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ミューズ

私にはミューズがいる。

彼女は私の理想の象徴だ。

低体温な歌声が好きだ。
やんちゃさと色気を兼ね備えたショートカットヘアが好きだ。
人懐っこい性格が好きだ、シンプルな服装が好きだ、シンプルに顔が好きだ。

彼女は私の理想の象徴だ。

好きなブランドを教えてくれた。私が普段買っている服の値とは一つ桁が違かった。
使っている香水を教えてくれた。香水にこの額を出せるような大人になりたいと思った。
大事な仲間との写真を見せてくれた。彼女と悠然と構えた男たちは、品と余裕と少しの気怠さが内包され、絵画のようだった。

自分との違いを見せつけられるほど、私の信仰心は高まり、依存していく。

岐路に立たされれば、自分の中に彼女を召喚した。こんな時、彼女ならどうするだろうか。彼女ならどちらを選ぶだろうか。

しかしどんなに私がミューズに羨望の眼差しを向け、ミューズの発した音や、ミューズを囲うもの、そして自身の内側に召喚したミューズに縋るように従ったところで、私とミューズが結合されることはない。


彼女は私の理想の象徴だ。

彼女がつけていそうなアクセサリー。彼女がやっているから始めたギター。彼女の人生に影響を与えたらしい音楽。それらは私を飾ってくれるだろうか。

ミューズと私。合同ではないことはわかっている。


そもそもミューズは実在しないのかもしれない。私から見ることができた彼女のパーツを、私の理想で補完しながら組み立ててできた、生気のない虚像なのかもしれない。

私の理想の象徴は彼女なのか。



スポットライトの下に彼女、観客席の私。彼女の音楽を身に纏い、彼女と同じリズムをとる。
今、確かに一つになっている。私は見ている。彼女が見えている。生きている。私の胸は高鳴っている。これで、いいんだ。

私なんて見えないはずの彼女と目が合う。

彼女のステップが、リズムから外れた。

奨学金返済に充てます。