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舞台『閃光ばなし』が放つもの。役者・安田章大という、生きる疾走感。

役者・安田章大を、怪物と呼称したことがある。

舞台『リボルバー〜誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?〜』に息衝くもの。役者・安田章大という怪物について。

こちらの記事で観劇の記録を残した、舞台『リボルバー〜誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?〜』が幕を閉じてから約1年。
2022年秋、役者・安田章大が主演を務める舞台が、劇作家・福原充則が手掛ける『閃光ばなし』である。

9月26日、ロームシアター京都で迎えた公演初日。
あの怪物は、どんな眼で、どんな温度で、どんな匂いで、どんな手ざわりで、そこに在るのか。どう呼吸し、なにを発しているのか。
安田章大が放つ閃光を確かめたいと思い、会場に足を運んだ。

劇作家・福原充則氏と、役者・安田章大氏がタッグを組むのは本作で3度目である。
2017年上演の『俺節』、2019年上演の『忘れてもらえないの歌』(いずれも、東京・TBS赤坂アクトシアター、大阪・オリックス劇場にて上演)、そして今回2022年秋に上演する『閃光ばなし』。
“昭和三部作、完結”と銘打たれているが、作品それぞれに繋がりはない。福原氏と安田氏の両名の思考性からも、この“三部作”という括り自体にはさほど深い意味はないであろうと推察する。なんなら4作目が生まれたっていい、なくてもいい、次があるならば場面は昭和かも平成かも令和かもしれない。今の先にある未来のことはわからないが、ただ、この瞬間、舞台上でどんな光が放たれるのかだけを、この身で受けたいと思わされる。
怪物と呼びたくなるほどの役者である。既にそれを知っているのだ。期待を抱かずにはいられなかった。

いざ、開幕。
「随分と魅力的な男に仕上げてきたな」というのが、真っ先に感じた印象である。

雑誌のインタビューで安田氏は、自転車屋を営む佐竹是政という自身が演じる人物の妹・佐竹政子について、「魅力的な役」と語っていた。
そして是政については、「佐竹是政というキャラクターのレールがものすごく広く感じた」「“あなたは、これをどう調理しますか?”って投げられている感覚」「面白くするのも退屈にするのも己次第」であると。

如何様にも調理ができるその役を、彼は、意外と言うべきか、当然と言うべきか、ストレートに、妹に負けず劣らず魅力的な男に仕上げてきた。

黒木華氏演じる政子は、他人に媚びず、物怖じしない。高潔さを感じる雰囲気がある。とはいえ誠実な人間かと言えばそうではない。
冗談なのか本気なのかもわからないような様子で、佐藤B作氏演じるバス会社の会長・野田中報労を「埋めよう!」「あの時殺しておけばよかったね…」などと平気で言ってのける。
自由奔放に見えるが、地に足が付いていないというわけでもない。どこかいつも諦めにも似た、根拠のない期待をしない冷静な温度を纏っている。

その政子の兄が、小気味良い男として仕上げられていた、佐竹是政。
リーダーシップがあり、どこかカリスマ性を感じる。しかし飾らない素朴さもあるし、男も女もついつい“惚れてしまう”ような男らしい人物だ。
とはいえ彼もまた、誠実な人間というわけではない。
同じ居住区の親しい住民たちを勝手に保証人にするわ、自身の結婚式当日に現れないわ、とんでもない男である。とにかく前向きで泥臭くもエネルギッシュ。脈打つような熱を纏う。

佐竹兄妹が纏う、ひんやりとした冷たさと、ドクドクとした熱さ。
それが、この舞台の魅力そのものであると言ってもいいだろう。

舞台も終盤に近付いた頃、是政が、「俺が“皆さん”と言う時は、俺と政子の二人のことですよ。二人が幸せならそれでいいです」と軽やかにキッパリと言うシーンがある。
政子の夫の、片桐仁氏演じる柳英起がその言葉に反応し、是政を「坊ちゃん」と呼び慕う、小林けんいち氏演じる加古一郎は、「わかってましたけど、そんなハッキリ言い切らなくても」と少しいじけてみせる。

そして、我々観客も同様だ。「そんなこと最初からわかっていたさ、お前たち兄妹を見ていれば」と思う。

このシーンよりも前、是政が、結婚式に現れず深く傷つけた元恋人、安藤聖氏演じる白渡由乃と対峙する場面がある。
由乃は、「簡単に“みんな”なんて言わないでほしい。自分のためにやったって言って。自分と、大事な妹さんのためだったって」と言う。ここがとても効いてくる。是政に惚れていた由乃が言うからこそ、潔いまでに胸に刺さる。

是政も政子も、どん詰まりの住民たちが大切ではないわけではない。とはいえ、自分の金や命を懸けるほどの存在かといえばそうでもない。家族であり、兄妹であり、どこか危うい温度感がある男女にも見える、切っても切れないお互いが全ての中心だ。
我々もそうだろう。友人、同級生、同じ職場の人、名前や顔をよく知っている人たちに対して、赤の他人よりは情がある。ただ、命を懸けるか、目に見える物も見えない物も自分の大切な財産を惜しみなく分け与えるかと言われたらそれはしない。そんなことはできない。多くの人間には、血の繋がりの有無は置いておき、家族という、本当に大切な人がいるからだ。突き詰めれば、他人などどうなっても自分たちが無事に生きていればよい。
佐竹兄妹はそれを取り繕わない。どん詰まりの他の住民たちもそうである。お互い様だとわかっているのだ。綺麗事だけでは腹は膨れないし、生きてはいけない。

ただ、だからこそ是政は、自分だけが世界の中心だとも思っていない。一人一人が自己中心的な生き物で、各々に事情や生活や生命があることを当たり前に前提に考えている。
法廷での尋問の想定で、住民一人一人の名前を挙げるシーンにもそれが表われていた。

これは福原氏の舞台作品に一貫していることでもあるかもしれない。
現実世界にも、板の上にも、脇役などいない。全ての人間が、混沌とした感情や、割り切れぬ感覚や、移ろいゆく感性を持ち、もがきあがきあえぎながら生きている。それを誤魔化さないし、美化しない。

もしかすると。
名前を挙げられたのは、観客一人一人だったのかもしれない。

なんなら、本当にそうしそうなエネルギーを、“安田章大の佐竹是政”は発していた。そんなわけはないのに。いや、でも、そうだったのだ。


前作『忘れてもらえないの歌』は2019年秋の上演でコロナ禍前だったが、そのすぐ後より現在に至るまで約3年、舞台演劇はその発表の場が幾度となく失われた。リモートやオンラインに取って代わるものもあれど、舞台演劇はナマモノで、生の空間で観客の五感に訴えてこそである。役者も観客もやるせなさを抱えてきた。今もなお状況は厳しいが、そこに挑むかのように、『閃光ばなし』では終盤にかなりインパクトのある演出を仕掛けている。

舞台だからこそのそれを、是非とも劇場で確かめてもらいたいと思う。


役者・安田章大についても記していきたい。前出のように、今回の役柄について安田氏自身、雑誌のインタビューで自由度が高いと語っていたが、その役の操縦を、彼自身を軸としてハンドリングしている印象を受けた。

安田氏自身が持つ、勇敢さであったり、懐の深さであったり、気さくな柔和さと揺るがない頑然さが共存した部分であったりが、佐竹是政という役に肉付けされ、説得力という言葉以上に、“その人”としてそこに生きている。

“役者”と呼ぶには、演技という枠を取っ払い、ひとりの人間として役を生きるエネルギーが、凄まじすぎる。
彼は、“役者”であると同時に、その心身に役を息衝かせ生きる“表現者”であり、さらにそのエネルギーは、“怪物”であるという印象すら抱くのだ。


これは、前回の記事にも記したことで、彼を怪物と呼んだ所以である。

舞台上で、生きる人間そのままのエネルギーを爆発させる安田章大という役者。今回は、福原氏との前作『忘れてもらえないの歌』や、前回安田氏が主演をした『リボルバー』と比べ、作品自体にコメディタッチのやりとりが多く、明るく快活な空気感もあり、脚本にもよりリズム感がある。さらに安田氏によるエネルギーの放出にとてつもない疾走感がある。
彼は、観客も引き連れていく疾風のような、いや、まさに閃光のような存在なのだ。

そもそも、安田章大という人物を思い浮かべた時、表現するに相応しい単語は、“閃光”であるかもしれないとふと考えた。

彼には、いつも両極が共存している。
やわらかでしなやかなのに、硬く強固。ゆるやかで穏やかなのに、鋭く激動。
とても眩しく、目が開けていられないほどに煌々と光を放っている。でも絶対に見逃したくない、見落としたくない、瞬きすらも惜しい。
それでいて、深い深い海の底や洞窟の奥のような、外界とは遮断された暗闇に在るような、居るような感覚にもさせ、目を閉じていたい。
どちらにしても、閃光が瞬間的に発するからこそそうさせるように、光と暗闇、激動と静寂、尖鋭と円満の両方をダイレクトに五感に感じさせる。

役者・安田章大が安田章大として生きているからこそ、福原氏によってこの『閃光ばなし』という舞台は生まれ、座組によって動き、観客によって走り、また安田氏によって疾走している。

ともに乗りどこまでもどこまででも疾走していけるのではないか、そうしていきたいと思わせる。
乗り込むのならば、今、である。



舞台『閃光ばなし』
 
【京都公演】 
2022年9月26日(月)~10月2日(日)
ロームシアター京都 メインホール
 
料金(全席指定・税込)
S席:12,000円、A席:9,800円
[主催]サンライズプロモーション大阪
[後援]ロームシアター京都(公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団)
[お問い合わせ]キョードーインフォメーション 0570-200-888 

【東京公演】
2022年10月8日(土)~10月30日(日)
東京建物Brillia HALL
 
料金(全席指定・税込)
S席:12,000円、A席:9,800円
[主催]キョードー東京/TBS
[お問い合わせ]キョードー東京 0570-550-799
 
【キャスト】
安田章大 / 黒木 華
片桐 仁 桑原裕子 安藤 聖 小林けんいち みのすけ / 佐藤B作
稲葉俊一 今國雅彦 加瀬澤拓未 久保貫太郎 熊野晋也 後東ようこ 高山のえみ 竹口龍茶 畑中 実 葉丸あすか
石崎竜史 菊池夏野 田原靖子 永滝元太郎 長谷川仁愛 福山健介 古木将也 松永健資 松本一歩 優妃

【脚本・演出】
福原充則
 
【公式HP】
https://senkoubanashi.com


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