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日本が児童虐待への対応に失敗した一番の理由

2000年に児童虐待防止法が制定されて以降も、児童虐待の相談件数は毎年、増加傾向にあり、凄惨な虐待による虐待死もニュースで大きく報じられるようになっています。これだけ、児童虐待が社会的に問題視され、世間の注目が高い社会問題であるにも拘らず、日本が児童虐待への対応に失敗してきた一番の理由は何か?について、私なりの見解を論じたいと思います。

2000年以前の虐待の被害者は「支援ゼロ」

児童虐待防止法は、2000年に制定された法律で、まだ22年の歴史しかありません。このため、2000年以前に子どもだった虐待の被害者は、今のように児童相談所が介入するケースが少なく、世間も「児相」に通報するという認識がとても低かったため、2000年以前に子どもだった虐待の被害者は、悲惨な虐待を受けても公的な支援に繋がらなかったケースが多々あるのです。

まず、児童虐待を管轄する国の機関である厚生労働省の虐待問題の対策構造の欠陥があると私は感じています。厚労省は、児童相談所が虐待を発見したり、本来であれば、児童養護施設などの社会的養護に保護されるべきレベルの虐待の被害なのに、保護されないで大人になる未発見・未保護のサバイバー(専門用語で、潜在的児童虐待被害者)を、支援の対象外(厚労省の管轄外)としている問題が、虐待問題が一向に解決しない最大の問題点だと私は思っています。

なぜ、虐待が施設保護レベルの重度であるのに、保護に至らないのか?は主に2つの原因があります。1つは、日本で児童虐待防止法が制定されたのが2000年であり、まだ20年という歴史が浅いことがあります。昭和や平成初期の2000年以前は、児童虐待がなかったかといえば、社会的に「虐待」というものが存在することや、「虐待」という言葉の社会的認知、児童虐待を周囲の大人が発見しても、児童相談所に通報するという知識は今とは違い、まったくないに等しい時代でした。当然、酷い虐待を受けても子どもが児童相談所や児童養護施設に保護されることは、珍しいことでした。どれだけ酷い虐待を受けても、2000年以前の子どもは「支援ゼロ」のまま大人になりました。そしてその多くが「虐待の後遺症」を患っている「現在の親世代」ということになります。

今でこそ、児童虐待への対応がなされてきていますが、児童虐待は最近、増えたというより、2000年の児童虐待防止法の制定以前からたくさんあったのです。児童相談所が虐待問題に介入したり、厚労省が虐待の相談件数の統計を取り出したのが、2000年以降で、2000年以前の被害者の数が、把握されていないという実態があります。

児童虐待相談件数

2つ目は、児童虐待防止法(2000年制定)ができた後も、児童虐待への行政の対応がすぐに整うわけではありませんから、防止法ができた後の被害者も、虐待を発見されなかったり、発見されても適切な支援(児童養護施設などへの保護)に至らなかった被害者も多いと予測されます。そして、本来であれば、施設保護されるレベルの被害児童が発見・保護されていない実態は、今もなお、続いていると思います。その証拠として、「虐待死」が今でも起きています。施設保護が必要な被害児童がみんな社会的養護に保護されていれば、「虐待死」は起きるわけがありません。以下に、「虐待された子供は、児童養護施設に保護されているか?」という記事を合わせて読んでください。

厚生労働省の児童虐待への対策構造の欠陥がある

実は、厚生労働省が児童虐待を管轄している部署は、2つあります。

①虐待課(18歳以下の今の子どもたち。施設も、施設外も含む)

②家庭福祉課(児童養護施設や里親などの社会的養護の子ども達と、社会的養護の出身者である大人たち)    

厚生労働省は、上記の2つの管轄しかなく、子ども時代に虐待が発見されないまま大人になった被害者(専門用語で、潜在的児童虐待被害者)を今でも行政の管轄外にしているのです。その理由は、以下があると私は考えています。

児童養護施設は、戦後の孤児院が発祥です。しかし、虐待がこれだけ社会問題になっている現在まで、厚生労働省の管轄部署は、上記の2つのみです。つまり、私のように、子ども時代に児童虐待防止法(2000年制定)がなく、児童相談所の介入すらなかった被害者(未発見サバイバー)で、虐待の後遺症(複雑性PTSDや愛着障害、解離性障害など)を患った『大人の虐待サバイバー』については、厚労省に担当部署どころか、担当者すらいないという実態が今でもあるのです。

厚生労働省は、潜在的児童虐待被害者という専門用語で研究者の間では、研究されてきている「未発見・未保護サバイバー」が日本に沢山いることを知ってて、完全に、管轄外のまま、無視し続けています。(厚労省の担当職員とお話する機会があったとき、その職員はこの専門用語も知っていました)。

論文数は少ないですが、研究者の間では、未発見サバイバー(潜在的児童虐待被害者)は研究されてきていますし、その数は児童養護施設など社会的養護に保護される被害者より圧倒的に多いはずです。
しかし、社会的に全くといっていいほど、潜在的児童虐待被害者の存在が認知されていないのです。

以下のグラフは、産経新聞から2020年11月に私が取材を受けた際の児童養護施設など社会的養護に保護される被害者の割合です。(以下の表は、産経新聞から取材を受けた際の記事より抜粋、https://www.sankei.com/article/20201127-7F33XBDO3NIWVKIDPNC7WBQPIQ/)。

産経新聞

社会的養護下で暮らす子どもの数は、2018年度の児童人口比で、0.25パーセントとなっていますが、虐待がまだ未発見の今の子ども達や、2000年の児童虐待防止法の制定以前の未発見サバイバーなども考慮すると社会的養護に保護される被害者は、上記の数値よりも、遙かに少ないだろうと思います。

児童養護施設といえば、誰しもその存在を知っていますし、世間的には、「虐待を受けた被害者」という分かりやすいイメージが強いですから、民間の寄付や公的支援が、児童養護施設には集中しています。充分でなくても、ある程度の行政サービスを社会的養護は受けられますし、近年では、児童養護施設にトラウマをケアする臨床心理士(公認心理師)も配置されています。児童養護施設に保護されれば、支援が受けられるけど、保護からもれた被害者は、子ども時代も「支援ゼロ」、大人になったら厚生労働省の管轄外として、再び「支援ゼロ」のまま放置されているという実態があるのです。

厚生労働省は、そうした未発見・未保護の虐待サバイバーが日本にごまんといることを知ってて、実態調査すらせず、潜在的児童虐待被害者を対応する新しい部署を作らず、重度の虐待を受けても施設保護されずに大人になった被害者に関しては、支援対象外とし、社会的養護の出身者だけを支援し続けています。

おそらく、推定数もはっきりしない未発見サバイバー(潜在的児童虐待被害者)まで厚生労働省が担当していたら、行政としては、予算が組みにくい(莫大な予算に膨れ上がります)し、仕事量も当然、増えます。だから、社会的養護の出身者の大人だけに『限定』した支援をし、虐待の被害者に対し、支援している振りをしていた方が、行政としては楽、ということなのだと個人的には思います。

厚生労働省の縦割りで、社会的養護の出身者以外の成人の被害者をバッサリ切り捨てているような実態では、虐待問題は一向に解決しないだろうと思います。社会的養護に保護される被害児童の数は、被害者全体のごく一部であり、虐待被害者の大多数を占める子ども時代に施設保護からもれてしまって大人になった被害者を厚労省の支援対象外にしている実態では、「虐待の後遺症」の支援や治療が、施設保護からもれた被害者は受けられないのです。そうした未発見サバイバーの大人(親世代)がごまんと日本にいるのです。

精神科医の杉山登志郎氏は、「子ども虐待の後遺症の深刻さに驚くと同時に、これこそがこれまでわが国において、子ども虐待への対応に失敗した理由だと確信している。わが国は、子ども虐待の後遺症を甘く見ていたのだ」と述べています(杉山, 2019)。

虐待を受けた子どものトラウマ治療や、重度の虐待を受けたにも拘らず、子ども時代に公的支援につながらず、成人後に虐待の後遺症を発症しても、適切なトラウマ治療が受けられない被害者の方が圧倒的に多く、「虐待の連鎖」が起きてしまっているのだと思います。

(注)ただし、「虐待の連鎖」が必ずしも起こるわけではなく、虐待された人が成人後に加害者になる可能性が高いという意味です。スペクトラムで考えて下さい。ちなみに、アメリカでも虐待サバイバーの犯罪率は非常に高いデータが出ています。

拙著「わたし、虐待サバイバー(ブックマン社 2019)」でも書きましたが、児童虐待防止法で子どもだけを救い出そうとする今の日本の虐待対策では、根本的な解決には至らず、虐待を受けた後の子どもや、成人後に「虐待の後遺症」を発症してしまった大人の治療がなされなければ、その大人が子どもをもった時、虐待の連鎖が起きる可能性が高く、いつまで経っても児童虐待がなくならないのだと思います。

私は、児童養護施設への保護の有無で公的支援の有無を決めるのではなく、子ども時代に虐待を発見・保護されずに大人になった被害者も施設と同様に、精神科医による「複雑性PTSDの診断基準」で、治療費の公的助成を決めるべきだと思います。施設保護の有無に拘らず、公的支援が施設出身者も、潜在的児童虐待被害者(未発見サバイバー)も、どちらも、受けられるよう厚生労働省に求める署名活動を以下のとおり、展開しています。※この記事はまだ続きます。

虐待問題が一向に解決しないのは、厚生労働省の支援から、未発見サバイバー(潜在的児童虐待被害者)が支援対象外にされているためだと私は考えています。未発見サバイバー(潜在的児童虐待被害者)の大人の支援を今後も厚生労働省が管轄外にし続ければ、児童虐待は永遠になくなりません。

厚生労働省が、子ども時代に社会的養護からもれて大人になった被害者(潜在的児童虐待被害者)を管轄内にし、虐待の後遺症が保険対象内で治療できるようにすれば、虐待問題は飛躍的に解決していくと私は考えています。

想像してみてください。近年、目黒で虐待死した船戸結愛ちゃんや、千葉で虐待死した栗原心愛ちゃんが、仮にあのまま殺されずに生きてて、児童養護施設に保護されずに大人になっていたとしたら?大人になり重度の虐待の後遺症になり、壊滅的な人生になったでしょう。しかし、壮絶な児童虐待を施設保護もされずに生き残り、大人になった被害者が、どれだけ重度の虐待の後遺症になっていても、船戸結愛ちゃんも、栗原心愛ちゃんも、厚労省は「管轄外」だと言っているのに等しい状態なのです。私は、とんでもない実態だと思っています。

日本が児童虐待への対応に失敗した一番の理由は、厚生労働省が社会的養護からもれて大人になった被害者を管轄外とし、成人の「虐待の後遺症」がまったく治療されず、次世代の子ども達への「虐待の連鎖」が止まらないからだと思います。

2000年の児童虐待防止法が制定されたとき、虐待には成人後も「虐待の後遺症」が残ること、その虐待の後遺症は壊滅的なほど重度で、精神も人生も破壊していくこと。虐待を「防止」し子どもを救い出すことだけでは不十分であり、「虐待の後遺症」への治療・支援が必要だという認識を当時の専門家たちが誰ももっていなかったために、児童虐待防止法は、ざる法になってしまっていたのだと思います。虐待を受けた後の「支援法」が今後、必要だと思います。

『虐待対策失敗モデル』を図式化してみました(羽馬千恵、考案)。

虐待対策失敗モデル

壊れていて(虐待の後遺症など)水が出っぱなしの蛇口の親を治療(修繕)しないで、水(子ども)ばかりふいている(救助する)状態が、この30年の日本がやってきた対策なのです。これでは、いつまで経っても水がなくならないのは当然です。子ども虐待がなくならない最もの理由は、蛇口(親)の修繕をしないからです。

【参考文献】杉山登志郎(2019)「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」。

※虐待の後遺症については、以下の書籍に詳しく書いています。精神科医の和田秀樹先生の監修・対談付きです。


虐待の被害当事者として、社会に虐待問題がなぜ起きるのか?また、大人になって虐待の後遺症(複雑性PTSD、解離性同一性障害、愛着障害など多数の精神障害)に苦しむ当事者が多い実態を世の中に啓発していきます!活動資金として、サポートして頂ければありがたいです!!