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読書感想文|記憶との遭遇

堀江敏幸 編
『記憶に残っていること 』
(新潮クレスト・ブックス 短篇小説ベスト・コレクション)

新潮クレストブックスで出版されている海外作家の短編から選ばれた10編のアンソロジー。

本書のタイトル「記憶に残っていること」はアリス・マンローの短編の題だけれど、他の9編も「記憶」(What is Remembered)という要素が含まれている物語だと思う。

記憶って、思い出そうとして脳内を探る時もあるけれど、ふとしたきっかけで、思いがけないことを思い出したりもする。
取り返しのつかない失態、強烈な事件、楽しくて嬉しくて仕方のなかった時間、心底誰かに惹かれた体験…

どんなに掻き回しても溶けない砂糖のような、ざらりと、ずっと残り続ける記憶。
そんな感触を受けた10編。

・・以下、各編についての感想(一部、順不同)・・

ジュンパ・ラヒリ「ピルザダさんが食事に来たころ」(When Mr. Pirzada came to Dine)

ラヒリは読んだことのある作家だったし、この話は子供目線というのもあって、読みやすかった。
ピルザダさんと「わたし」とのやりとりは、平穏で愉快。一緒にハロウィン用のカボチャをくり抜いたり。だけど、目の前のその平穏の背後は、あまりに大きな不穏で覆われている。
それが純粋で限定的な目線で語られ、大人とはまた違うひりつき。

アンソニー・ドーア「もつれた糸」(A Tangle by the Rapid River)

ラヒリの短編が子どものひりつきとすると、こちらは大人のひりつき。
ドーアも読んだことのある作家だけれど、また違う印象を受けた。
心情の変化やそれを映し出す外的要素の描写が巧妙。話自体はあまり好きではないけれど、ドーアの描写は、まさに糸で紡がれているような繊細さを感じる。

アダム・ヘイズリット「献身的な愛」(Devotion)

中年姉妹のお話。二人が纏う人間関係はどうやら込み入っているらしい。
そんな複雑な人間たちとは対照的に描かれる庭や植物が爽やか。
湿気を少し孕んだ初夏の風邪、そんな印象を受けたお話。

イーユン・リー「あまりもの」(Extra)

今回一番心に残った1編。
10代、20代の頃にもしこの話を読んでいたら、わたしはたぶん主人公の林(リン)ばあさんに苛々していたと思う。なんて向上心のない人なんだろうって。
今これを読んだとき、わたしはむしろ羨ましさを覚えた。
50歳を過ぎての林ばさんは未婚で、職さえ失ってしまった。世間からみたら、あまりものとか外れものとかみなされうる。
けれども、本人はただ、やるべきことに一生懸命で、目の前の人を大切にして、手元に残っているものを大事に抱えて生きていける人。チャンネルいっぱいのテレビはいらなくて、6チャンネルあればそれでいい。
それは、とても清いものに今のわたしの目に映って眩しい。

・・・

この本は、1年ほど前に購入していたのだけど、読んでは止まり読んでは止まりを繰り返して、一向に進められなかった。
短編集がずっと苦手だった。
今年の初め、一種の挑戦として太宰治の『女生徒』を読んでから、短編集を楽しめるようになった、気がしている。そのおかげで、本書も読了することができた。

・・・

「かつては愛しかった小さな王国が、いまは黒く怖ろしく、細い針と化して助骨のすきまをつつく。」

p. 36

「記憶が正しいということに疑念を持ったことはなかったのだ。どうやってこんなにうまく記憶を抑圧してこられたのだろう、これまでずっと。」

p. 199

「これまでの人生における敗北の思い出、失敗した計画、消滅した希望…恥辱の思いほど、体に働きかけるものはなかった。自分から離れたいのに離れられない、その気持ちが彼を引っ張り、引き裂くかのようだった。」

p. 218

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