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あと5年でF1帝国の崩壊が始まる

こんにちは、ドイツレースチームでエンジニアとして働く山下です。
先週末、ついにモータースポーツの最高峰F1のシーズンが開幕しました。

僕は高校生の頃からFormula1 (F1) が好きで、現職に就くきっかけになりました。当時は地上波でも放送されており、毎戦かかさずに観戦、その後、録画を何度も見直していました。"世界一速いF1マシン"と"先進的な技術"、"個性的なドライバーや業界人"は非常に魅力的でした。そして、F1が開催される週末が楽しみで仕方がありませんでした。

しかし、客観的に考えた場合、F1の未来は厳しい状況にあります。
キーワードは自動車に少しでも興味がある人なら聞いたことのある"電動化"です。

そして、F1帝国の崩壊のカウントダウンは始まっていると考えています。

(1) エンジンに固執するF1帝国

自動車業界はコネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化 (CASE)の大変革期に直面しています。特に、これまで自動車の心臓と呼ばれていたエンジンがモーターなど電動化されることは、モータースポーツ業界に大きな影響を与えます。

実はF1では、2009年からKERSと呼ばれるブレーキング時の運動エネルギー回生システムを導入しています。つまりハイブリットシステムを導入して既に10年が経過しており、この取り組みは、まさに先進的なF1でした。2014年からは、さらに電動化が進み、運動エネルギー回生(MGU-K)に加えて、排気ガスのエネルギーを再利用するシステム(MGU-H)を導入しています。近年のF1では、V6ターボエンジンをエネルギー回生システムと合わせてパワーユニットと呼び、ハイブリット化を推進しています。

しかし、その一方で、FIA会長のジャンドッドが「完全なEV化はナンセンス」と発言する[1]など、エンジン(内燃機関)を残すことに拘りもあります。
実際に2026年までは現行のV6ターボエンジンの採用が決定しています[2]。

(2) エンジンを搭載する自動車は販売できなくなる!?

F1がエンジンの採用を決めた一方で、世界各国でガソリン・ディーゼルエンジンを搭載する自動車の販売に関する規制が始まろうとしています。

ドイツは2030年からの販売禁止が議論されており[3]、イギリスは規制開始を当初予定していた2040年から2035年に早めることが発表されています[4]。他EU加盟国も同様で、欧州では遠くない将来にエンジンを搭載した車が販売できなくなります。

中国政府はNEV車(New Energy Vehicle:新エネルギー車 の略)の普及を推進しており、メーカー各社に一定比率のNEV車生産を義務付けています(2019年には全体生産量の10%、2020年は12%)。NEV車には電気自動車、プラグインハイブリット車、燃料電池車が含まれています[5]。

アメリカではトランプ政権になり、電動化シフトが少し鈍化しています。しかし、カリフォルニア州はゼロ・エミッション・ヴィークル(ZEV)規制法を施行しています。カリフォルニア州で一定台数以上の自動車を販売する自動車メーカーは、排出ガスを出さないゼロエミッション車(ZEV)を定められた割合以上で販売しなければなりません[6]。

このようにガソリン、ディーゼルエンジンを搭載する自動車の販売環境は年々厳しくなって来ています。
自動車メーカにとっての新車販売のEVシフト(電動化)は最重要課題の一つです。

(3) 自動車メーカのエンジン開発期限とトレンドに乗れないF1

自動車メーカごと、扱うシステムごとに多少異なるかも知れませんが、僕が働いた某自動車メーカの開発では、新しいシステムは4-5年周期での投入 (小規模な開発は2年ごとのマイナーチェンジ)でした。

仮に先進国の規制によって、2030年にエンジン搭載車が販売できない場合、開発期間を考慮すると、各自動車メーカは2025年頃には先進的なエンジン技術開発には取り組まなくなる可能性が高いです。その後も新興国にはコスト面で安価なエンジン車が販売されると予想されますが、既存エンジンを流用するため小規模な開発予算とリソースしか割かれないと思われます。

上述したように、F1では2026年まで現行のV6ターボエンジンを採用[2]することが決まっています。自動車業界のトレンドを考慮すると、技術の最先端を走るべきF1が遅れをとっていることは明白です。ハイブリットシステムの導入は早かったにも関わらず、電動化シフトに遅れているのは何故でしょうか?

1つ目は、昔からの熱心なF1ファン、関係者の多くが、F1におけるエンジンの必要性を信じて疑わなかったためです。モータースポーツにおけるエンジン開発は重要な要素です。過去のレースエンジンは量産車にも通じることも多く、また、レースエンジンの爆音はモータースポーツのアイデンティティにもなりました。しかし、自動車メーカにとって、エンジン開発の価値は現在進行形で落ちてきています。そこを受け入れることが出来ず、電気自動車レースに否定的な関係者、ファンは非常に多いです。

2つ目は、電気自動車のF1と呼ばれる Formula E 世界選手権 (FE) が存在していることです。つまり、完全電動化のポジションは既に取られているのです。故に完全に電動化してしまうとF1はFEになってしまうため、身動きが取りにくい状況なのです。

(4) DTMに見るF1帝国崩壊の予兆

DTMドイツツーリングカー選手権はドイツで人気かつ伝統あるトップカテゴリです。2018年まではメルセデス、アウディ、BMWが参戦して活況を呈してました。
しかし、2018年末をもってメルセデスはDTMを撤退しました。また同時にFormula E (FE) に参戦する事も発表しました[7]。

メルセデスに続くように、2020年末を持ってDTMからアウディも撤退します。撤退の理由は「電動化の推進と世界的な感染症による景気後退の影響を考慮」と発表されています[8]。実はフォルクスワーゲンブランドでは、内燃機関のレーシングカーの生産を行わないことを既に発表しています。同グループのアウディにとっても、世界の電動化トレンドとグループ内の影響は大きかったのだと思われます。

メルセデス、アウディ共にエンジン主体のDTMから電気モータ主体のFormula Eに乗り換えた感じです。このままでは2021年シーズンのDTM参戦メーカはBMWのみになります。これではシリーズとして成立せず、存続が危ぶまれています。

2020年以降は、リーマンショック時と同等かそれ以上に世界経済の鈍化が予測されます。自動車メーカはレース活動にシビアに見定めをするでしょう。世界中の自動車メーカもレース活動を縮小する可能性は高いです。その際に撤退候補になるのはDTMのような従来型エンジン主体のレースと予想されます。

F1には2026年まで新規エンジンメーカ(=パワーユニットサプライヤ)の参戦はないと言われています[2]。一方で、市販車の電動化に合わせて、Formula Eに参戦するメーカーが増えてきています。上述したメルセデス、アウディに加えて、ジャガー、ポルシェ、日産など名だたる自動車メーカが参戦しており、近年、自動車メーカが参戦しないF1とは対照的です。FEは遠くない将来に、F1を超える規模になる可能性が高いです。

(5) F1帝国の生き残る道

Formula Eに完全電動化レースのポジションを奪われ、自動車産業のトレンドがEV化である以上、F1を取り巻く状況が容易ではないことは確かです。

モータースポーツはF1を頂点としたピラミッド構造になっています。F1が存在意義を失うと、F1を目指すドライバーが集う、ジュニアカテゴリ (F2, F3, F4 etc.)も追従して崩壊します。

僕が考えるF1帝国が生き残る道は3つです。

(5-1) 完全電動化を推進してFormula Eと合併
個人的には実現可能で現実的な案の一つだと思います。しかし電気自動車レースに否定的な関係者も多く、またFEという先駆者に追従する事になる為、トップカテゴリのF1業界にとっては屈辱的な選択かもしれません。

(5-2) 古典的モータースポーツとしてエンジンと共に存続する道を選択
新規のファン獲得というより、既存ファンを減らさないという意味では一つの案かもしれません。この場合は、V10エンジンなどを導入して従来からのファンを囲い込むしかないと思います。しかし、これは一時的な延命措置にしかならず、先進的な技術開発というF1の魅力は失われます。個人的には、このような道は選択して欲しくはありません。

(5-3) 多様なパワートレインを導入
現在のF1パワーユニットでは、内燃機関としてV6ターボエンジンが規定されています。しかし、現行のパワーユニットに加えて、電気自動車、水素エンジン車、燃料電池車など様々はパワーユニット搭載車を許容するのはどうでしょうか?

参戦メーカは自社のアピールしたい技術のパワーユニットを選択します。
水素エンジン、燃料電池など技術開発の障壁が大きいパワーユニットに関してはウェイトハンデで優遇します。その中でカーボンフリー燃料 (水素、アンモニアなど)を用いた内燃機関が開発されれば、F1の将来にエンジンも存続することが可能です。

自動車産業の電動化は確実に進みます。ただし、電気、代替燃料など地球資源のエネルギー有効利用をマクロ的な視点で見ると、「EV一択ではなく様々はパワーユニットが混在して存在するのが最適かつ現実的なソリューション」というのが専門家の一般的な予測です(下図)。

つまりF1の世界で未来の世界の縮図を作るようなイメージです。こうなればF1は"走る実験室"としての存在意義も失わないですみます。異なるパワーユニット、車両が混在するレースはWEC、SuperGTなど存在するので不可能では無いはずです。

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2015~2050年までの電動車の比率[9]

(6) まとめと補足

F1は、テレビ及びデジタルプラットフォーム共に視聴者数が増加しており、2019年には19億2200万人に達しました[10]。しかし、電動化が上手く進まないF1を取り巻く環境は厳しく、業界が大きく成長したが故に、方向転換は容易ではありません。EVシフト化が進む中でも、新興国ではエンジン搭載車は今後も世界中で販売されます。そのため継続的なエンジン開発は非常に重要です。しかし、F1が現行の ''V6ターボエンジン+ハイブリッド'' に拘ると参戦メーカは増えず、衰退は目に見えています。そのような未来は見たくありません。

世界トップ20人のドライバーと最先端テクノロジーが組込まれた最速のマシン、それらが伴う華やかな世界観があってこそF1なのです。それ故に世界中から優秀な人材と熱狂的なファンが集まります。人によって異なると思いますが、これが学生の頃からずっと憧れている、僕の思い描くF1です。

電動化、自動運転が想定される自動車の未来で、F1を筆頭にモータースポーツは存在意義を見直す必要があると思い、個人的な意見を書きました。今後のF1、モータースポーツについて、ご意見などあれば教えてもらえると嬉しいです。

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参考文献
[1]https://f1-gate.com/fia/f1_44615.html
[2]https://f1-gate.com/liberty-media/f1_56637.html
[3]https://www.roadandtrack.com/new-cars/future-cars/news/a31097/german-government-votes-to-ban-internal-combustion-engines-by-2030/
[4]https://www.independent.co.uk/news/uk/politics/uk-ban-petrol-diesel-cars-boris-johnson-government-a9315631.html
[5]https://www.marklines.com/ja/report_all/rep1664_201712
[6]https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59311
[7]https://www.as-web.jp/overseas/145118
[8]https://www.as-web.jp/overseas/583518?all
[9]https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/automotive-insight/vol10.html
[10]https://www.as-web.jp/f1/559418

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