キメラのいた系譜 第三部 4

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 それから四ヶ月経っても、彼と彼の友人の仲が修復することはなかった。年を越し、中学受験の本番を一か月後に控えた彼は、他の中学受験組と同様、受験を終えるまでは学校を休むこととなった。朝ベッドで目覚めてから、その日の最後にまた同じベッドに収まるまでの一日中、自室に閉じこもり、机に向かって入試の過去問を解いていた。時折家の外に出ることはあっても、それは塾に通うときだけだった。今この瞬間にも自分は、子供としての大事な何かを失いながら、段々と、机にしがみつく機械のような存在へと変身しつつあるということなのかもしれない、そう思うことはあっても、もう全ては遅かった。やはり彼は、いっそ完全な機械になりきることで困難を乗り切ろうとした。その戦略は非常に上手くいったが、ある段階に入ると、彼の中ではどこか頭打ちになったような感覚が生まれてきてしまった。それはもはや宿命的な感覚ですらあった。ある火曜日の夜、彼は薄暗い自室の机に向かいながら、第一志望校の三年前の入試問題を解こうとしていた。算数の問題で、ある一人の小学生が自宅のマンションから学校へ向かう通学路の途中の、文房具店までの距離を五分で歩き、二分間だけ文房具店に留まり鉛筆を数本買ってから学校へ向かうのだが、その道中で二十秒毎に、買ったばかりの鉛筆を一本ずつ落としてしまう、その小学生と同じマンションに住む別の小学生が、道に落ちている新品の鉛筆を拾いながら、落とし主を一定の速度で追いかけつつ学校へ向かう、しかし落とし主の方も、全ての鉛筆を落としてからちょうど三十秒後に自分の愚かな失態に気が付き、鉛筆を拾いにもと来た道を一定の速度で戻る、やがて二人は道中で出会い、落とした新品の鉛筆は無事全て回収され、二人はやはり一定の速度で仲良く学校へ向かう、さて、二人が学校に着く時刻は何時何分何秒だろうか――くだらない、と彼は無意識のうちに呟いていた。
「こんな問題、解く価値もない」
 実力からして彼は全ての問題を解くことが出来たはずだった。しかし、得体の知れない宿命が決してそれを許さなかった。つまりはそこが彼の限界だったのだ。長い間学校を休んでいて、他人と接する機会が極端に減っていたせいもあったのかもしれないが、彼は小学生にして、どんどんと自分の内側に入り込むようになっていった。そこで何度も自分の限界を目の当たりにし、冷水のような絶望感に身を浸した。自分の内側に入り込み過ぎて、外の世界には無頓着になっていた。たとえ自室のベランダに、夜闇を明るく照らすほどに光り輝く天衣を身にまとった、絹のような肌の、美しい少女の形をした天使が舞い降りたとしても、このときの彼は気が付かないはずだった。相変わらず一定の周期で夏草の香りがする緑色の尿を排出し続けていたが、自分がキメラと呼ばれる特殊な人種である事実も含めて、そのような日常も、彼にとっては自分の外側での出来事、ベランダの天使でしかなかった。あらゆる苦悩が身に溜まっていたが、自分ではそれを苦悩とは認めずに、両親や塾の担任講師にも相談することはなかった。狭いところに閉じこもっているというよりは、まるで誰もいない広大な月面を一人さまよっているような感覚に近く、その内なる月面の世界を理解できるのは自分一人だけだと考えていた。いつの間にか、そういう孤独な道を貫くことでしか得られないものがあると信じるようになっていたが、この考え方は、今後の彼の人生においても長い間、まるで呪いのように付き纏うことになった。
 結果として、彼は複数の中学校に合格したが、その中に第一志望校は含まれていなかった。彼は第二志望校に進学することになったが、実際のところ、彼の中では第一志望も第二志望も大して変わりがなかったために、そこまで大きな悔しさがあったわけでもなかった。そもそも彼はだいぶ始めの段階から、「為るようにしか為らない」と、あらゆる手を尽くした後で、結局自らの頭頂における禿げの侵攻はもう受け入れる他ないのだと悟ってしまった男を思わせる形で、全てを諦めきっていた。
 その感覚は、最後の入学試験を終えた直後でも彼の中では健在だった。全てを終えて、校舎をわらわらと出て行く大勢の同志たちに紛れながら、彼はぼんやりと校門に向かって歩いていた。校門の前には、戦いを終えた自分の子供を迎える母親たちがそれぞれ緊張した面持ちで、こちらもわらわらと溜まっていた。彼はその中からすぐに自分の母親を見つけ出した。校門前にずらりと並ぶ同じような母親たちの中で、彼の母親は唯一、悲しげな表情を浮かべていた。涙を堪えているようにすら見えた。
「東京のお祖父ちゃんが、亡くなったの」
 彼は最後の入試を終えたその足で、母親と共に父方の祖父母の家へと向かうことになった。電車に乗っている間、携帯電話でメールを確認していた母親がついに堪えきれず涙を流し、彼に向かって呟いた。
「お義父さんが亡くなったのは、十二時半頃だったんだって。あなたの受験が終わるまでこの世で見守ってくれていたのよ、きっと」
 夕暮れになり、空が青みがかったオレンジ色に染まった頃、二人が祖父母の家に着くとそこにはすでに彼の父親がいた。息子の彼は悪いと思いながら、抑えようのない好奇心にかられて自分の父親の顔をじっと見てみたが、父親の顔には涙を流した跡はなかった。父親はまず最初に、「試験はどうだった?」と息子に聞き、「まぁまぁだよ」といつも通りの返事を聞くと、「そうか」と満足そうにうなずいた。手早く自宅葬が行われたが、参加していた親族の誰もが互いに悲しむ隙を与えないよう、時間はたくさん余っていたにもかかわらず、わざと諸々の作業を急いでいるように見えた。電車では堪えきれず涙を流していた彼の母親も、祖父母の家に着いてからは顔を俯かせて色々と働いたが、もう泣くことはなかった。喪主を務めた故人の妻、つまり彼の祖母も、葬式の最中は一度も涙を見せず、葬式が終わった後も、夫の死体を入れた真っ白い棺を火葬場へ運び、荼毘に付し、すっかり変わり果てた姿になってしまった、軽石のような夫の骨を親族の皆と一緒に黙って竹製の長い箸で拾い集め、小さな骨壺にほとんど無理やり押し込むというときでさえ、長年連れ添った妻というよりは、まるで数多の死線を共に潜り抜けてきた戦友を新たな戦地へ送り出すときのような真剣な表情を浮かべて、一筋の涙も見せなかった。「これで終わりではないですからね」と彼の祖母は言った。
「どうしようもない現実は、これから後にやってくるんだよ」
 出席していた親族は全部で十数人いたが、中でも一番小さい子供だった彼にとっては、彼の両親、彼の母方の祖父母、喪主である父方の祖母の他は、今までに顔も見たことのない者たちだった。親族の中には一人の若い男がいた。ひょろりとして背が高く、痩せていて、喪服として着ている黒いスーツがいっそう体の細い印象を与えていた。乞食のように頬はこけていたが、顔色は良かった。長髪を頭の後ろで束ね、葬式にふさわしい黒色の地味なゴムできつく縛っていた。親族皆で火葬場を後にするとき、ずっしりと重い骨壺を抱えて一人よろよろと歩いている喪主に向かって、その若い男が場違いな、朗らかな調子で話しかけた。
「義姉さん、僕が持とうか」
 義姉さんと呼ばれた喪主は、ゆっくりと男の方に顔を向けた。夫が死んだときから少しも変わらない真剣な表情のまま、男の顔をじっと見つめた。「やっぱり、私の幻覚じゃなかったんだね」と喪主は言った。
「まさか、あんたが生きてるなんてね。それもそんな若い姿で」
「やだなぁ」と若い男は笑った。
「僕が老けないのは当然じゃないか。何しろ僕は、根っこさえあれば何度でも生え変われる、最初にして唯一の、完璧な植物人間なのだから」
 その男は三十四年前、前の前のテロ戦争の終わりに、庁舎の爆破事件に巻き込まれて無残にも死んだはずだった、あの、全ての始まりの兄弟の弟だった。死んだ頃と変わらない若い姿のまま、その男は自分の兄の葬式に現れたのだ。本人の言う通り、男は最初にして唯一の、完璧な植物人間だった。男の言う「根っこ」は東京郊外の、誰も立ち入らない山奥のさらに奥の方にある、電流の走る高い柵に囲まれた特別な原っぱに、厳重に管理されていた。男の体が死ねば「根っこ」は独りでにそれを察知して、新しい男の体をにょきにょきと生やした。まるで呪術の域に達するような、生物物理学と電波工学の融合により、新しい体は、以前の体が死の直前に発する特別な電波を受け取ることで、以前までの体における古い記憶をほとんど正確に引き継ぐことが出来るという仕組みだった。しかし、どうしても引き継ぎの誤差は生じた。若い体を保とうと生まれ変わりを積み重ねると同時に、引き継ぎでの誤差も積み重なっていき、人間としてのまともな分別や、自分やその周りについての記憶も段々と曖昧になっていった。そのくせ質の悪いことに、自分は神のように全てを把握できていると思い込んでいた。
「何もかも、僕のシナリオ通りだよ」
 男はそう言うと、父と母の後を黙ってついて歩いている、一人の少年の小さな背中を見つめてにやりと笑った。
「あの子の勝敗が、この壮大なゲームの結末を決定するんだ」
 腹の底から湧き起こる興奮を抑えきれない様子で、顔面の皮膚の内側から溢れ出る柔らかな笑みを浮かべたまま、男は「楽しみだなぁ」と呟いた。

 父方の祖父の葬儀を終えて彼はようやく再び学校へ通い出したが、小学校生活はあと一ヶ月も残っていなかった。他の中学受験組は彼よりも早く学校に戻っていた。狭い校内で、誰々の合否情報などはすでにじわじわとあらゆるところに広がっていた。かれこれ六ヶ月ほどろくに口を利いていない、あの彼の元友人についての情報も自然と耳に入ってきた。もともと彼と彼の元友人とでは学力に大差はなく、志望する学校もほとんどが被っていたが、どうやら聞くところによると、彼の元友人は、彼の落ちた学校には全て合格したが、しかし同時に、彼の合格した学校には全て落ちたらしかった。つまりは、彼と彼の元友人とで、白星と黒星が見事に真逆だったのだ。驚くべき偶然だったはずだが、実を言うと彼には、そのことを聞く以前からそうなる予感が少なからずあったのだ。共通の知人を通して詳細を聞いているうちに、思わず笑い出しそうになったほどだった。「やっぱりな」と彼は呟いた。
「俺とあいつは、そういう宿命なんだ」
 受験に関するあらゆる苦悩から解放されたが、一度失ったものを取り戻すことは出来なかった。彼は勉強をこなす機械になりきったまま、残りの小学校生活を送ることになってしまった。そういう意味では、彼はその後の人生においても、なかなか消し去ることのできない厄介な呪いを背負ってしまったのも同然だった。その呪いは中学、高校生生活を経て新たな友情を得、少しずつ薄れていくのだが、人生の節々で辛い目に遭い、周期的に孤独を味わうことで、その度に呪いはどうしようもないほどの力を取り戻すことになった。再び小学校に通い始めたばかりの頃、彼は突然体調を崩した。ただの風邪だと思っていたが、夜になってどうにも吐き気が抑えられなくなった。母親は心配したが、「受験後で本当によかった」という安心感の方が強かった。念のため風呂場の洗面器を枕元に置いて、彼はベッドに横になった。目を瞑っていると意外にもすんなりと眠りに就けたが、午前二時頃、胸の底からわき上がってきた猛烈な不快感に目が覚めた。慌てて枕元の洗面器を引っ掴み、彼は思いっきり胃の中のものを吐き出した。自分の吐き出したものを見て彼は呆然となった。明かりを消した真っ暗な中でもそれははっきりとわかった、300ccほどの、驚くほど鮮やかな赤い血だった。
 意識ははっきりとしていたし、吐いた後は胸の不快感もすっかり消え去ってむしろ清々しい気分だったために、さすがに救急車を呼ぶ必要はないということになったが、夜中に突然起こされ、何かと思えば洗面器に張った赤い血を見せられ、両親はすっかり驚いてしまった。大急ぎで車が出され、息子の彼は、大学病院の緊急外来へ連れて行かれることになった。母親が家を出る前に病院へ電話をしていたが、その時に、医者に電話口で、「お子さんの吐いた血を持って来て下さい」と言われていた。しかし、丁度よいペットボトルが見つからなかった。仕方なく、買い物で使った、できるだけきれいな透明のポリ袋を選び、それに洗面器から血を注いで、袋の口をきつく縛って持っていくことにした。透明の袋に注がれた血は驚くほど鮮やかに見えた。病院でそれを受け取った中年の男の医者も目を丸くして驚いていた。「まるでルビーを溶かしたみたいだな」診察はされたが、機器を使った検査は一切行われなかった。実際、当人である彼は病院に厄介になる必要すらないと思っていた。医者に何を聞かれてもけろっとして、「大丈夫ですよ」と答えた。
「血を吐いてから、本当に気分がいいんです」
 結局、原因は明らかにならなかった。「本当に体の調子はどこも悪くないのか」と医者に聞かれ、彼が素直に、「強いて言えば眠いです」と答えると、医者は真剣な表情を見せながら、「まぁそうだよな」と言った。その日はそのまま父親の車で家に帰ったが、翌日は学校を休み、母親に連れられて再び病院へ検査に向かった。夜に来たときに彼を診たのは中年の男の医者だったが、今度は、白衣の上からも分かるような、見事な体のラインをした美しい女医が彼を担当した。その女医はまだ若かったが、彼の昨日の症状から考えられる、あらゆる病気の名前をつらつらと並べたて、それら全てに対して素人にもわかり易い、非常に丁寧な説明をした。妖艶とすら思えるほどの美しさだったが、決して下品ではなく、その女医の話し方には長年の勉強に裏打ちされた知性が溢れているように感じられた。彼はどぎまぎしながら女医からの質問に答えたが、付き添っていた彼の母親も、その女医の醸し出す雰囲気にすっかり感心してしまっていた。「小学生にはとても珍しいですけど、胃潰瘍の可能性も無くはないんですよね」と女医は言った。
「内視鏡は――あまりやりたくないよね」
 女医はそう言いながら彼に笑いかけた。以前彼は、父親が健康診断で内視鏡検査をしたときの、世界がひっくり返って見えるほどの凄まじい吐き気に長時間耐え続けたという恐ろしい話を聞いていた。彼はここで勇敢さを示すために、「全然やりますよ」と答えるよりも、子供という立場を存分に利用して可愛げに苦笑いしながら、「ちょっと、やりたくないですね」と甘える選択をとった。女医は優しく微笑み返した。
 詳細な検査は週末にまた日を改めることにし、とりあえずそのときにはX線検査をしてみようということになった。しかしその検査をしても、本質的なことはおそらく何も分からないだろうとのことだった。結局、一番確実な方法はやはり内視鏡検査だということだったが、吐血した量を見ても、おそらくそこまでの検査をする必要はないだろうとのことだった。当人の彼も含めて、その場にいた全員の胸の内に在ったのは、全てはうやむやになって解決していくのだろうという予感だった。
 翌日には、彼は再び学校へ通い出した。しかし給食を食べることは出来なかった。胃潰瘍の可能性も捨てきれないということで、少しでも胃の負担を減らすために、昼食は母親が用意した弁当を食べることになった。白飯はほとんどおかゆに近いほど柔らかかった。担任の教師には事情を説明していたが、何も知らない周りのクラスメイト達は奇妙がった。しかし彼は、どうせあと一ヶ月もしないうちに卒業してその後は他人も同然になるのだから、別にクラスメイト達に何を思われても構わないか、としか考えなかった。
「いい加減、学校の給食にはうんざりしてたんだよ」と彼は言った。
「大勢で全く同じ物を食べて、まるで刑務所みたいじゃないか」
 その言葉を彼の本心として受け取る者は少なかった。べちゃべちゃのおかゆのような白飯、鶏のささみ、卵焼き、人参、かぼちゃの煮つけなど、明らかに胃に負担をかけないよう考慮された弁当の中身を見て、クラスメイト達は彼の健康状態を察した。そうでなくとも、彼が第一志望の学校に落ちたらしいという噂はすでにクラス中に広まっていた。結局彼は、小学生生活の残りの数週間を、周りからはまるで腫れ物に触れるような扱いを受けながら過ごすこととなった。しかし彼は、おかげで孤独の時間を穏やかに過ごすことができると前向きに捉えた。卒業式の日もそれは変わらなかった。子供用スーツを着た児童たちは体育館に長々と拘束され、順番に卒業証書を手渡された。式を盛り上げるために児童たちによる合唱が披露されたが、あまりに演出的な効果を狙ったセンチメンタルな曲目だったために、参列していた児童たちの両親らも含めて、かえって感動で涙を流す者は一人もいなかった。式が終わってようやく教室に戻ると、それぞれの教室では、担任教師が前日より用意していた感動的なスピーチを披露しだした。そこで涙もろい児童の何人かがようやく涙を流したが、しかし、そんな状況でも彼の心は常に孤独の中にあった。普段使っていた机とロッカーの中身を空っぽにし、校舎を後にしてしまえば、もはやそこに残してきたものなど何一つなかった。今まで学校に通っていたせいで溜まってしまった負債とも思えるような荷物を抱えて、校門に向かって校庭を歩いていると、突然後ろから懐かしい声で呼びかけられた。
「もう二度と、出会わないことを願うよ」
 振り返ると、そこには彼と同じく、子供用のスーツ姿で不格好に大きな荷物を抱えた、あの元友人が突っ立っていた。寂しげな微笑を浮かべながら首を傾げるようにし、瞳の奥を緑色に輝かせて彼の方をじっと見つめていた。
「俺は、別にどちらでも構わないよ」と彼は返した。
「結局、人が孤独であることには変わりないからね」
 それを聞いて元友人は、子熊を思わせるような低い声で笑った。
「いっそのこと死んでしまえば、本当の孤独を味わえるぞ」
「間違いないね」と彼は落ち着いて答えた。
「ただ俺は、生きながら孤独の道を進むことに、本当の意義があるように感じるんだ」
「御託はもういい」
元友人は吐き捨てるように言った。
「どうしても俺たちの側に付かないというのなら、どっちでも同じことだ」
「お前たちの側ってのは、一体何のことだ?」
「とぼけるなよ。もうわかっているんだろう?」元友人は苛立った様子で言った。
「新人類の側ってことだよ。お前も本来は、こっち側の人間なんだぞ!」
「旧人類も新人類も関係ないさ」と彼は真面目な顔をして言った。
「何があろうと、俺は一人きりだよ」
「お前はずっとそうやって、孤独に生きていくつもりか?」
 もはや怒りを隠そうともせず、元友人は彼のことを鋭い視線で睨んでいた。彼はそれに対し、悲しげに見つめ返した。その目は元友人のことを見つめながら、元友人を通り越してその背後にある何かに対しても悲しんでいるように思われた。「何度言えば分かるんだ?」と彼は言った。
「人は、本質的に孤独なんだよ」

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