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幸せな未来 ★

お題は
『約束』をテーマにしたフィクション(原稿用紙3枚)

母が私の書いた作品を大切に保管してくれていたようで
久々に読んでみたら
そう言えばそんなことあったよね……
と思い出しました。

「年越し派遣村」がニュースになった当時、作った作品です。
※リーマンショックの影響で派遣切りされた生活困窮者が
 年を越せるように日比谷公園に開設した避難所。
 2008年12月31日~2009年1月5日



 
 1年ぶりにお酒を飲んだからだろうか。一瞬、目の前を白い狐が横切ったような気がした。狐が消えた方向を探すと、Y 公園があり、小さな赤い鳥居が見えた。2時間ほど前、夕日を見ながら、公園の横を通った時には、鳥居はなかったはずだ。

「おい、 牧野、 鳥居なんか、なかったよなぁ」
 一緒に飲みに出かけた田中も見たようだ。

 田中は、俺と同い年の35歳。月産自動車の組み立て工場で5年前に知り合って以来の付き合い。お互い独身で、1年前に派遣切りをされ、未だ転職先なし、住む家もなし。お国が用意した生活困窮者向け、年末年始の支援対策の派遣村で新年を迎え、求職活動の交通費として前払いされたお金で、お酒を飲んだのだ。

「のぞいてみよう」と 田中に促され、赤い鳥居の前に立つと、小さなほこらと白い狐の像が見えた。鳥居を先にくぐった田中は、
「見てみろよ。狐の足元におみくじの箱があるぞ。ご自由に引いてください だとさ」
 と、おみくじの箱を振って、5cmぐらいの長さの巻物状のおみくじを引いた。俺もここで引かないと損をすると思い、箱を振った。

 田中とおみくじを見比べてみる。田中は小吉で、俺は大吉とあるが、その他の内容が普通のおみくじとは違っているのだ。田中のおみくじには「一生に一度、お助けします」とだけ書いてあるのに対し、俺のおみくじは字数が多く 、お告げというよりも、まるで誰かの一生について書いてある年表のようだった。

「新年から、手の込んだいたずらだなぁ」
 二人でぼやきながら派遣村に戻った。

 翌朝、おみくじをじっくり読むと、年表の35歳までの部分が、俺の過ごしてきた35年間とぴったり一致していることに気づいた。これがもし俺の年表なら、未来は37歳で起業し、40歳には年商20億円、42歳で結婚。80歳に心臓病で永眠のようだ。何か起業したいことがあったか考えてみよう。

「10年ぶりか、牧野社長。出世したなぁ」
 偶然、出張先に向かう新幹線のグリーン車で田中と隣り合わせた。今では 田中も小さい会社を経営していた。田中は笑って名刺入れからあのおみくじを大切そうに取り出し、本当に困った時には神様が助けてくれると思えたからこそ、今まで頑張れたとしみじみ話していた。その横顔は実に幸せそうに見えた。それに引き換え、俺は未来が決まっている。幸せなはずなのに何故かつまらないのだ 。



「安定した人生を約束したのに、先が見えたら人生が楽しめないのか……」
 人間が幸せに生きる方法を探るため、定期的に開かれている神様会議で、白狐の報告を聞いた神様は、深いため息をついた。



音声入力をしていたのですが、「派遣切り」と読み上げたはずなのに
「ハッキング」に変換されていました。
滑舌が悪いのかしら……


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