福岡と東京ではこんなにも違うのか…すべてが噛み合わない。スタッフも離れていく…
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福岡と東京ではこんなにも違うのか…すべてが噛み合わない。スタッフも離れていく…

八島 且典 株式会社hachibei crew                  代表取締役社長



六本木ストーリー
第3話「失意の日々」

ずっと赤字の日々が続き、頑張っても頑張っても売り上げがあがらず。
焦りというよりはむしろ強烈な敗北感におそわれていました。

前原だったからうまくいかなかった。
天神などの繁華街で勝負したら必ず勝てる!
東京だったら尚更うまくいくに違いない!
そんな目論見は一瞬にして消え去りました。

都会には都会の商売のやり方がある。
わからない、
どうしていいのか、わからない。
一年たっても二年たっても…

商売の恐ろしさを
震えるほど
吐き気がとまらないほど
痛感しました。



色んな方面の人に相談にいったり
他店舗の経営を聞きにいったり
メニューを変えたり
値段を変えたり
多過ぎだったアルコールの分量をおさえたり
すべての経費を抑えたり
とにかく勉強した。

そして、少しづつではありましたが売り上げが上がってきました。

あの頃、一番大変だったのはスタッフだったと思います。
迷いながら苦しみながらの経営。
何人かのスタッフはやはり離れていきました。
離れざるをえなかったのでしょう…
正直に言うと恥ずかしい話ですが、私は本当に意気消沈していたからです。

そんな私は元気で陽気な東京スタッフに助けられてきました。
それに福岡スタッフの強力なバックアップがなにより心強かったです。




今日があるのは、今まで歴代働いてくれたバイトさんやスタッフさんがいたからこそです。


そんな六本木店。
遂にその日が来たのです。
3周年を終えた翌年2月に目標だった売り上げ(過去最高)を達成したのです!

やった…
やればできる。
みんなのおかげだ!
よーし、これから攻めるぞー!



ホッとしたのもつかの間
翌月
3.11、東北大震災!

また、街から人が消え去りました。

(当時一番苦労したであろう森キミヒデマネージャー)

この震災をうけて六本木ヒルズが景気が悪くなるであろうことを予想してテナントリニューアルを開始。
八兵衛が候補にあがる。

つづく

 

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八島 且典 株式会社hachibei crew                  代表取締役社長
実家は祖父の時代から続く精肉店。18歳で親戚が営む豆腐店に丁稚奉公に行き、商売のイロハを学ぶ。1年後福岡に戻り大学に進むが、中退し家業を手伝うことに。それが現在の「焼とりの八兵衛」に発展する。1983に前原本店を開店し、福岡、東京、ハワイ、ベトナム、マニラなどに店舗を展開。