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音楽コンプレックスと決別をする


音楽が好きということを人に話すのがすごく苦手。

わたしの持論として「自己紹介するより本棚の写真を見せたほうがその人の人柄がよくわかる」というのがあって、実際はじめましての人が多いコミュニティでは本棚の写真を載せることが割とある。

同じように、CDラックもその人の人柄や趣味の鏡だと思う。のだけど、わたしはどうしても本棚に比べてCDラックを人に見せるのが恥ずかしくて、CDラックの写真ははじめましての人にはちょっと見せたくない。
はじめましてじゃない人にも見せたくない。


楽器だとか好きなアーティストのことも口に出すのが恥ずかしくて、

・「楽器」のことを「音の出るインテリア」と言う
・「ギター」「ベース」のことを「(弦が)X本ついてるやつ」と言う
・好きなアーティストを伏せ字でしか文章に書けない(最近はまだマシになってきた)

みたいに名詞や固有名詞はとにかく避ける。


音楽は好きだけど「音楽が好きな人」と思われるのがひたすら怖くて、特にロック音楽の文脈なんかはそれが顕著だったので「サッカーの応援歌に使われてたから」とか「親が昔バンドやっててよく聴いてたから」みたいな誰に向けるでもない言い訳をする。

とにかく、わたしは音楽が好きということを人に見せることがひたすらに苦手で、音楽コンプレックスみたいなところがある。




昔から音楽が好きだった。

親とドライブするときに流れていたカセットテープを何度も何度も巻いては聴いたし、あまり芸能人やドラマに関心がなくても歌番組は好きだった。小学校の入学祝いにキーボードを買ってもらってはかじりつくように遊んだ。小学校高学年の頃に安物のMP3プレイヤーを買ってもらってからは1日の大半をイヤホンと一緒に過ごした。

音楽の授業が好きだったし、音楽会で演奏の練習をするのも合唱コンクールも毎年の楽しみだった。裕福な家庭ではなかったから他の子のようにピアノを習ったりはしていなかったけど、それでも小学校最後の音楽会では「どうしてもやってみたいからやらせてくれ」と言い張って学年合奏のピアノを弾いた。
結局とあるワンフレーズだけは最後まで弾けるようにならなかった。

引っ込み思案で運動が苦手で、体育の授業が憂鬱だった。
体育の授業中は決まって体育館の端で大人しくしている典型的な陰キャだったけど、ダンスが好きだった。
上手ではなかったけど、ダンスの授業の発表会でわたしを見ていた同級生が「あれってひいらぎさんだよね?印象違うね」と話していたと友人から聞いた。

とにかく人と話すことや仲良くすることが苦手だった根暗なわたしも、音楽をやっている間だけはクラスの普段話せない人たちとも対等な立場になれているような気がしてうれしかった。



小学校高学年の頃にボカロを知って、中学生になる頃にはUTAU(音声合成ソフトのひとつで、ボーカロイドの無料版みたいなものです)を使って曲作りを始めた。

中学1年生の頃のわたしなんかそれはもう自意識が銀河のようにデカかったので、進路指導で「作曲家になりたいので音楽科のある学校に行きます」と言い出したりコード進行どころか拍の取り方すらままならない自作曲をインターネットに載せたりなんかした。

曲を作る人は大抵ギターを持ってコード進行を考えていると思ったから中古屋で安いギターとボカロのバンドスコアを買って練習した。でもボカロのインストなんてほとんど打ち込みで人間が弾くように作られてないものだし、初心者が練習するにはレベルが高すぎてすぐに挫折した。

作曲は結局1年も経たずに諦めた。


中学3年生の頃同じクラスになった男の子は全国でも優秀な成績のドラマーで、文化祭では仲間とコピーバンドを組んでドラムを叩いていた。とにかくドラムがやりたくて吹奏楽部の数少ない男子部員としてパーカッションを担当していて、「数少ない男子部員」という理由で部内では多少良くない扱いを受けていたらしい。

それでも何かしらの表彰式があるたびに体育館の壇上で賞状を受け取っていて、卒業後は県内の音楽系の学科がある高校に進学したと聞いた。

話したことはほとんどないし、向こうからも「なんか静かなクラスメイト」としか思われていなかったと思う。自分にないものを持っていて羨ましいなと思った。


高校生(※正確に言えばわたしの通っていたのは高校ではなくもう少し特殊な学校なんだけど、まあそんなことはどうでも良くて、高校生の歳)になった。

入学した先で仲良くなった女の子がピアノを弾くのが趣味で、一緒にオーディオ部(珍しい名前がついているが軽音部である)に入部した。そこでたまたまギターが弾ける女の子と知り合ってちょっとだけ仲良くなった。

とはいえ別に弾けると言える楽器もないのでバンドをやるなら「ボーカルがやりたいです」と誰でも言える台詞に逃げるしかなくて、そういうのを躊躇っているうちにバンドメンバーを探せる期間も過ぎ去ってそんなこんなしてるうちにギタリストの女の子は別のバンドを見つけてしまって、結局ほとんど何をするでもなく別の部活に誘われ、オーディオ部は1年で辞めた。

入った先の部活でボイスドラマみたいなものを作ることになって、DTMが趣味の同級生に作曲を頼みわたしともうひとりで詞を付けて声優担当のわたしと友人たちとで歌った。


高校2年に入る頃にゲームプログラマーを目指し始め「もう絵や音楽はやめてプログラミングに専念しよう」と決め、それからこの文章を書いている社会人2年目の今になるまで楽器もDTMも一切していない。



そんな中でもたまの息抜きにカラオケに行くといつも友人が褒めてくれるので良い気になって、よくカラオケ配信をしていた。それを目に留めたオーディオ部の後輩が「Roseliaのコピーバンドやりたいんですけど、先輩ボーカルやりません?先輩の声に絶対合うと思うんです。他のメンバーも当てがあるのでその人達に声掛けて学祭のトリ狙いに行きましょうよ」と声を掛けてきたので、バンドリは知らなかったけど「ここを逃したら一生人前で歌う機会なんかないだろうな」と思って快諾した。

ライブハウスに入ってリハーサルをしたときにはわたしとその後輩とドラマーの3人で、あとのメンバーはどうしたんだろう?と思っていたらついに本番まで来なかった。面白いなと思った。

わたしはそれまでバンドなんか組んだことなかったから練習の仕方もわからなくて、リハーサルに入ったときに後輩に「え、インスト持ってないんですか?歌ありの音源に合わせて歌ったって練習にならないですよ」と驚かれた。

学祭のトリ狙いに行きましょうなんて言って実際のタイムテーブルではちょうどお昼時に出番が書かれてて、ライブ会場は閑散としていた。それでも友人や後輩が見に来て応援したりSNSに感想を書き込んだりしてくれたのがうれしかった。歌詞はめちゃくちゃ飛んだし、後からもらった録画を見返したら結構音も外してて苦笑いした。今後の人生で自分がステージに立つようなことなんかもう二度と無いだろうなと思って歌ったのにこれなんだから本当にどうしようもないなと思ったし、歌にさえ真剣になれないんだなと思うと結構悲しかった。


わたしのステージを見た別の友人たちが「来年はひいらぎボーカルに据えて俺たちでバンドやろう」と声を掛けてきてくれたけど、わたしが住んでいたのは山口、声を掛けてくれた友人たちは仙台や福岡の人たちだったから、あまりに現実的に不可能すぎて流れた。



そんなこんなで学生時代のほぼすべてを就活対策に費やし社会人になって、めちゃくちゃ笑えることにうっかりバンドにハマってライブやフェスにも行くようになって、「バンドが好きでライブにも行くんです」と自己紹介をすることが増えた。

そうやって自己紹介をすると相手からは「なんか楽器弾けるの?」とか「バンドやってたりしたんですか?自分もやってました」みたいな反応が返ってきて(めちゃくちゃ自然な会話の流れである)、バンドを組んでいた、というよりはサポートボーカル(はい?)で一度だけ入ったことがある、だったり、楽器は持ってたけどさして弾けもしない、みたいなわたしは返す言葉に困ってしまう。


学生時代からの友人なんかにも真っ当にバンドを組んで音楽をやっていた人たちがいて、わたしも昔から音楽は好きなんだけど、でも別に何をしていたとも言えないから「最近バンドにハマって楽器をやってみたくなった」みたいな顔をするしかなくなる。

こういう「やったことないわけじゃないけど人に見せられるほどのことは一切できない」が積み重なった結果「家に楽器があればたまにつつきたいけどまた買うなんて今更」「今始めたって何になるわけでもないし、どうせ今回だって続かないまま終わる」と頑なになって、周りの人に楽器楽しいよ、と言われても「わたしは家に楽器を置きたくないからやらない」を半年以上言い張ってきた。

カラオケに行くたびに「上手い」「ライブに来てるみたい」「金出してでも聴きたい」とか褒めてもらっては「でもどうせプロになれるわけもないんだから」と歌うことも避けるようになった。




この7月からドラムレッスンに通い始めた。

それを決めたときの自分の気持ちは覚えてないけど、とにかくそういうもやもやにいい加減キリを付けたいみたいなことをずっと思っていた。その上自宅仕事で運動不足だったので、ライブを見てドラマーのやっていることを理解できるようになって運動不足も解消できるなら良いかなと思ったのは覚えている。
あと純粋に「音楽教室に通っている友達」に憧れていたのもある。

ドラムレッスンに通うことを決めたときに自分の中でひとつ踏ん切りが付いた気がして、ずっと欲しいけど欲しくなかったベースを買った。

わたしがずっと「楽器」「ギター」「ベース」を言えず「音が出るやつ」「6本ついてるやつ」「4本のやつ」と回りくどく言い換えたり「家に楽器は置きたくない」と言ったりしてるのを知っていた知り合いには「楽器は絶対買わないと思ってた」「意外だ」と言われた。それはそう。


社会人になる前、学生時代から付き合いのあるそれぞれギターとベースを弾く友人たちと楽器屋巡りをしたことがある。

2人は店員さんに声を掛けてギターを試奏したり、楽器に詳しくないわたしにエフェクターの種類なんかを教えてくれたりした。めちゃくちゃ楽しかったけど、自分はギターを持っていたはずなのにこんなに知らないことばっかりなんだなと思って悲しくなった。2人もわたしのことは「ギターやベースのことは知らない人」として扱っていた。当然すぎるし、実際そうだった。



ドラムレッスンをはじめて、講師さんに「自分のスティック持ってたほうがいいね」とスティックの選び方を教えてもらったのでそのとき振りに楽器屋に行く用事ができた。

自分が楽器屋に行ってスティック選びをすること(と、そこで店員さんに声を掛けられること)を想像して、友人と楽器屋巡りをしたときのことを思い出した。
そういう「音楽をやっていたともやっていなかったとも言えない、手を付けては中途半端に投げ出した自分」に対して感じていたコンプレックスが蘇って、悲しいというか寂しいというか、虚無感みたいなのを感じて後ろ向きになった。

実際のところ周りの人はわたしが音楽と真面目に向き合ってるだとか向き合ってないだとかそんなに気にしてるわけがないし、何ならレッスンに通いはじめた時点でわたしはそういう過去を見つめ直した上で「真面目に向き合う」という決意をしたわけなので、今となってはそんなことで自信をなくしたりコンプレックスを感じたりする必要がそもそもないんだけど、どうしても楽器屋というものを意識すると当時のことを思い出す。


っていうのを、くだらんことに悩むのはこれで終わりってキリをつけようって思って書いた。

こういう気取った文章を書いて良いのは基本的に有名人だとか「気取れる理由がある人間」の特権だと思うんだけど、わたしはポエムを書くのが大得意なインターネットポエマーなので特別です。ポエムが得意ですって公言しててよかった!恥ずかしさ20%OFF


別に今から音楽の道を志す気とか全然ないけど、そのうちちゃんと自信持って「音楽が好きです」とか「バンドが好きでライブに行ってて」「ドラムがちょっと叩けます、あとベースの練習もしてるんですよね」って言えるようになりたいって思っている。

長いこと音楽と向き合えなかったことをコンプレックスに思って生きてきたし一生引きずってくんだろうなと思ってたけど、こうやって向き合う勇気をもらえたので好きなバンドのこと好きになれてよかったなって思っています。

堂々と音楽が好きですって言えるようになる頃まで音楽やバンドのことちゃんと好きでいられたらいいな~



おわり

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