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リゾートやまどりで新春から列車旅(part3)[2022.1 北海道&東日本パス③]


大宮からは高崎線に入る。
もう太陽も地に墜ち、駅間の車窓には自分の顔が映るようになった。

当列車は快速列車であるため、高崎線でよく走っているアーバンといった快速の停車駅を一部区間に限って踏襲している。
その一部区間というのは大宮から熊谷のことを指すが、その間は上尾あげお桶川おけがわ北本きたもと鴻巣こうのす熊谷くまがやの順に停まる。
そこから先は、深谷ふかや本庄ほんじょう以外を通過して、終着の高崎へと至る。

臨時列車は定期列車の邪魔にならないように速度を遠慮して走りがちではあるが、高崎線内に入ると、定期列車の平均速度が速いために、こちらもつられて速くなる。
前回、「ここからが見せ場だ」と記したのはこのためである。

さて、列車は景気よく加速しては、減速して駅に停車するというパターンを繰り返している。車窓の情報量も次第に少なくなり、住居やビルが田畑や空き地に変わっていく。
車内に関しても、次第に乗客が少なくなり、寝静まる人も出てきている。あまりにも静寂な空間が保たれているため、車窓を見ることに集中している私でさえ、半目になったり、まばたきのつもりだが長く目を閉じていたりというような状況だ。

そのような戦いを1時間弱繰り広げていると、鉄橋を渡っている”あの独特の”走行音が耳をつんざく。埼玉と群馬の県境に成っている神流川かんながわのようだ。渡り終えれば、高崎市の新町地区である。

旅もとりあえずはあと少し。
比較的遅い時間に出たにもかかわらず、到着アナウンスがぼんやりと聞こえてしまうほど脳の働きは悪かった。疲労困憊とまではいかないが、それに近い状態になっていたと記憶している。
鉄道に乗るだけの旅だけをするといっても、今回のように疲れてしまうのは私だけなのだろうか。いわゆる”乗り鉄”界隈の精鋭方を見ると、朝から晩までひたすらに乗り続けてもなお、しっかりと体力および気力を維持しているのだから、「凄い」という言葉しか出てこない。

そのような思索にふけているうちに、高崎に到着してしまった。
3時間ほど座りっぱなしだったのにもかかわらず、お尻はまったく痛くなかった。さすがの座席仕様で、おさらばするにはまだ早いと思うほどだ。

こちらの駅にも、車両にカメラを向ける老若男女の姿が目に付く。この「リゾートやまどり」もいつまで愛されるのだろうかと思いながら、ホームから去った。

階段を上がり切った先にあるコンコースは雑踏としていた。少しめまいがするほどに。


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