見出し画像

「焼きうどん」 けっち

画像1

Photo by Dovile Ramoskaite on Unsplash

焼きうどんといわれて、今ならすぐにそれが焼きうどんのことだとわかりますが、子どものころ「焼きうどん」といわれてもそれがなにかわからなかった。というのも、自分の家で焼きうどんを食べたことがなかったからです。おそらく母も食べたことがなかったのかもしれません。

はじめて焼うどんを食べた日のことを覚えています。それは同じマンションに住むT君の家でした。遊びに行っていて、昼ごはんを食べていく? ときかれたのです。自分の家は1階上なので、「ちょっとお母さんにききにいってくる」と言って、走って聞きにいきました。
母は「いいよ」と言ってくれたのですが、今からおもえばそれは母にとってちょっと困ったにちがいない。きっと母は今度自分もまたT君に昼ごはんを作らないといけないな、とかんじたはずです。実際、そうして何度かT君の家とうちの家で昼ごはんを交代のように食べていた時期がありました。

その日、T君のおかあさんは「ヤキュー道」だよ、と僕に言ったのです。もちろん、それは「焼きうどん」。今ならたとえ「ヤキュー」ときかれたとしても、それを焼きうどんだと脳内変換して理解できるつもりです。でも、それまで焼きうどんを食べたことがなかった。というか、うどんを冷やす概念もなかった。冷やしうどんさえ知らないくらいなので、うどんを「焼く」という概念がまったくなかったのです。

よくよく考えるまでもなく「焼きそば」は当たり前だったし、焼きそばはよく食べていたのだからそこまで「焼きうどん」に驚くこともないはずなのですが、なにぶん10歳前後の子どもというのはまだ生まれて、人間になってから10年前後なので、一度「うどん=熱い汁で熱い麺をたべるもの」と覚えていたので、それを焼くということが、ものすごく驚きだったのでした。

そしてそのT君のおかあさんがつくる焼きうどんがおいしかった。ソースをベースにケチャップも使われていたでしょうか。炒めたニンジンと刻んだソーセージも入っていたでしょうか。それは普通の焼きそばの「うどん版」でしかないけれども、やはりうどんだけあって麺が少し太くもちもちしている。そこが焼きそばしか知らない僕には新鮮でおいしかった。

家に帰って以降、母に「ヤキュー道たべた」というと、母もそれを知らず、僕もまだうまく説明できなくて「うどんを焼いたやつ」くらいしか答えることができず、母もたぶん焼きうどんを知らなかったので、僕の説明ではつくることもなく、というか、母はその後もずっと「うどん=熱い汁で熱い麺」だったので、焼うどんを実家で食べることはないです。

そんなわけで、妻がたまにつくるとき以外、僕自身が焼きうどんを調理することもないまま今に至っているのですが、焼きうどんにはおいしい思い出しかないので、自分でつくることはないけれどもちょっと懐かしくてうれしい気持ちになる食べ物が焼きうどんです。今日もありがとうございます。

この記事が参加している募集

私のイチオシ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?