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母親に何百回も繰り返し言われた言葉の意味

こんばんは
本日は関越自動車道を使って息子(高3)の県大会を観に行ってました。
行きはスイスイでしたが、帰りはちっとも高速で走れない渋滞😓
まあ覚悟はしてましたが、昔から決まって混む箇所って何とかならないものでしょうかね😣

さて今日は母の日。
私は母親から何十回、何百回、何千回(?)も同じことを言われて育ち、
その言葉について、ちょっと考えさせて下さい。

その言葉は2つありました。
「人に迷惑をかけなさんな」
「思いやりをもちなさい」

母親は30年近く前に他界しているのですが、未だに声のトーンや言われる時の雰囲気、表情なんかを鮮明に覚えています。
自分が何をした時に言われたのか?だけは思い出せませんが(笑)

一番言われた中高生の頃は、親が何をどう言っても、勉強しないし、言うこと聞かないし、好き勝手にしているし・・・で、どうしようもない半ば諦めの境地の中で、最後に頼むからこれだけは守ってくれ、というニュアンスを感じ、「とうとうそれしか言えなくなったか!」と思っていました。
まったくどんなガキだよ(笑)

で、今思うと・・・潜在意識にこびり付いている気がするのです。
それもちょっと偏った形で。
と言うのも、職場でも家庭でも、いつも頭のどこかで「人のこと、相手のことを優先する」ところがあって、また何をするにも「これやったら迷惑じゃないか?」とホンの些細なことでも考えたりします。

こう表現すると、とってもイイ人のようです。
でも違うのです。
上手く表現できないのですが、単なるビビりと言うか、一歩突っ込んだことができないと言うか、こじんまりとしていると言うか・・・
結果として「何もしない」「相手の意向に沿うだけ」という安易な選択肢をとってしまう

他人の事、周りの事をより深く想い、自分のことも本当に大切にしたら、
できること、やったら感情が深まったり心が震えたりしてすること、大袈裟かもしれませんが人生を深めること、を逃している。やらないでいる。

こういうふうに書いていて今、気が付きました。
母親の言葉を言い訳にしているだけじゃん!と
ああ、ブラックな告白になってしまいました😱
すみません💦


「人に迷惑をかけない」「思いやりをもつ」は、
表面的には大人しくしていたり、周りの人の意向に沿うと、できているような気がします。やっている気になれます。

が、大人しくして何もしなかったり、周りの意向に沿うだけでそれ以上を考えないのは、充分に「人の迷惑になる」し「思いやりがない」ことになります

たぶん母親は、そこも含めて繰り返し繰り返し言ってくれていたのではないかと、この歳になってようやく気付くことが。
改めて母親に感謝します。

ここまで変な話にお付き合いいただき、有難うございました。

では、また


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