか…すべてが噛み合わない。スタッフも離れていく…

六本木ストーリー 第3話「失意の日々」 ずっと赤字の日々が続き、頑張っても頑張っても売り上げがあがらず。 焦りというよりはむしろ強烈な敗北感におそわれていました。 …

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2008東京進出→見事に挫折

(写真は当時の八島・ミッドタウンにて) 六本木ストーリー 第1話  「六本木店 オープン‼️」 よし!東京で勝負しよう! と、専務の掛け声から全てがはじまりました。 そ…

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えんどう豆の串揚げ誕生秘話!見るだけの修行。

六覚燈物語その五 「えんどう豆の串揚げ」 私の一言から始まった 弟・淳也の修業。 実はその頃淳也は 家業の肉屋と兄貴の焼き鳥屋と両方手伝っていました。 どこかに修…