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(書評) 英国本格ミステリの王道を継ぐ、玄人好みの秀作「見知らぬ人」「窓辺の愛書家」

新刊、旧刊を問わず、おすすめの本を紹介しています。今回は同じ作家の人気ミステリ2冊。

その1 ★「見知らぬ人」 エリー・グリフィス (創元推理文庫)


『丘の屋敷』のレビュー(※末尾)にも書いたように、私のは昔からゴシックホラーが好きだ。人里離れた、陰鬱で不気味な屋敷で起きる事件…的な話が大好きで、そういうミステリ、サスペンスを沢山読んでいる(横溝正史的な世界より海外のほうが好み)

実際にそういう所に行きたいとは全く思わないけれど、自分では経験できない、非日常の世界だからかな? そういう道具立てのミステリ、サスペンスは国内外に結構あるけれど、個人的にはガッカリさせられた作品のほうが多い気がする。

この本の著者エリー・グリフィスは、名前を聞いたことはあっても読んだことがなく、これが初めて。ベテラン作家らしい巧みな構成で、MWA賞最優秀長編賞受賞作だけある、読み応えのある作品だった。

内容は、イギリスの中等学校の英語教師らに起きる連続殺人事件。その学校の、いわくありげな古い旧館には、大昔に『見知らぬ人』という怪奇小説を書いた変人小説家が住んでいた。今も彼の書斎が残されていて、不気味なムード満載。

美人の英語教師・クレアは『見知らぬ人』を授業のテキストに使い、著者についても興味を持って研究している。そのクレアの同僚教師らが次々に殺され、現場には不穏なメッセージが…

クレア、その娘、担当の女性刑事(彼女が主役らしい)ら、複数の人間の視点でストーリーが語られる。不倫や愛憎関係が交錯して登場人物はみんな怪しげだ。

ゴシック調といっても現代の話なので、SNSも重要なカギになっているし、インド人の女性刑事が同性愛者だったりする。その一方、ミステリ黄金期によく登場した手書きの書簡や日記を思わせるクレアの日記も重要なカギになっていて、若いミステリファンも熟年ファンも楽しめると思う。

本好きにたまらないのは、シェイクスピアの『テンペスト』、ウィルキー・コリンズの『白衣の女』、P・G・ウッドハウスから『ハリー・ポッター』まで、様々な文学作品や小説が下敷きになっている所。著者はかなりの読書家のようだ。

「古典的なゴシックスリラーと、現代的な殺人ミステリと、身近でリアルな人間ドラマという、異なるジャンルが本書の中で融合しているのだ。言い換えれば、日常と非日常の同居である。(中略)
犬と散歩しピザを食べ、親に隠れて恋人と会ったり好きなテレビ番組を見たりという日常に突然入ってくる殺人事件。母親が長年書き続けている手書きの日記帳と、娘が使っているネット上の日記サイト。殺人事件の捜査という即物的なリアルと、ヴィクトリア調時代の作家の謎。(中略)
グリフィスが本書で試みたのは、異質なものをつなぐ、という挑戦だ。(中略) 過去は、異質なものは、決してどこか遠く離れたところにあるのではなく、常に隣にある、もしくはつながっている、ということを本書は語っている。(あとがきより)」

緻密な構成でよく練られていて面白いんだけど、犯人は(意外性はあるが)個人的には「えー、その人?」という気がしなくもない。

近年久々に出会った英国本格ミステリの血統を継ぐタイプの堅実な作風で、良い意味でオーソドックスな所が気に入りました。


その2 ★「窓辺の愛書家」 エリー・グリフィス (創元推理文庫)


「見知らぬ人」を読んで好きになった著者の新作。CWA(英国推理作家協会)の2021年度ゴールド・タガー賞(年間で最も優れた長編に贈られる)最終候補作で、日本でも文春の「このミステリがすごい」に上位ランクインした。
個人的には「見知らぬ人」より面白かった。

内容は、読書好きの一人暮らしの老婦人が亡くなり、死因に疑問を持った介護士が、前作に登場したインド人の女性刑事、ハービンダーと共に謎を探っていく。老婦人は、"知る人ぞ知る"的な、昔のマイナーな女性作家(故人)に関係があり、老婦人の死後に起きた男性作家の殺人事件にも、そのマイナーな女性作家の本が絡んでいる。調べると、その老婦人は多くのミステリ作家の執筆にプロットを提供して協力していた。ミステリ作家や編集者、出版社の中にも、介護士の中にも怪しい人物が…


前作同様に、著者がかなりの読書家なのが分かる内容で、シェイクスピアやアガサ・クリスティ等の作品が取り入れられていて本好きには嬉しい。
前作でも架空のゴシック作家を、いかにも実在したように緻密に作りあげてリアリティを出していたように、この作品でも故人の女性作家を、さも実在したようにきちんと書誌を作成して丁寧に説明している。几帳面というか綿密というか、手抜きをしない姿勢が流石。

「しろうと探偵の活躍、ビブリオ・ミステリ、先の大戦に遡る歴史的秘密、とこれだけでもお腹いっぱいなのだが、さらに同時代小説としての性格もある(中略) こうした多面体のような小説はえてしてとっ散らかったものになりがちだが、『窓辺の愛書家』には一切遅滞するところはなく、第一の要素から第二のそれへ、そしてまた第三の、といった具合に流れるように物語は動いていく。語りの技巧が実に素晴らしい作品なのだ… (あとがきより一部)」

私は海外ミステリが大好きでよく読む。今のものより少し前のが好きだ。
女性作家で一番好きなのがヘレン・マクロイ、もっと古い所ではドロシー・セイヤーズとか。現代のは、病んだカオスな時代を反映した作品が多く、(北欧のも含めて)読後感が重く陰鬱なものが多くて、個人的には好みに合うものが少ない。でもこの著者の作品は黄金時代の英国本格ミステリを継承しながら現代風の味付けをしている。何より著者自身が幅広い本を読んでいて、その教養と良識がベースになっている所がいい。

作品の中に、ベストセラー作家でありながら「本なんか読まない」いまどきの若い作家が出てくる。作家が本好きでもそうでなくても、作品が面白ければ関係ないかもしれないし、現代の欧米の作家にはシェイクスピアをまともに読んでいない人のほうが多いんじゃないかと思う。私もシェイクスピアは3冊しか完読していないから、人のことを言えた義理は全然ないけれど。

でも、幅広い本を読んでいる作家の作品には(著者自身が意識しなくても)内容に厚みがあり、手応えがあるなあと改めて感じる。


以前ブログに掲載したゴシックホラーの書評


↓子供向けに書いたものではないですよ。



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