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役に立たないものたちと、それでも先の世界へ

この記事は おすすめCDアドベントカレンダー2021 21日目の記事です。

昨日はろきさんの 推しが無茶したんだが 〜「The ONES」はいいぞ〜 ということで、V6さんの「The ONES」についての記事を書いていただきました!

ろきさんの簡潔かつユーモアも交えた文章もさながら、一切ジャニーズや男性アイドルの文化を通って来なかった自分にとっては楽曲をメンバーそれぞれがプロデュースしているというのもこの記事で初めて知るようなことだったり、V6さん自体の持つクールさやキュートさだったり、いろいろな魅力が伝わってくる愛のある素敵な記事でした。ありがとうございます!






役に立たないもの。必要ないもの。後回しでも構わないもの。
社会情勢ががらりと変わった2020年、ヒトの生命維持に直接関わらないものは「不要不急」と呼ばれるようになりました。


実際のところ、我々の生活においてどこまでが「必要」でどこまでが「急を要するもの」なのかを定義することはできないと思います。

確かに食事は生命維持に不可欠だけれど、どこからが「贅沢」なのか?最低限の衣服って、どこまでを指すのか?
身体が健康でも心が健康でなければ「健康」とは呼ばないのか、だとすれば心の健康は健康診断のように測定して数値化できるのか?


その定義がない以上、「音楽は不要不急だ」と断定もできなければ、「音楽は不要不急ではない」という主張もまたまかり通るものではないと思います。

実際の線引きがあるにしろないにしろ、どこかで線引きをしなければいけなかったそのときに、偶然であるにしろ、必然であるにしろ、それらは「線の内側」に入れなかった。そこに誰かの罪や悪意があったわけではないのです。


それでも、音楽にせよ演劇にせよ、スポーツにせよ、はたまた飲食店やゲームセンター、あらゆることを仕事にしている人がこの社会にいる限り、きっとそれはそれを仕事とする人にとって「それがなくては生きていけないもの」なのだと思います。


そんな2020年を、不要不急と呼ばれたものと走り抜けたアーティストの、2020年を生きた証。

その記録のような音楽アルバムを、リリース年が終わろうという今、再び聴き直すお話です。



USELESS - XIIX


今日紹介するアルバム「USELESS」は、バンド XIIX の2ndアルバムとして2021年2月24日にリリースされたものです。

XIIXは2020年1月22日にデビューした2人組バンドで、ちょうどデビューして間もないタイミングで世界情勢の煽りを受けバンドとしての活動がままならなくなった(1stアルバム発売に際して予定されていた東名阪3本のライブツアーも中止になっています)経歴を持ちます。


このアルバム「USELESS」は、1曲目「Halloween Knight」の2019年10月から12曲目「Endless Summer」の2020年9月まで、(10曲目「Regulus」を除いて)すべての曲が約1ヶ月ごと、レコーディングされた順番に並んでいる、まさにカレンダーのように彼らが音楽と走り続けた1年間を象徴するような一作です。


筆者はリリース当初も以下の記事にアルバムを聴いての所感を書き残させていただいています。

……なのですが、そんなUSELESSを掲げた2本のライブツアー「USELESS」、「USELESS+」を終えた今、改めてこのアルバムを味わいたい。
叶うことなら他の人々にも改めて味わってもらいたい。

ということで、今回アドベントカレンダー21日目の記事として再びUSELESSというアルバムを自分なりに、言葉に昇華したいと思います。


本編に先んじてのお断りとして、おすすめCD、と言っておきながらこれから続く文章は本来「XIIXというバンドを知らない人」「USELESSというアルバムを聴いたことがない人」に向けるべきものではありません。

この記事を読んでUSELESSというアルバム、ひいてはXIIXというバンド、アーティストに興味を持ってくれる方がいればそんなに嬉しいことはないのですが、主な意図は「USELESSというアルバムともう一度向き合い直す」ことのおすすめ、というように捉えていただければと思います。



1. Halloween Knight

この曲以上にこのアルバムの矢面に立つべき曲はないとすら思える、小気味良いベースソロとボイスパーカッションから始まるアッパーチューンです。

「XIIXではこれ見よがしにベースソロを入れている」とインタビューでも言われている通りのインパクトに不足ない幕開け。


1stアルバムを作り終え、その真意がどれだけ聞き手に伝わっているのかという悔しさ、怒り、不信感を昇華した作品であると語られるこの曲ですが、それを考えながら聴くと

隠したり晒したり
幾度散々焼き直して

命を注ぎ込んでなおそれすら味気ない
切なさを拭いきれず
それでも誰を助ける

随所のフレーズからそういった「試行錯誤の末真意を伝えきれないもどかしさ」が感じられるような気がします。


そんな中でも、

悲しみに染まり始まる気がする
今宵を照らすこの身を賭して
暗闇にすがり聞こえた気がする
自分の声に心許して

と僅かな可能性と予期・予見を元に歌声を、演奏を響かせていくという、これもまたこのアルバムの1曲目として相応しい、まさに「宣戦布告」のような1曲です。



2. No More

打って変わって、人懐っこさの目立つポップなナンバー。「聞き手のために曲を書くこと」をテーマとして書かれた曲、とインタビューで名言されています。


サビに登場する "I'll say no more" とは "I will say" に "no more" の否定が掛かるので「これ以上言葉にはしないでおくね」ぐらいのニュアンスでしょうか。

そうすると、「聞き手のために曲を書く」というテーマに対するメロディ・作詞担当の斎藤さんが言っていた「歌詞で結論付けたくない」「いいとか悪いとか、簡単には言いたくない」という主張が表れているようにも思ったりします。

伝えなきゃって空回るほど
掴めなかった秋の空模様
本当はもうわかっていたこと

こういうフレーズにも、「何かを他人に向けた言葉にしようとしつつも向けるべき何かを掴めない」ことへの葛藤、そしてそれは無理に言語化すべきことではなくて、音楽に乗せて伝えれば良いということ、その再確認が感じられるような。


筆者は結構歌詞をあまり重要視せずに耳触りだけで音楽を聴くタイプでもあって、この曲については「明るくて未来に向かうような、背中を押してくれるような歌」だと思っていたのですが、実際こうして改めて噛み締めてみるともっと「分岐点で立ち止まって自分と向き合って、次の一歩を踏み出す」みたいな、初めに聴いていた印象よりももっと「一歩の重み」を感じられる曲のように思います。


この曲、こんなフレーズがあって。

嬉しくなって下を向くのも 悲しくなって上を向くのも
何度も焼き付けてきたこと

純粋に考えれば逆だと思うんです。大抵の人は嬉しくなったら自然と「もっと上」を見たくなるし、「うつむく」という言葉には悲しい、マイナスな印象を持つはずです。

そこで「嬉しくなって下を向く」「悲しくなって上を向く」ことを「何度も焼き付けてきた」って、「過剰に悲観も楽観もせず、ただそこにあるものと向き合っていきたい」っていう意思みたいで。
そう思うとCメロの歌詞もなんだか飄々としたものから、意思を持った強い言葉に聞こえてきませんか?

ありったけの価値 それすらも無し
なんてゆらり舞ってしまおう
楽しめば勝ち とは思えないし
ほらきらり散ってしまおう



3. フラッシュバック

この曲に関しては2月末からそこまで印象も変わっていなくて、やっぱりこのUSELESSというアルバムを作るにあたっての意思表示を感じる1曲です。


Aメロ・Bメロと癖のあるラップ調の(ヒップホップとかそういうジャンルになるのかな?)流れが続いたかと思えばサビに入った瞬間の一気に空間が広くなったような、暗いトンネルを出た瞬間のような爽快感がなんだか1stアルバムと2ndアルバムの対比のようにも感じられます。

素人目ではあるのですが、Aメロ・Bメロではリズムの重心をやや後ろに取ってるのかな。それがサビに入った瞬間ジャストのところに来るから気持ち良くなる、というか。


フラッシュバック聞かしてくれよ
何が間違ってるの?
奪い合い凌ぎ合いしたいんじゃなくて
夢を見てたいだけ

という歌詞が、XIIXというバンドの「人気バンドのフロントマン」と「売れっ子サポートミュージシャン」という立場から見た切実な、「どちらが大事だとかどちらが本当にやりたいことだとかじゃなくて、ただやりたいことをやってるんだ」っていうメッセージにも思えます。

この2人の化学反応が「世界を変える偶然」だったらいいな、って思う。


にしても、どうしてフラッシュバックなんでしょうかね、この曲。一度掌返されてみなきゃわかんないのかもな。



4. ブルー

「一人と花の世界」。藍色、水色、青い火の色。鮮やかで様々な「ブルー」が目に浮かぶような曲です。


この記事を書きながら曲を聴き返していて初めて気付いたのですが、

まぶたに 触れそうな刃に
ひたすらに まばたき繰り返す

この歌詞の奥行き、立体感、目を見張るものがある……。

ブルーという曲自体空間的な広がりのある曲だと思うのですが、そこに乗っているこの詞から感じられる感情の立体感みたいなものがすごくて。

「触れそうな」ところに刃があるということはきっとむやみに動いてしまえばそこに当たって切れてしまうわけで、きっと目は閉じたままにするのが傷付かないための最適解で、そんな中でも見たいものがそこにあるのか、そこにある緊張感や執着心が伝わってくるようなフレーズです。


「崩れ落ちそうな花を束ねて」、「ひとひらの花びらが散」り、それが「柔らかに果てるまで」。
USELESSのリリース時インタビューで言われていた「無機質だけど温かい曲」というのはその「過ぎていく時間とともに崩れてしまう、それがわかっているものに対する慈愛」なのかな、と思ったり。



5. Vivid Noise

2月末の記事では「XXXXXの系譜」と言いましたが、これは間違いなくAnswer5の系譜だと思います。

でも、Answer5が「動」ならこっちは「静」。

街の喧騒、人の視線、過ぎていく時間、その中を走った先に答えがある曲がAnswer5で、Vivid Noiseは逆にその中でじっとタイミングを待つような。そんなイメージのある曲です。


ちなみにAnswer5もVivid Noiseも間奏でベースとギターのソロの応酬があり、どちらもライブ時のメンバー紹介としてソロ回しパートにアレンジされて披露されたことがあります。


この曲は「デフォルメをしようと思って」、「今まで作ってる曲が例えば小説とかドラマだとしたら、この曲は漫画とかアニメを書こうと思って作った曲」として言及されています。

何がそういった印象を与えているのかわからないですが、たしかにXIIXの曲の中では具体的なシチュエーションを伴った歌詞をしているような気も。
音楽的なことには詳しくないのですが、同じところをぐるぐると回るような、立ち止まった視点からぐるりと周囲を見渡すような感覚になるトラックもそういった「漫画とかアニメ」の一種停滞した感じを思わせるのかもしれません。


「五線譜に輝く悲しみが1つ 音の渦に飲み込まれて」、「五線譜をはみ出す綻びが1つ 奏でるには儚すぎて」、きっとこれがこの曲の "Noise" なんでしょうね。
そんなノイズを隠して「正常なフリ」をすると「都会の渦」が「消えていく」。

「胸の奥に揺れる灯火」は「正常なフリ」をするには「眩しすぎて」吹き消すしかなくて、その結果また一人「群れを成した獣たち」の渦に飲み込まれていく。

よく聴いているとなんとなくそういう歌詞のストーリー性が見えてくるような気がして、そういう「元あった主題をストーリー立てて歌うこと」が「デフォルメ(=物事を変形させて新しい形に見せること)」なのかもしれないです。



6. ZZZZZ

この曲、今になってもやっぱりなんなのかわからないのですが、一周回って難しいことというよりも純粋に「日曜日の朝」って感じがするなあ、と思っています。

聴いているだけで頭がふわふわするようなトラックがお気に入りです。何ならこんなに聴いているだけで寝起きの酩酊の心地良さに包まれる曲に小難しい解釈や意味を求めるほうが無粋かも、と思ったりもします。


休日だけど時間通りに鳴るアラーム、とりあえず朝ごはんとコーヒー、でもやっぱりまだ寝れるからもう少し。
目が覚めて不思議な夢を見たような、夢の中では自分が主演監督のような、記憶を解いても思い出せないけど続きが見たいからもう一眠り。
夢の中には理屈も出口もなくて、でもいないはずの君がいて、だからあと五分だけ。

…………って言ってたらさっきまで気持ちよく寝てたはずなのに突然悪夢に襲われたり、睡魔に囚われて最早「気持ちの良い眠り」を超えて苦しいような睡眠だったり。そういう日ってあるよね。



7. おもちゃの街

2020年4月、緊急事態宣言真っ只中で作られたというこの歌。以前の記事にも書いた通り、当初のテーマは「死ぬこと」だったのを聞き手に寄り添うように、トラック担当の須藤さんの音に導かれるように丁寧に書き上げたという1曲です。

そんな話を聞いて聞き直したときには「これはミュージシャンから音楽ファンに向けた『音楽から離れてほしくない』という一種の束縛心なのかも」と思ったのですが、今はもっとマイルドなものとして捉えています。


「おもちゃの街」がライブ会場、「大切なあなた」が聞き手、という解釈も当時に書いたのですが、YouTubeのトーク動画で「裏テーマは『好奇心』と『時間』」と言っていたのを考えるともっと広い解釈ができると思っています。

人は時間が経ち大人になればなるほど自分の好奇心に見て見ぬ振りをするようになっていって、「おもちゃの街」にわくわくしていたことも、「夢中で走った」子供の頃の思い出も忘れてしまって、「いつの間にかため息」ばかりを溢すようになって。

そういう「キラキラしたものに抱いていた純粋な感情を忘れたくない、忘れてほしくない」っていうメッセージと、この世の中での「ミュージシャンとライブとリスナー」を重ねた曲なのかな、とか。


8. ユースレス・シンフォニー

この曲について話すこと、正味何もないと思う。聴いて伝わってくるものが全てだと思います。


つまらない終わらない毎日を
そんな瞬間を
何かを探すように駆け抜けた

いつかきっと幸せな毎日に
そんな瞬間に
何となく会えるような気がするよ

これはきっと2020年5月、彼らが思っていたことそのものなんだろうな。
MVはそんな2020年のXIIXの駆け抜けた記録になっていますが、それがあんなにきらめいた笑顔だと思うと、本当に心から、幸せな毎日に出会えることを信じてたんだろうなと思います。


それにしてもあの時期、ライブもできなければスタジオにも入れない、そんな世界の中で須藤さんが斎藤さんに託したトラックがこのユースレス・シンフォニーのオケだということを考えると本当に温かい気持ちになります。

彼らが何を思ってこの曲を作ったのかとかはわたしには知る由もないのですが、救われたかったのか、救いたかったのか。

役に立たなくても、そんな役に立たないものがyouthless……年季の入った、彼らの人生そのものだということ、「ユースレス・シンフォニー」なんてカタカナ表記のタイトルが憎らしいほどに輝かしくて、彼ら2人そのものみたいに思える曲です。



9. ホロウ

「『本当に手放したくないけど、でもまあ仕事がいつまた始まるかわかんないし』っていうので楽器を売ってる人がいるのを見たときに、『ああこれ失恋だな』と思って」というところから書かれた、と語られている曲です。


星と星のように惹かれ合って
通り過ぎて行く

「近付く」ことを「通り過ぎる」ことの前段階としてこんな綺麗に言い表せるものなのか、と聴くたびに驚かされます。

歌詞カードではこの通り「星と星のように惹かれ合って」「通り過ぎて行く」と書かれているので一見「星と星のように」は「惹かれ合って」に係るようにも思えるのだけど、星と星は近付いたら次は離れていくもので。


この曲、じっくり聴いているとなんだかVivid Noiseと同じ系譜のようにも思える不思議な曲だなあと思っています。

Vivid Noiseもホロウも、情景描写が具体的で同じところを回り続けるような曲。この曲も小説やドラマよりは漫画やアニメのほうがしっくり来る気がします。


アウトロに残るコーラスも離れ離れになったあとの余韻を感じさせます。その余韻がいつまでも続くことはなく、砂嵐のような音に掻き消されて曲が終わるところまで本当に綺麗。

離れたいわけじゃないのに、本当はまだそこにいたい、いてほしいのに、自分でも相手でもない不可抗力のために引き離されるような切なさを感じる曲です。



10. Regulus

このアルバムの中で唯一「レコーディングされた順」に入っていない、本当は1stアルバムが完成した時点でレコーディングが終わっていたというこの曲。


一等星の中でも一番暗い星に「Regulus(=小さな王)」なんて名前が付いているというのがなんとも的を射ているような皮肉なような話ですが、斎藤さんがそれに自身を重ねたというのもまた形容し難い、切なさとも力強さとも付かない思いがします。


大きい会場で聴けば聴くほど歌詞に心掴まれる曲だし、ひとつひとつを取ってこの歌詞が、という以上にひとつの曲として「斎藤宏介の心」を感じる曲です。

音楽について「楽しいだけじゃない部分もたくさんある」「途方もない気持ちになることもある」と語る人の紡ぐひとつひとつの言葉だったり、Bメロ・Cメロの言葉数の多さと歌いこなしに感じるこれまでの音楽家としてのキャリア、伸びやかな開放感の中に決意を感じるサビのギャップだったり、そういう曲の構成要素ひとつひとつが「XIIXを始めるにあたって思っていたこと」の”音楽化”なように思えます。


未来永劫でも謳って(誓って)
辻褄を合わせようか

という1番・2番のBメロの歌詞、「未来永劫」は謳うものでもなければそんな軽く誓うものでもないし、辻褄合わせの道具でもないのにこんな乱暴な言葉選び誰がするんだろう……と聴くたびにこの人にしかできない、この人しかしない言葉の使い方を感じるフレーズです。



11. like the rain

1stアルバム収録「Light & Shadow」という曲の一節、

好きだけど辛くなるし
嫌いだけど離れられない

の続きとして書かれたというこの曲。「愛は愛でも音楽愛」、「ただのバラードじゃない」と語られています。


アルバムツアー「USELESS+」の本編ラストを飾ったこの曲ですが、曲に入る前のMCで語られた音楽に向かうことへの使命感や苦しみ、それでも音楽を続けてしまうような喜び、そういう「自分にコントロールできない運命のあや」そのものみたいな曲です。

アルバム発売当初のnote記事には「この社会情勢があったからできた曲」なんて書きましたが、今思うとそんなことはなくて。世界がどうあろうと、時代がどんな風に誰の敵に回ろうと、XIIXにとってのlike the rainはこの形だったと思えます。


一つだけわかっていた
私がどんな私だろうと
あなたが笑えばそれでよかった

このフレーズを、「2つのバンドを掛け持つ」というだけではなく、ミュージシャンとして他のアーティストとコラボしたり、対談したり、ラジオ番組のパーソナリティを担当したり、とにかくあらゆる方面でバンドの顔として奔走する斎藤宏介という人間が音楽に対して歌っていると思うと、きっと彼は最早音楽の束縛を受けた人間なんだろうなという気すらしてきます。

1stアルバムのリリース時インタビューで

このバンドにというよりも、音楽に対して。僕は、うぬぼれかもしれないですけど、一生音楽をやるべき人だと思っていて、それってすごく幸せなことでもあり、抜け出せない呪いみたいなものでもある

https://spice.eplus.jp/articles/264024

と語られていた通り、「一生音楽をやりたい」じゃなくて、「一生音楽をやるべき」という、彼の手にすら及ばないところにある運命、寵愛、束縛、そういう綺麗なだけじゃない全部がこの曲に乗っているような。


この曲に関しては須藤さんがインタビューで「もしかしたら気に入らないかもしれないけど、斎藤宏介にJ-POPド真ん中を歌わせたかった」みたいなことを言っていましたが、それに対する返答として書かれたのが正統派ラブソングに見せかけたアンコントローラブルな運命の歌、というところがXIIXの一筋縄では行かないアーティスト性そのものだと思います。

ユースレス・シンフォニーの項にも同じことを書きましたが、トラックとメロディ・歌詞のほとんど完全な分業をしているXIIXというアーティストは「そのトラックをどんな気持ちで投げたのか」「何を感じてその歌詞とメロディを返したのか」みたいなところに思いを馳せるとまた違った輝きが見えるような気がしますね。



12. Endless Summer

そっと水平線をなぞって
海と空の隙間をこじ開けよう
思い描いた僕たちがそこにはいなくても

「海と空の隙間」から明日がやってくる、でもそれを待つのではなく自分たちで開いていく。
……という意味のフレーズだそうです。

わたしには水平線が今日と明日の境界だなんて感性はひとつもなくて、本人の口から聴くまでこのフレーズの意図するところすら掴めていませんでしたが。すごい感性だと思います。


「こじ開ける」と言う割には「そっと」「なぞって」なんて慎重さもあって、その先が自分たちの望むものなのかはわからない不安や恐怖を感じさせるような。

そこにトラックの爽やかさや「Endless Summer」というタイトルも相まって、悩みや迷いを抱えながらも前向きに自分たちの手で明日を切り開いていく「少年性のある強さ」を感じる曲です。


「このアルバムを総括して『今を愛せた』と書きたかった」とインタビューにもありましたが、激動の2020年を駆け抜けた末、自分たちの手で明日を作っていくという意思、どんな時代もどんな感情も糧にするXIIXという2人の強さとポテンシャル、それら全てを合わせての「XIIXの現在地」なのだろうなと思います。



総括

とんでもなく長い記事になってしまいましたが、記事を書くにあたってこうしてまた初めから終わりまで歌詞を見ながら何度も聴き直して改めて、作り手の1年が結晶になった、宝石みたいなアルバムだなと思います。

わたしから作り手の感情や込めた想い、完成に至るまでの過程すべてを与り知ることはできないですが、正確なことがわからなくともそういった全てが音楽の形を成して自分のところに巡ってきてくれるということ自体奇跡に近いことだなと思ったりもします。


2月末の発売以降幾度となく聴き倒し「緊張しちゃって聴けない」なんて言いつつも気付けばアルバム全曲累計しての再生回数も気付けば16000回を超え、ありがたいことにライブで聴く機会もたくさんいただいて、過去に自分の書いた記事にすら「いや、それは違うだろ」と思えるほど聴いては咀嚼しを繰り返したアルバムです。

改めて何度聴き直してもまだ新しく気付くこと、引っ掛かること、感じることは止めどなくて、宝探しのようにも思えます。


自分が何故この曲を聴いて感動するのか、苦しくなるのか。
そういうひとつひとつを紐解いた先に作り手の思惑の残滓があるような気がして、ひとつひとつ言葉や音を紐解いてみる。

「音楽鑑賞」と言ったときにこういう遡るような見方が正しいのか、作り手にとって意図したものなのか、喜ばしいことなのかはわからないですが、こういった「音楽を聴いて得られる感情の理由探し」もわたしは音楽鑑賞のひとつの楽しさだなあと思っています。


わたしにとってのUSELESSのように、この世界のたくさんの音楽好きな方がひとつでも多く宝物のように思えるアルバムに出会えること、そしてこの記事が誰かとUSELESSを「宝探し」の世界に誘えるものになれることを祈ってこの記事の総括とさせていただきます。



おすすめCDアドベントカレンダー、22日目はなこちゃんの担当日になります!「あんさ〜書きます」、とのことで、乗っけから良い感じに気が抜けててふふっとなりました。明日も楽しみです。


それでは長文お読みいただいた方、どうもありがとうございました。
アドベントカレンダーも残り4日となりますが、最後までお楽しみいただければ幸いです!

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